清荒神清澄寺(宝塚市)
真言三宝宗の総本山・清荒神清澄寺
2022年02月23日
清荒神清澄寺は、真言三宝宗の総本山の寺院です。本尊は大日如来ですが、境内には三宝荒神社もあることから清荒神清澄寺の名称があります。
平安時代の初め、寛平8(896)年、宇多天皇の創意による勅願寺として創建されました。当時は、猪名の平野や武庫の裏が一望に見下ろせる山の尾根に清澄寺を、そして西の谷に荒神社が設けられました。
天皇は讃岐国の名工、定円法眼に命じて曼荼華の香木で本尊大日如来像を刻ませ、叡山の高層静観僧正を迎え、開山の租としました。
まず、伊勢内宮・外宮など十五神を勧請し、鎮守神として、三宝荒神社を祀り、蓬莱山七嶺七渓に荘厳な伽藍を造営しました、そして宇多天皇より「日本第一清荒神」の称号を賜り、蓬莱山清澄寺として栄えました。
寿永2(1183)年、源平の兵火により灰燼に帰しましたが、建久4(1193)年、源頼朝の手によって再建されました。織田信長に反旗を翻した荒木村重の有岡城の戦いにより再び兵火で荒神社を除く諸堂尽く焼亡しました。
江戸時代末期、一代の名僧淨界和上(号露庵)を諸堂再建に続き、先々代法主主光淨和上は昭和22(1947)年に真言三宝宗を開き、荒神信仰の総本山清荒神清澄寺として新しく法幢をかかげ、創建以来、連綿と続く栄光千年の宝燈は一日も絶えることなく、今日を迎えています。
また、世界の画聖富岡鉄斎との機縁により、鉄斎作品の蒐集を行い、国の内外で広く展覧会を開催し、昭和50(1975)年には、鉄斎美術館「聖光殿」を建設、一般に公開し、その入館料は全額宝塚市へ図書購入費として寄贈しています。
平成20(2008)年には史料館を建設、公開しています。
〔現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.2.19
住所: 兵庫県宝塚市米谷字清シ1
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