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新井城(三浦市)

三浦一族滅亡の地、新井城
2019年01月18日
三浦一族滅亡の地、新井城は、面積約128ヘクタールの天険をそのまま利用した自然の要害でした。
すなわち、相模湾に突出したこの小半島は、小網代湾と、油壺湾にはさまれて、三方がいずれも海で、しかも切り立った断崖であり、陸地に通ずる路は、北方約3キロメートルの大手の引橋で、この橋を切って落せばどこからも攻めこまれないようになっていました。
油壺の名のいわれは、永正13(1516)年、新井城(今の油壺一帯)を最後の居城として立て篭もった三浦一族が北条早雲の大軍を相手に、三年間にわたって奮戦しましたが、空しくついに全滅し、一族の将・三浦道寸義同をはじめその子・荒次郎義意は自刃、他の将兵も討死、または油壺湾へ投身したと伝えられ、そのため湾一面が血汐で染まり、まるで油を流したような状態になったので、後世「油壺」といわれるようになりました。

北条五代記には、三浦一族全滅の模様を次のように記しています。
「今も七月十一日には毎年新井の城に雲霧おおいて日の光も定かならず。丑寅の方と未申の方より雷かがやき出て両方光入乱れ、風猛火を吹き上げ、光のなかに異形異類の物有りて干戈をみたし、虚空に兵馬馳け散り乱れ、天地をひびかし戦う有様、おそろしきと言うばかりなり云々」
引橋は後に地名になりましたが、ここで北条勢は、橋を引かれて渡ることが出来ず、三浦勢に時を稼がれています。
現在は、関東大地震による隆起で、往時の面影はうすらいでいますが、当時としては大軍をもってしても攻めがたく、わずかの手兵で三年間もちこたえたのですから、三浦一族の執念もさることながら、城としても、すぐれた構えであったのでしょう。
いずれにしても、室町期の居館としての新井城の名残りは、本丸を中心にめぐらされている空堀や土塁に往時を偲ぶことが出来ます。
(現地説明板などより)

Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
H30.12.28

住所: 神奈川県三浦市三崎町小網代

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