下田公園・下岡蓮杖の碑(下田市)
下田出身の写真師の開祖・下岡蓮杖の碑
2016年03月21日
わが国写真師の開祖となった下岡蓮杖は、浦賀船改番所問屋である下田町中原町の桜田家に生まれ、久之助と称しました。
少年の頃、狩野薫川の門に入り、狩野派の絵を学びました。江戸の薩摩藩屋敷で銀板写真を見て、その精巧さに驚歎したことを転機に写真術の習得を志しました。
嘉永6(1853)年30歳の時に蓮杖と号しました。安政3(1856)年、ハリスが玉泉寺を領事館にすると、下田奉行所の足軽となり、外国人との接触の機会を得ました。オランダ人通訳ヒュースケンから写真の手ほどきを受け、下田開港場が閉鎖されると横浜に出て、米人ウンシンと知り合い、彼の帰国の際写真機を譲り受けました。そして、実験を重ね、辛苦の末ようやく湿版写真術を習得しました。横浜野毛ついで弁天町に写真館を開業、画家としての心得を生かして人工着色や画像の演出を行い、写真館は繁昌しました。蓮杖の門下からは優れた写真家が輩出しました。
写真の他、牛乳搾取業、京浜間乗合馬車の開設、石版印刷等多方面に活動し、明治日本の近代化に貢献しました。
なお、靖国神社遊就館に蓮杖の描いた「函館戦争図」「台湾戦争図」の巨大油絵が残されています。
昭和3(1928)年5月13日、下田公園の一角に下岡蓮杖の碑が渋沢栄一筆で建てられ、昭和59(1984)年、重岡健治製作により胸像が建立されています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H28.3.5
住所: 静岡県下田市三丁目
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