徹心寺(神河町・旧神崎町)
福本藩主(領主)池田家の菩提寺・徹心寺
2021年09月04日
徹心寺は山号は一関山、法華宗陣門流の寺院です。寛文(1665)5年福本藩主池田政直によって開基されました。
政直は父輝澄(池田輝政四男)の法号「大雲印殿1関徹心大居士」から山号を「一関山」、寺号を「徹心寺」と名付けられたといわれています。
徹心寺本堂は入母屋造りの茅葺き屋根で貴重な建物です。宝暦12(1762)年に加東郡下番村(現在の小野市)の大工、好山善兵衛有吉が棟梁となり建てられたことがわかります。
また、山門は寺地の南に開く規模の大きな門で、一間薬医門茅葺で貴重な建物です。
随所に絵様、繰形を多用し、部位に変化をつけるだけでなく、その一つ一つが極めて個性的です。門の扉に使われている八双金具(肘壺金具)に「天保第九夏六月」と刻まれていることから、天保9(1838)年に作られたと考えられます。
本堂と山門が揃って茅葺きで、古雅な風情を醸し出しているだけでなく、装飾性豊かな独特の形式を持つ点でその歴史的価値は高いものがあります。
福本藩は、寛永17(1640)年に起きた御家騒動で改易流罪となって鳥取に流された宍粟山崎藩主松平輝澄の系譜で、嫡男政直が罪を許され一万石で御家再興を遂げます。
外様ながら家康公の血脈を継承する縁で松平姓を与えられました。
墓所には、寛文3(1662)年の立藩から明治4(1871)年の廃藩置県までの約210年間この地を預かり治めた代々藩主の石造五輪塔があり東の奥から初代松平政直公・二代政武・三代政森・四代喜以・五代喜生と並び、手前列奥の六代喜長に続き、七代喜通公で明治維新となって新政府の命令で元の池田姓に戻り八代徳潤公に継承します。
平成15(2003)年5月に町指定文化財に指定され、平成19(2007)年3月には県指定文化財に指定されました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R3.8.28
住所: 兵庫県神崎郡神河町福本402
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