後醍醐天皇御腰掛けの石がある天佐志比古命神社〔一宮神社〕
2023年05月15日
天佐志比古命神社は一宮神社(いっくうじんじゃ)ともいい天佐志比古命を祀る神社です。知夫里島の南西にある神島(かんじま)に降り立った神様、天佐志比古命は知夫里島本島の御越鼻に渡り、仁夫里地区、そしてこの場所で落ち着いたそうです。
一宮神社は、島内第一の神社という意味の通称です。延長5(927)年に完成した延喜式神名帳にも登場する、1000年以上の歴史がある古社です。
境内には後醍醐天皇御腰掛けの石があります。
元徳3/元弘元(1331)年、後醍醐天皇は倒幕に失敗し、隠岐に御配流となりました。その際、最初に知夫里島に上陸され、本村の仁夫里の浜でした。
その折、この神社をご参詣された時にこの石に座って休憩されたと伝わっています。天皇はその後隠岐を脱出され、建武の新政を開始されます。
このため、村人たちは、この石を御腰掛の石と呼んで敬い、毎年9月の丑の日には新穀を備える中牛祭というお祭りをしていました。
一宮神社の夏の大祭では、芝居小屋の建物で芝居や演劇が奉納されます。かっては島外から芸人を呼び、大々的に行われる事もありました。奉納される芸能の中には歌舞伎もあり、これは隠岐では唯一のものです。舞台には人力で回転する円形の床(廻り舞台)もついています。
延宝2(1674)年、出雲の日御崎神社の檢校小野尊俊は、彼の妻に横恋慕した松江藩の二代目藩主松平網隆公によって無実の罪に問われ、隠岐に流され、当地で没しました。境内にある検校の石は、隠岐に流された彼が座り続けて中心がへこんだと言われる石です。
Photo Canon EOS 5D MarkIV
R5.5.3
住所: 島根県隠岐郡知夫村知夫1018