日岡八幡神社(佐用町・旧三日月町)
三日月藩主森氏にも崇敬を集めた日岡八幡神社
2020年06月21日
日岡八幡神社は平安時代後冷泉天皇の天喜元(1053年)山城国石清水八幡宮の別宮として祭られました。
当時は末社も多く社人77人、神馬数十頭を抱える大社で宮の東に馬場もあり神田四町八反を有し供物を栽培しました。祭礼は毎年陰暦8月15日に挙行され、数十人の神官が袖を連らね数十ヶ村の氏子が参集する中を神事祭礼が進められ、また重陽相撲があり盛大をきわめたといわれています。
安土桃山時代豊臣秀吉が荘園制度を廃し郷村制を布すや社田を召し上げ氏子も八ヶ村と縮小されました。江戸時代の寛永元(1624)年、開墾山焼きの火が延焼し本殿その他古文書にいたるまで全焼しました。当時の神主船曳光高は乃井野大庄屋井上十郎兵衛とはかり村々の庄屋氏子とともに再建に努力し明暦2(1656)年焼失後32年にして本殿を造築8月15日に遷宮しました。これが現在の神殿です。元禄10(1697)年森対馬守長俊が津山から乃井野に移封されると当社を信仰し拝殿、石の鳥居、石段、神門、その他多くのものを寄進し、修復に力を注ぎました。明治7(1874)年郷社となり昭和15(1940)年県社に昇格されましたが終戦後は社格が廃止され現在に至ります。
鳥居をくぐり石段の左の社殿が高良神社で武内宿禰を祀ります。神門は随身門ともいわれ左右に大きな随神がありいずれも正徳3(1713)年森長俊の建立によるものです。
正面には日岡八幡宮の金文字額が掲げられた拝殿があり拝殿の奥に幣殿神殿があります。神殿には中央に応神天皇、右に仲哀天皇、左に神功皇后の彩色されたご神体を祀っています。神殿の右に神庫があり神輿が納められており幣殿の右が神供所で幣串の準備をします。正面左側の社務所は昭和4(1929)年の新築になります。
境内は3,845坪、氏子は約550戸です。
祭日は10月15日、古式により渡御式を行い14日に御旅所に駐輦、15日に還幸になり屋台が出て町を練り境内でも奉納行事が盛大に行われます。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R2.5.30
住所: 兵庫県佐用郡佐用町乃井野1051
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