紀尾井坂の変で暗殺された大久保利通の碑・贈右大臣大久保公哀悼碑
2016年01月09日
明治11(1878)年5月14日朝、麹町清水谷において、赤坂御所へ出仕する途中の参議兼内務卿大久保利通が暗殺されました。現在の内閣総理大臣にも匹敵するような立場にあった大久保の暗殺は、一般に「紀尾井坂の変」と呼ばれ、人びとに衝撃を与えました。
また、大久保の同僚であった明治政府の官僚達(西村捨三・金井之恭・奈良原繁ら)の間からは、彼の遺徳をしのび、業績を称える石碑を建設しようとの動きが生じ、暗殺現場での周辺であるこの地に、明治21(1888)年5月「贈右大臣大久保公哀悼碑」が完成しました。
「哀悼碑」の高さは、台座の部分も含めると6.27mにもなります。石碑の材質は緑泥片岩。台座の材質は硬砂岩と思われます。
「贈右大臣大久保公哀悼碑」は、大久保利通暗殺事件という衝撃的な日本近代史の一断面を後世に伝えつつ、そしてこの碑に関係した明治の人びとの痕跡を残しつつ、この地にたたずんでいます。
碑がある清水谷公園は、明治23(1890)年から東京市の公園とされています。
井伊家との境目付近が谷だったことと、井伊家との境目付近の紀州徳川家の屋敷から清水が沸き出ていたことから、付近は「清水谷」と呼ばれていました。
石碑は、千代田区の文化財に指定されています。園内には麹町大通り拡幅工事の際に出土した玉川上水の石枡が展示してあります。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS M3
H27.11.1
住所: 東京都千代田区紀尾井町2