尼崎市立歴史博物館(尼崎市)
江戸時代の尼崎城本丸の北側部分にあり、校舎として活用されていた建物を活用・尼崎市立歴史博物館
2024年06月07日
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尼崎市立歴史博物館の場所は江戸時代の尼崎城本丸の北側部分にあたり、建物の東端あたりに4層の天守がありました。明治6年(1873)に政府は全国にあるほとんどの城を廃止する命令を出し、尼崎城ではこの命令を受けてすぐに天守などの建物は壊されたようですが、城跡はまだ残っていました。
しかし、明治時代になると本丸跡にます小学校が建設されました。今でも歴史博物館の南には尼崎市立
明城小学校があります。大正2(1913)年には、本丸跡に尼崎町立実科高等女学校が開校しました。大正8年(1919)に実科高等女学校は尼崎市立高等女学校に校名が変わりました。
昭和2(1927)年には北側に新しい石垣風の校門がつくられました。現在市立歴史博物館として活用されている回廊型の建物は、尼崎市立高等女学校の校舎として2期に分けて建設され、昭和8(1933)年に東側の一部が竣工し、昭和13年(1938)に全体が竣工しました。建物は機能的でシンブルな外観を基調としていますが、2本の円柱で支えた大きな底やシンメトリーに配置された八角形窓、ガラスブロックによる庇の天窓など、玄関周りは装飾的であり、また、階ことに庇を全体に回すことにより水平を強調したデザインとなっているのも特徴的です。
昭和23(1948)年、高等女学校は市立尼崎高等学校と校名が変わりました。市立尼崎高等学校は、昭和41(1966)年に別の場所に移転したので、同じ年、市立城内中学校がこの地に移転してきました。平成17(2005)年には市立成良中学校と校名が変わりましたが、平成19(2007)年に別の場に移転したので、校舎としての長い歴史が終わりました。「尼女」「市尼」として長く尼崎の中等教育を支え、その後は中学校として数多くの次世代を担う人材を出してきた校舎は、石垣風の校門と共に、文教地区「城内」の中心施設として長く地域に親しまれてきました。
この地は尼崎城本丸跡であり、校舎も歴史的・文化財的に価値の高い建物なので、尼崎城の遺構を保存し、校舎も保存しながら活用していくことになり、平成21(2009)年、東山町にあった市立文化財収蔵庫をこの地に移転し、1階に展示室やガイダンス室、体験学習室などを整備し、博物館施設として活用を開始しました。
平成30(2018)年から建物の耐震補強と展示室や収蔵庫など博物館として整備する工事が開始され、令和2(2020)年に完成し、尼崎市立歴史博物館として再スタートしました。
1階の東側半分は市立成良中学校琴城分校(夜間中学校)が開校しました。
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は直後の平日)、12月29日から1月3日
入館料 無料(特別な催しの際には徴収することがあります)
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R6.5.24
住所: 兵庫県尼崎市南城内10−2
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