赤穂城(赤穂市)
赤穂城は、文正元(1466)年~文明15(1483)年頃に、岡豊前守光広が加里屋城を築いたのが始まりです。
天正14(1586)年には、生駒親正が6万石で配置され、翌年には親正が讃岐に移され、宇喜多秀家が赤穂を領しました。
関ヶ原の戦いの後、池田輝政が播磨を与えられ、輝政の弟・長政が赤穂領主となり、大鷹城を築城しました。以後輝政の子忠継、政綱、輝興が赤穂を領しましたが、正保2(1645)年に池田輝興が改易となると、浅野長政の三男、浅野長重の子浅野長直が常陸笠間より5万3千5百石で赤穂に移封されました。
浅野長直は10数年を費やして現在の赤穂城を築城、寛文元(1661)年に完成しました。
元禄14(1701)年、3代藩主長矩が江戸城内において刃傷事件を起こし浅野家は改易されました。元禄15(1702)年、下野国烏山藩から永井直敬が3万3千石で赤穂に入封しましたが、宝永3(1706)年、備中国西江原藩より森長直が2万石で入封し、以後明治維新まで赤穂を領しました。
昭和30(1955)年に、大手隅櫓、大手高麗門及び土塀が、平成8(1996)年に本丸門枡形、櫓門、高麗門、土塀が再建されました。
赤穂城には、五層天守が建てられる予定だったそうです。昔からの建造物は「大石良雄宅跡長屋門」「近藤源八宅跡長屋門」が残っています。
昭和46(1971)年、国の史跡に指定されました。平成14(2002)年旧赤穂城庭園(本丸庭園および二の丸庭園)が国の名勝に指定され、平成19(2007)年、日本100名城に指定されています。現在は二の丸庭園を再建中です。
H11.1.31
Photo Canon EOS 30D
H21.2.28(写真差し替え)
住所: 兵庫県赤穂市加里屋
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