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宝台院(静岡市葵区)

徳川家康の側室で秀忠の母お愛の方の菩提寺・宝台院
2023年11月29日
カテゴリ : 静岡県 > 観光 > 社寺・教会
宝台院は、山号は金米山、寺号は龍泉寺、本尊は阿弥陀如来で浄土宗の寺院です。
徳川家の駿府における菩提寺です。
永正4年(1507)、大本山鎌倉光明寺九世観誉祐崇上人により開創されました。
徳川家康の側室で二代将軍秀忠の生母西郷の局(お愛の方)の菩提寺です。
西郷の局は、27歳で家康に仕え、翌天正7(1579)年4月、家康の第三子秀忠を生みました。家康38歳のときです。
このころ、家康にとっては、浜松城にあって、三方ヶ原の合戦、設楽原合戦、小牧長久手の合戦と、戦争に明け暮れた最も苦難な時代でした。西郷の局は、家康の浜松城時代に仕え、苦しい浜松城の台所を仕切った文字どおり糖糠の妻であったということができます。
天正14(1586)年12月、西郷の局は、長かった苦難の浜松時代を終え、名実共に東海一の実力者となった家康と共に駿府入りしました。家康の陰の立て役者として、献身的に仕えた西郷の局は、駿府入りとともに浜松時代の疲れが出て、天正17(1589)年5月、38歳の短い生涯を終わりました。
家康は、天下を取った翌年、慶長9(1604)年に龍泉寺を柚の木から紺屋町に移し、朱印30石と自画像(現存)、そして父広忠から譲られた太刀(現存)を寄進し、17回忌の法要を営みました。その家康も、元和2(1616)年に他界しましたが、その葬儀の副導師を龍泉寺六世典育上人が勤め、またその後の駿府での法事で導師を勤めました。家康没後は2代将軍秀忠が母の菩提寺を盛り立てました。
寛永5(1628)年、秀忠は、現在の地に大伽藍を建て、大法要を営みました。この入仏供養に勅使が派遣され、西郷の局へ従一位の追贈があり、「宝台院殿一品大夫人」と戒名が改められました。また、寺名も金米山宝台院龍泉寺と「宝台院」が加わり、以来、「宝台院」と呼ばれるようになりました。
そしてこの時、寺格、寺法が制定され、江戸増上寺、駿府宝台院は徳川家当用の菩提寺となり、江戸城入りの時は十万石の格式を与えられ駿河国の觸頭となりました。また、宝台院六世鏡誉上人が参内上洛の時、代々の住職は常に紫の衣を着るべしとの綸旨が下されました。
また、宝台院は徳川慶喜謹慎の地としても知られています。
明治元(1868)年7月、徳川慶喜は謹慎の身となり、同月19日水戸を出発して銚子港に到着し、同月21日蟠龍艦に乗船し、同月23日に清水港に到着しました。海路にて移動したのは、上野彰義隊の戦いの興奮も冷めない江戸を通ることが、極めて危険な事だったからでしょう。
この時、目付の中台信太郎(のち駿河藩町奉行)がこれを出迎え、また精鋭隊頭松岡万以下50名の厳重な護衛がついて駿府に向かいました。慶喜公が討幕派、旧幕臣の双方から命を狙われる重要人物であった事情に加えて、無政府状態とも言うべき当時の駿府の町の状況がこのような物々しい警戒体制を必要としていました。
一行は当日夕刻には宝台院に入りましたが、慶喜公の駿府移住は秘密裏に行われ、町民には一切知らされていませんでした。慶喜の駿府入りが町触れで知らされたのは、その5日後の28日のことでした。
宝台院を慶喜謹慎の場所に選んだのは元若年寄大久保一翁でした。彼は駿府町奉行の経験もあって、この町を熟知しており、徳川第2代将軍秀忠の生母西郷局が葬られた宝台院こそ慶喜公が落ち着いて過ごせる場所と考えたのでしょう。以来、誠心誠意謹慎をされ、翌明治2(1869)年9月28日、謹慎が解け10月5日紺屋町の元代官屋敷(現在の浮月楼)に移転されるまで、約1年余りを当山で起居されました。この謹慎の部屋は10畳と6畳の2室で、10畳の間を居間、6畳の間を次の間として使用し、当時、渋沢栄一や勝海舟と面会されたのもこの6畳間でした。
明治元(1868)年8月15日、藩主亀之助(後の徳川家達)が駿府に到着した時も、先ず宝台院に参上し、御霊屋に参礼の後、やはりこの部屋で対面したという事です。家達は七間町3丁目を曲がり、御輿で大手門より入城されましたが、当時まだ7才というお年でした、
現在の宝台院には、慶喜の遺品として、キセル、カミソリ箱、急須、火鉢、本人直筆の掛軸、居間安置の観音像が残っています。
昭和15(1940)年、1月15日 静岡大火で旧国宝の本堂が焼失し、大火後の土地区画整理により、境内地が大幅に縮小されました。
昭和45(1970)年4月26日、鉄筋3階10間四面の新様式本堂を落成して現在に至っています。
なお、寛永5(1628)年、徳川秀忠により築造された山門は、大正7〔1918〕年に菊川市の応声教院に移築されていたため現存しています。
また、徳川家康守り本尊の快慶作「白本尊阿弥陀如来」(国重要文化財)を安置しています。
令和5(2023)年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の第36回「於愛日記」の「どうする家康ツアーズ」で紹介されました。

拝観時間 9:00~16:00(15:40最終入場)
休館日  年末年始
拝観料金 大人・大学生500円 中高生200円 小学生以下無料

Photo Canon EOS 5D Mark Ⅳ
R5.11.18

住所: 静岡県静岡市葵区常磐町2丁目13-2

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