横浜赤レンガ倉庫(横浜市中区)
近代化産業遺産で「あぶない刑事」などのロケ地になった横浜赤レンガ倉庫
2016年01月20日

開港当初の横浜には船舶が着くことのできる岸壁がなく、本格的な波止場を建設することが国家的な重要課題となっていました。明治政府による第一期築港工事として、明治29(1896)年に鉄さん橋(大さん橋の前身)が完成し、外国貿易の急速な発展に伴う取り扱い貨物の急増に対応するため、第二期工事として明治32(1899)年、東洋初の接岸式ふ頭として新港埠頭の建設が始まりました。
その一環で保税倉庫として現在の横浜赤レンガ倉庫(当時は横浜税関新港埠頭倉庫)がつくられました。新港ふ頭は、上屋、倉庫、クレーン、鉄道等を備えた日本で最初の近代的な港湾施設です。
明治40(1907)年、2号倉庫が着工され、明治44(1911)年に竣工、設計者は大蔵省臨時建築部を率いていた妻木頼黄 でした。
1号倉庫は明治41(1908)年に着工され、大正2(1913)年に竣工しました。完成した赤レンガ倉庫は日本最初の荷物用エレベーターや消火水栓(スプリンクラー)、防火扉などを備えた日本が世界に誇る最新鋭の倉庫でした。
耐震のために定聯鉄構法というレンガの中に鉄材を埋め込む当時最新の手法が採られました。
大正12(1923)年の関東大震災で、横浜港の施設も壊滅的な被害を受け、赤レンガ倉庫も、2号倉庫は倒壊を免れましたが、1号倉庫は中央部分が崩れ落ちるなど大きな被害を受けました。
昭和5(1930)年、被災した1号倉庫は、ほぼ半分の大きさに縮小され、内側に鉄筋コンクリートの補強壁が取り付けられ、2号倉庫も耐震性も高めるためクレーンが撤去されるなど改修工事が行われました。
昭和20(1945)年、GHQに接収され、アメリカ軍の港湾司令部として使用されますが、昭和31(1956)年、接収が終了し1号倉庫は税関倉庫、2号倉庫は公共の上屋となりました
平成元(1989)年、倉庫としての用途は廃止され、赤レンガ倉庫は80年の歴史に一旦幕を下ろしました。
平成4(1992)年、横浜市は、国との交渉の末、赤レンガ倉庫の土地と建物を取得し、「保存・活用検討委員会」を設置、保存活用に向け大きく前進しました。
そして平成6(1994)年から平成11(1999)年にかけて、根の改修や窓やひさしの復元、落書きの除去、鉄骨のよる構造補強など改修工事が行われ、1号倉庫は主に文化的利用、2号倉庫は主に商業的利用に決まり平成12年には活用のため内部改修工事が行われました。
平成14(2002)年4月12日、1号館はホールや展示スペースを備えた文化施設、2号館はレストランやショップなどが揃った商業施設として生まれ変わりました。
平成19(2007)年、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されました。平成22(2010)年、日本初の「ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞」の優秀賞を受賞しています。
「あぶない刑事」「僕の生きる道」や「喰いタン」などのドラマのロケ地としても知られています。
開館時間
1号館 10:00~19:00
2号館 11:00~20:00
Photo Canon EOS M3
H27.12.5
住所: 神奈川県横浜市中区新港一丁目一番
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