御殿山下台場〔砲台〕(品川区)
台場小学校などになっている御殿山下台場〔砲台〕
2015年09月23日
嘉永6(1853)年アメリカ合衆国のペリーが4隻の軍艦(黒船)を率い、日本に開国を求めるため浦賀に来航しました。鎖国をしていた当時の日本は大騒動になり、徳川幕府は江戸の町を守る為急いで品川沖から深川洲崎にかけて11の台場を造ることにしたのです。
伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門英龍がオランダの書物をもとに砲台造りの指導にあたり、第1から第三台場と第五・第六台場は完成させましたが、残りの第四・第七は中途で工事を中止し、第8以下は着工にも至らなかったのです。その代わりとして、陸続きで五角形の砲台を造ることになりました。これが御殿山下台場(砲台)です。明治になると埋立てられ姿を消しましたが、幸いな事に台場の輪郭は道として残り、今でもその位置と形を知ることが出来ます。跡地に建つ台場小学校の敷地はこの台場の半分程の面積を占めています。
台場跡からは石垣が発見され、小学校にはその石垣を使った記念碑が建てられました。石垣の上に立つ灯台は、明治3(1870)年日本で3番目の洋式灯台として第二台場に造られた品川灯台を模したものです。現在、品川灯台は国の重要文化財として愛知県犬山市の博物館明治村に移設されています。
(現地説明板より)
台場小学校の入口付近に説明看板が立っています。
Photo Canon EOS M3
H27.8.22
住所: 東京都品川区東品川1丁目8番30号
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