水若酢神社(隠岐の島町〔旧五箇村〕)

水若酢神社(みずわかすじんじゃ)は、主祭神は水若酢命、中言命(なかごとのみこと、中言神)、鈴御前を配祠します。
御祭神水若酢命は海中より伊後の磯島に上られ、山を越えてこの里に入られ国土開発・北方防備の任に就かれた神と伝えられています。当社は昔火災・水害の難にあい、古文書・社宝等ほとんど失われた為、由緒は明らかではありませんが、平安時代の延長5(927)年の延喜式神名帳に「隠岐国穏地郡水若酢命神社名神大」国内帳には、「正四位上、水若酢明神・隠岐一宮」と記されている古社です。鎮座年代は僅かに残っている古文書には、仁徳天皇又旧記には、崇神天皇の御代とあって古来五穀豊穣、海島守護・航海安全の神として朝野の崇敬篤く、明治4(1871)年国幣中社に列せられました。
水若酢神社本殿は隠岐特有の神社建築である「隠岐造り」の神社の代表例の1つです。際岐造りは、本殿が奥に長く妻入りとなり、屋根は切妻屋根ですが、正面に向拝と呼ばれる店をつけます。水若酢神社本殿は玉若酢命神社と同様に大規模な神社建造物として、この隠岐造りを今に伝えています。
現在の本殿は寛政7年(1795)に以前の社殿が大碳したために、大工棟梁森寄与八(喜代八)など地域の大工の手によって建て直したとされるものです。この時の建設にあたっては、神社からの再三の願いにより、海を越えた島前も合わせた隠岐国中に、寄附の協力を求める御触が役所から出ました。この神社から役所への願いの中では、それ以前の神社の建設についても隠岐国中から寄付を集めて建立したことなどが記されています。
水若酢神社の例祭であるこの祭りでは、御旅所まで「蓬莱山」とよばれる山車を曳く「山曳き神事」が行われますが、この流失した社殿やご神体、再建のための用材を曳いたことによるものだともいわれています。
山車には、亀の頭が付き、松の木には白い鳥が乗り、紅白の花などで華やかに節られ、各地区から持ち寄られた綱が結ばれ、木遣り歌の合図で氏子によりにぎやかに御旅所まで更かれていきます。子どもたちも2、3歳頃から参加し、初めて山を曳くことを「初山曳き」と呼んでいます。
御旅所横には、舞台が設けられ、神楽の「巫女舞」、「一番立」、「獅子舞」、「大楽」が行われます。その横の馬場では、流鏑馬が行われます。
Photo Canon EOS 5D Mark IV
R5.5.5
住所: 島根県隠岐郡隠岐の島町郡723
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