松濤園(呉市〔旧下蒲刈町〕)
4つの資料館と美しい庭園・松濤園
2024年10月10日
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下蒲刈町は、古くから瀬戸内海の海上交通の要衝として栄えてきた町で、豊かな自然と日本古来の風習を生かした全島庭園化事業(ガーデンアイランド構想)が推進されています。その一環として整備された「松濤園」は、三之瀬瀬戸の急潮を借景に、松を主樹としたみどり豊かな落ち着きと潤いのある庭園で、下蒲刈島の歴史と文化を紹介しています。
「松濤園」という名は、三之瀬瀬戸の潮の流れを借景に、青々と茂る松の庭を楽しんでもらえるよう名付けられました。
館内には4つの資料館があり、それぞれの建物は日本各地から移築、または復元した日本家屋を活用しています。
朝鮮通信使の歴史を紹介する「朝鮮通信使資料館 御馳走一番館」、古伊万里の名品を展示した「陶磁器館」、 世界中の灯火器コレクションを楽しめる「あかりの館」、江戸時代にこの下蒲刈島にあった御番所を復元した「蒲刈島御番所」があります。
「朝鮮通信使資料館 御馳走一番館」は、江戸時代、朝鮮通信使の来日に際し、下蒲刈島が藩の接待所・玄関口として大歓迎をした記録が多く残されていますが、なかでも「安芸蒲刈御馳走一番」といわれたほどの歓待ぶりを往時の記録をもとに全国から集めた食材を使っての豪華な膳を忠実に復元した展示は圧巻です。この建物は明治中頃に建てられた富山県砺波地方の代表的な商家造りである「有川邸」を移築したもので、石置き屋根に豪壮な井桁組みを持つ重厚な建物です。このほか本陣とその付近を復元し、通信使の行列人形を配したジオラマ模型や、当時の通信使を再現した等身大の人形、さらに精密に再現された 1/ 10の朝鮮通信使船の模型や全国から集めた朝鮮通信使に関連した「土人形」「張子人形」、通信使行列図や船団図など、往時をしのぶ資料を多数展示し、興味深く見学することができます。
「陶磁器館」は瀬戸内海の島の一つである宮島の門前町にあった町屋です。建てられたのは18世紀末ごろで、二階の出窓の出格子やその下の板庇(ひさし)にその時代の特徴が見られ、屋根は勾配が緩く軒の出が深くなっています。また、土地の狭い宮島では側壁を背中合わせに作るため、妻側の屋根の突き出しがほとんどありません。奥の座敷は明治初年に建てられた別の建物を古い建物の中にはめ込んでおり、材料を運ぶのも大変だった島の事情をよく示しています。館内には初期伊万里から初期色絵(古九谷様式)・柿右衛門様式、鍋島様式等の名品が揃い、古伊万里の世界を一望することができます。
「あかりの館」は「朝鮮通信使資料館 御馳走一番館」と隣接し、美しい三之瀬瀬戸に面した建物で、山口県上関町の旧家「吉田邸」を移築したものです。吉田氏は藩政時代に毛利氏に仕えて「大庄屋」の地位を与えられ、両替商、造り酒屋、醤油・植物油の製造や鰯漁の網元まで手広く商いをしていた家です。瀬戸内独特の平入り入母屋型本瓦葺屋根の古い土蔵造り建築で、土戸・古い建具が現存しています。車箪笥等、江戸時代を偲ばせる古い家具や生活用品を展示しています。邸内には世界の珍しい灯火器のコレクションを展示してあり、紀元前のテラコッタランプや石ランプ等の西洋ランプからなつかしい日本の古い灯火器までを年代順にわかりやすく配列してあります。
蒲刈島(現下蒲刈町)は江戸時代、瀬戸内海の交通の要衝として公式の海駅に指定され、本陣と番所が設けられていました。 「蒲刈島御番所」は、蒲刈島繋船奉行のもとに船・船頭・水主を常備し、公用物資の輸送・曳船・漕船、抜荷改めや海上警固にもあたっていました。番所には弓と鉄砲を置き、屋前向って左に高札場、右手には道具立てがあり、突棒・ガリ棒(袖搦み)・サス棒(刺又)の三道具と消火用水桶が備えられていたといわれています。 浅野藩蒲刈島番所は残っていませんが、現存していた毛利藩(山口県上関町)の番所を調査し、建築当初の形を復元したもので、17世紀の中頃の特徴を有しています。
営業時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
料金 一般800円 高校生480円 小中学生320円
※石畳コースセット券(松濤園、蘭島閣美術館、白雪楼、三之瀬御本陣芸術文化館
一般1,680円 市外高校生1,000円 市外小中学生660円
(セット券に含まれない蘭島閣美術館別館、昆虫の家は団体料金で入場可能)
定休日 毎週火曜日(祝日の場合は翌日)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R6.9.15
住所: 広島県呉市下蒲刈町下島2277-3
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