高田神社(隠岐の島町〔旧都万村〕)
高田神社は、祭神は国常立尊、髙田大明神ともいい南北朝末期の至徳年間(1384~1387)に、佐々木隠岐次郎左衛門の娘「小花姫」に神託があって、高田山頂の鳴沢の池からご神体が現れたといいます。
高田神社本殿は、棟札により文化3年(1806)の建築とされ、建築様式は隠岐造です。隠岐造は隠岐によく見られる神社本殿の建築様式です。身舎は切妻造妻入で、それと連続しない片流れの向拝を持つなどの特徴があります。当時の隠岐造の神社本殿の装飾性はそれほど高くはないなか、この高田神社本殿は正面妻入に彩色された龍の彫刻と、向拝の龍の小鼻などが見られます。また、現在の屋根は銅板査きですが、建築当初は茅葺きでした。
拝殿は、現在は全て床が張られていますが、建築当初は、中央に土間通路を設けその両側に床組部分を持つ隠岐には珍しい割拝殿でした。
宝物として至徳4(1387)年に京都の二条良基らの呼びかけにより、公家、武士、僧侶ら43名が詠んだ和歌集「紙本墨書高田明神百首和歌」が所蔵されています。また、当社所蔵の古記録「高田神社祭礼記録」によると、江戸時代の当社の祭礼では隠岐国分寺連華会舞と同様の舞楽が行われていたことがわかります。
高田神社本殿及び拝殿附若宮社は、隠岐の島町指定有形文化財に平成18(2006)年12月21日に指定され、紙本墨書高田明神百首和歌は、昭和44(1969)年5月23日島根県指定有形文化財(書跡)に指定されています。
Photo Canon EOS 5D Mark IV
R5.5.6
住所: 島根県隠岐郡隠岐の島町都万1814
関連リンク
タグ
地図
関連情報