菅谷たたら山内・菅谷高殿(雲南市・旧吉田村)
田部家の一大生産拠点菅谷たたら山内・菅谷高殿
2022年02月21日
菅谷たたら高殿は、宝暦元(1751)年、松江藩の鉄師を担った田部家の、一大生産拠点として建造されました。以来大正10(1921)年まで、操業のなかった時期を除き、129年間、ここでたたらの炎が燃えさかったことになります。
現存するのは嘉永3(1850)年の火災後、再建された高殿です。日本で唯一残るものとして昭和42(1967)年国の重要有形民俗文化財に指定されています。
高さは9m余あり、炎が1m、2mと立ち昇る操業時には、屋根のてつぺん、火字内が開けられました。
地立柱4本を軸とする空間は、一辺18.2mの正方形です。がらんとしたその中央に、炉が土で築かれています。両脇を挟むのは、何本もの送風管を付けた鞴(ふいご)です。奥のほうには小鉄町、炭町と呼ばれた砂鉄と炭の置場。左手には村下が待機する村下座があり、右手にはそれに次ぐ炭坂の炭坂座がありました。
地下はもっと緻密な構造です。たたらは湿気を嫌うため、掘りあげ、大規模な土木工事をほどこしました。地底に排水溝を造り、砂利や木炭、粘土、大小の石を敷き重ねるなど、完璧なる防湿、高温維持のための工夫を凝らしました。炉の直下には、木炭などを詰め込んだ本床と、小舟と称すトンネル状の空隙部があるそうです。深さは5〜6メートルにも及びます。
最盛期は江戸時代・文政年間(1818〜1830年)。1年に90回操業し、生産量は約290トンにも達したといわれています。全国に流通する鉄の8割以上を産した中国山地のたたらにあっても、雄たる存在でした。周りには、事務所の役割を果たしていた示小屋があり、米蔵も残っています。かつては、たたらに従事する人々の長屋なども立ち並び、いわゆる山内を形成していました。高殿の前には不可分のもののごとく桂の大木が立っています。たたらの神様「金屋子神」が降り立ったご神木とされ春、その赤く染まる芽吹きは、3日間ほど、燃えさかるたたらの炎のような情景を見せてくれます。
開館時間 9:00~17:00(入館は16:00まで)
定休日 月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
入館料 一般310円 小、中学生210円
住所: 島根県雲南市吉田町吉田1214
関連リンク
タグ
関連コンテンツ( 歴史的建造物 の関連コンテンツ )
地図
関連情報