福満寺薬師堂(浜松市北区・旧引佐町)
「川名のひよんどり」で知られる福満寺薬師堂
2017年02月25日
福満寺は、現在薬師堂だけが残されていますが、かつては12の塔頭をかかえる大寺院だったと伝わります。
本尊の薬師如来は、奈良時代の高僧行基の作といわれ、この像は、山吉田の満光寺と春山の薬師堂のものと同木であると伝えられています。
応永のころ焼失し、渋川井伊氏の直貞が応永33(1426)年に再建されました。現在の本尊もその際に新たに刻まれたものです。
近隣の東福寺も現在は小さなお堂が残るのみですが、元は坊の一つだったと考えられます。
当地域周辺には多くの伝統芸能があり、当堂においても毎年1月4日には、国指定重要無形民俗文化財「川名のひよんどり」がとりおこなわれます。
なお、かつては八日堂と呼ばれたように、1月8日に行われた祭礼です。
三日堂 寺野 宝蔵寺 観音堂
四日堂 渋川 万福寺 薬師堂
五日堂 懐山 新福寺 阿弥陀堂
五日堂 神沢 万福寺 阿弥陀堂
六日堂 黒沢 峯福寺 阿弥陀堂
七日堂 滝沢 安楽寺 大日堂
八日堂 川名 福満寺 薬師堂
遠江から三河にかけて現存する田遊びの一種で、五穀豊穣、子孫繁栄、家内安全を祈願して行われ、これに火祭りが結びついています。
前半の松明を用いた祭礼は若連の手に委ねられており。後半の堂内における祭礼のうち、芸能の部分も主に若連がこれを担います。
一、イナムラの舞は、体に連縄をつけ、その姿は藁で作った
イナムラが増大する様を演じてみせ、豊作を願う勇壮な舞である。
二、はらみの舞は、腹に布団などをいれて女郎面をつけて舞う。
この舞が始まると小爾宜の人達は、オブッコ作りのために席を外す。
三、田遊びが終わる頃、出来たオブッコを背負い薬師堂に参詣に来る。
その後、汁かけご飯を参列者で共食し祭礼を終了する。
特に、寒風吹きさぶ寒夜に川名川で身を清める水垢離と、堂前での夜空を焦がす大松明と若連のもみあいは実に豪壮です。このもみ合いの印象から「火踊り祭り」がなまって「ひよんどり」と呼びならわしています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H29.2.10
住所: 静岡県浜松市北区引佐町川名382−2
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