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夢二郷土美術館分館〔夢二生家・少年山荘〕(瀬戸内市・旧邑久町)

夢二の生家と夢二のアトリエを復元した少年山荘がある夢二郷土美術館分館
2017年03月23日
夢二郷土美術館分館は、夢二が16歳までを過ごした生家と、夢二が東京に建てたアトリエ「少年山荘」(復元)を公開しています。
竹久夢二は明治17(1884)年9月16日、この家で生まれました。家業は造り酒屋でしたが夢二が生まれた頃は酒の取次販売の傍ら農業もしていました。
夢二は8歳で本庄村明徳小学校に入学し12才で邑久高等小学校へ、16才で神戸中学校に入学しました。
しかし、事情があって僅か8ヶ月で同校を退学し帰郷、翌明治33年2月に家族と共に福岡県遠賀郡八幡村枝光に転居しました。
恵まれた風土のこの生家で夢二は16才まで多感な少年時代を送ったのですが、ふるさとそしてこの生家こそ夢二芸術の原点と言いましょう。
夢二一家が、九州へ転居した後は人手に渡っていましたが修復整備の後、昭和45(1970)年夢二郷土美術館として一般に公開しました。現代では珍しくなった茅葺き屋根の伝統的な日本家屋は、約250年前に建てられました。夢二の子ども部屋や、建物や庭など外観も夢二の生前そのままに保存し、公開しています。夢二生家内でも、夢二の掛け軸や屏風、スケッチなどの作品の展示を行っています。 夢二生家入口には有島生馬氏が記した「竹久夢二ここに生る」の碑があります。
少年山荘は、竹久夢二が自らデザインを手がけた洋風建築を、夢二生誕95年を記念し、昭和54(1979)年夢二の次男、不二彦氏の協力で復元したものです。
大正13(1924)年、夢二は当時の東京府下松沢村松原(現在の世田谷区松原)にアトリエ付き住居を建てました。少年山荘の名前は、中国の「酔眠」という漢詩の中の一節から、少年の日のように春の長い一日を過ごしたい、との願いを込め夢二が名付けました。少年山荘は昭和9(1934)年9月、夢二が亡くなった後、荒廃し取り壊されていましたが次男不二彦氏らの考証、記憶をたどってここに復元したのがこの建物です。「少年山荘」の名は、「山静かにして太古に似たり、日の長きこと少年の如し」という中国宋の詩人唐庚(とうこう)の「酔眠」の詩からとって夢二が名づけたもので、少年の日の如く長い一日をこのアトリエで暮らしたいという願望から名づけられたものと言われています。また、「山帰来」というのは、この付近の山野に自生している植物ですが、最愛の人、彦乃を「山」と呼んでいたことから亡き人の再び帰って来ることを希って名づけたとも思われます。建物の周りにはサンキライやクヌギなど、少年山荘の周りに夢二が植えた木々も育っています。雑木林の中の「少年山荘」での夢二の暮らしの風情を感じながら、建物の中では、夢二生前の写真などを展示しています。

開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(ただし、月曜日が祝日・振替休日の場合は翌日が休館)
入館料  大人500円、中高大学生250円、小学生200円

Photo Canon EOS M3
H29.2.18
住所: 岡山県瀬戸内市邑久町本庄

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