吉祥寺薬師堂(有田川町〔旧清水町〕)
国指定重要文化財・吉祥寺薬師堂
2022年12月05日
吉祥寺薬師堂は、光明山医王院東福寺薬師堂と称し、もとは現在地より約2kmほど東にある岩倉神社の別当寺であった東福寺の建物と伝えられています。大正6(1917)年4月5日、国指定重要文化財(建造物)に指定されています。
東福寺は江戸時代には吉祥寺の末寺となりましたが、現在は廃寺となり、薬師堂も吉祥寺の管轄となっています。
この場所は 古来より高野山へ参指する街造沿いにあり、菜師堂は街道に沿ってほぼ南面して建てられています。
桁行・梁問三間(約8.23m)、寄棟造、萱葺きの建物で、棟札によって応永34(1427)年に建立されたことが明らかです。
また江戸時代に書かれたと推定される「岩橋家家譜」には、応永31(1424)年に領主神保三河守の家人であった岩橋内毘が吉原の歓喜寺の僧より 仏像を寄進し、応永34(1427)年に薬師堂を建立したとあり、この時に同寺より観音・薬師・大日・不動・毘沙門の各仏像を移し安置したと記述されています。この記述は棟札の建立年代とも一致し、安置されていた諸仏像とも一致することから信憑性のあるものであり、薬師堂の建立やその沿革を知る上で貴重な資料と考えられています。
かつて薬師堂の中には歓喜寺より移動したと伝えられ、国指定重要文化財に指定されている薬師如来坐像、大日如来坐侯、聖観音立像、不動明王像、矜羯童子 制吒迦童子、毘沙門天立像の七躯の他、県指定文化財の阿弥陀如来坐像、町指定文化財の伝三ツ目不動明王立像など計十一体もの仏像が安置されていました。これらはいずれも平安時代後期の作で、その質・量は有田川流域でも群を抜いたものです。現在は阿弥陀如来坐像が吉祥寺の本尊として安置されている他は、 昭和55(1980)年に建設された収蔵庫(宝霊殿)に遷座安置されています
粟生のおも講と堂徒式は、毎年旧暦の1月8日に薬師堂の中で執り行われ、教え年で3歳になった子供を村の一員として承認し、子供の健康と成長を祈願する村入り行事で、室町時代から続く貴重な民俗行事です。
粟生のおも講と堂徒式は、平成17(2005)年2月21日に国指定重要無形民俗文化財に指定されています。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.11.26
住所: 和歌山県有田郡有田川町粟生249
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