放亀山1号墳(赤穂市)
有年山城の登城ルートの途中にある赤穂市で確認される唯一の前方後円墳・放亀山1号墳
2024年04月07日
放亀山1号墳は、赤穂市で確認される唯一の前方後円墳です。
有年地区の歴史は古く、約1万年前の遺跡が発見されています。
弥生時代中期中葉(約2,200年前)からは有年原・田中遺跡や東有年・沖田遺跡などで大規模な集落が営まれたほか、後期には大型墳丘墓が築かれるなど、大いに栄えました。古墳時代になっても引き続き大規模な古墳が築かれており、その一つが、現在地すぐ北側の山に築かれていた放亀山1号墳です。
放亀山1号墳は平成27(2015)年度の分布調査で再確認された古墳で、円墳とされてきましたが平成30(2018)年度の発掘調査によって古墳時代前期に築かれ、大きさは、全長38m・後円部直径23m、の前方後円墳であることが判明しました。
前方部が「バチ」形を呈し、斜面に葺かれていた岩の構造が特徴的な古墳で、埴輪は樹立されていません。墳頂部の出土土器等から古墳時代前期前半(1,700年前)の築造と考えられます。
なお、墳頂部の調査では多量の礫が半円を描くように検出され、その周囲に土器が散乱していました。埋葬施設周辺で行われた埋葬儀礼の一端を示すものとして注目されます。
放亀山1号墳は、千種川を用いた南北の河川交通と、東西の陸路交通のちょうど交点となる丘陵上にあり、周辺には古墳時代前期から終末期の古墳が数多く立地しています。
放亀山1号墳から北およそ4km圏内には、近い時期に築造された中山13号墳(赤穂郡上郡町)、正福寺北谷田古墳(同)といった前方後円墳のほか、古墳時代前期後半の西野山3号墳(同)、そして中期前半の帆立貝形古墳である蟻無山1号墳(赤穂市)といった大型古墳が所在しています。その後も奥山古墳群(中期後半)や塚山古墳群(後期~終末期)に代表されるように、多くの古墳が築かれました。放亀山1号墳は、このように有年が栄え続けた歴史の一端を明らかにするものと言えます。
有年山城の登山ルートの途中にあります。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R6.3.18
住所: 兵庫県赤穂市有年楢原
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