城山城(たつの市〔旧龍野市・旧新宮町〕)
嘉吉の乱の後、赤松満祐が自刃した城山城
2014年10月28日
城山城(きのやまじょう)は標高458mの山上に位置する山城で、奈良時代の古代山城と室町時代の中世山城が同じ場所に立地しています。
古代山城の遺構は主に西斜面に残っており、石塁や「門の築石」と呼ばれる門礎等があります。「門の築石」は唐居敷と呼ばれる形式のもので、同形のものが日本では山口県の古代山城「石城山神籠石」にあるものだけです。
室町時代の初めには、播磨・備前・美作の守護であった赤松則祐が文和元(1352)年頃から20年以上の歳月をかけて築きました。「教王護国寺文書」・「東寺百合文書」に築城についての記事があり、付近の荘園から人夫が徴発されたことが分かります。
則祐の後、城主は義則、満祐、義雅と移り変わり、義雅の時の嘉吉元(1441)年「嘉吉の乱」がおこりました。「嘉吉の乱」で足利六代将軍義教を謀殺した播磨守護赤松満祐は、追討軍に攻められ、城山城で自刃し赤松一族は一時衰退します。
赤松氏衰退とともに、城山城は約百年間廃城となり、その後出雲から播磨に侵攻してきた尼子晴久が天文7(1538)年から天文9(1540)年まで城山城を使用しました。
現在、城山の山上には郭・空堀・土塁等の城の遺構が残っており、城内からは中国製陶磁器や備前焼が採集されています。
城山城は県下唯一の古代山城として、また播磨屈指の中世山城として大変貴重な遺跡といえます。
(現地説明板より)
登山ルートは馬立古墳群の姥塚古墳や山神社のある馬立や、下野田、市野保などから登ることができます。
Photo SONY NEX-7
H26.10.24
住所: 兵庫県たつの市揖西町中垣内、新宮町馬立、下野田、市野保
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