廣瀬大社〔廣瀬神社〕(河合町)
水の神、衣食住の守護神・廣瀬大社(廣瀬神社)
2022年02月12日
廣瀬大社(廣瀬神社)の祭神は主神が大忌神の異名を持つ若宇加能売命で、水の神、水田を守る神、五穀豊穣の神として篤く信仰されています。
「日本書紀」天武天皇4年条に記事が見られる廣瀬神社は、奈良盆地の多くの河川が合流して大和川となる水上交通の要衝に位置しています。神社の西方には明治の中頃まで「川合浜」という船着き場があり、物資の集散地として賑わっていました。
神社に伝わる「河相宮縁起」では崇神天皇の時代の創建とされています。地理的条件や周辺遺跡の状況から、遅くとも7世紀以前には既に信仰の母体となるものがあったと考えられます。
天武天皇4(675)年に龍田の風神とともに祭祀が行われて以降、戦国時代に途絶えるまで毎年4月と7月に朝廷より使者が遣わされ、祭祀が行われていました。戦国時代から江戸時代初期にかけて一時衰微しますが、元禄年間に復興し、旧廣瀬郡の総氏神として広く崇敬を受けるようになりました。
神社に伝わる「和州廣瀬郡廣瀬大明神之圖」は室町時代に描かれたと推定されますが、この絵図には八町四方の四至に鳥居を建てた広壮な姿が描かれています。また、本殿は三殿が並ぶ姿に描かれ、相殿に櫛玉比売命と穂雷命を祀っています。永正3(1506)年の戦乱により往時の建物は灰燼に帰したと伝えられます。現在に残る最古の建物は、正徳元(1711)年に造営された本殿です。この本殿は一間社春日造の様式をよく伝えるものとして、昭和63(1988)年3月22日に奈良県指定文化財(建造物)に指定されました。
毎年2月11日に行われる砂かけ祭りは御田植祭で、砂を雨に見立ててかけ合い五穀豊穣を祈る祭りです。この祭りは河合町の歴史を考える上で重要なものとして、平成21(2009)年12月11日に河合町指定無形民俗文化財に指定されました。
第二次世界大戦以降、廣瀬大社と称するようになりましたた。境内には境内には日露戦争の戦利品であるロシア陸軍の野砲とその砲弾が奉納されて展示されています。
(説明板より)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.1.8
住所: 奈良県北葛城郡河合町川合99
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