横浜製鉄所跡(横浜市中区)
JR石川町付近にあった横浜製鉄所跡
2023年09月30日
横浜製鉄所は、江戸幕府がフランスと提携し、艦船の修理と洋式工業の伝習を目的として、この地に設置した官営工場です。
横浜製鉄所は、横須賀製鉄所に先立ち緊急に建設されました。元治2(1865)年2月に着工、9月下旬には開業し、艦船修理のほか、横須賀製鉄所建設に必要な各種器具や船名用機械の製造などで繁忙を極めました。
首長(初代ドロートル、のちゴートラン、ルッサンなど)以下多くのフランス人技師・職工が建設や操業に携わり、わが国における近代的産業技術の導入、発展の上で大きな役割を果たしました。
慶応4(1868)年4月、横浜製鉄所は、横須賀製鉄所とともに新政府に引き継がれました。管轄は神奈川裁判所、大蔵省、民部省、工部省と移り、明治4(1871)年横浜製作所と改称(横須賀製鉄所は横須賀造船所と改称)、明治5(1872)年海軍省に移答し、横浜製造所と改めました。明治6(1873)年大蔵省に移り、横領賀造船所と所管庁を異にします。七年内務省に移管。八年高島嘉右衛門らに貸渡され、民営化の先駆けとなりました。明治11(1878)年再び海軍省所管。明治12(1879)年石川島平野造船所(現、株式会社IHI)の平野富二に貸与されて横浜石川口製鉄所と改称、明治17(1884)年に建物と機械はすべて本社工場に移設され、約1.4haの敷地は、翌年海員掖済会(現、社団法人日本海員掖済会)に貸与されました。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D Mark Ⅳ
R5.9.17
住所: 神奈川県横浜市中区吉浜町
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