たたら製鉄が行われていたト蔵家原たたら跡〔叢雲たたら
2024年12月06日
ト蔵家は河内国の武将楠木正成の弟正氏と、伯耆国の武将名和長年の弟太郎左衛門の娘との間に生まれた勝太郎を祖として伯耆・出雲の守護山名氏に仕えた武将で、4代〔明応4(1495)年〕の頃より当地に屋敷を構え、姓を卜蔵(ぼくら)と名乗るようになりました。
ト蔵家の原は日刀保たたらを復活操業させた国選定保存技術保持者の(故)安部由蔵氏が村下を務めたことで知られ、本鈩の製品品質の優秀さは一般に良く知られていました。
ここでの生活形態は村下以下の技術者や雇人も近くに住み、分家も居を構えるという、主従の共存生活形態で後世に極めて大きい影響を与えたとされます。
原鈩は大正14(1925)年廃止後、昭和13(1938)年4月2日から帝国製鉄株式会社がここを復活し、「叢雲鈩」と呼ばれて敗戦まで操業を続けました。昭和38(1963)年高殿がのぞかれましたが、若干の遺構や、規模の大きい金屋子神社の一部、鉄池が現在に残っています。鉄池のほとりには頌功石があり、明治31(1898)年旧12月26日には三日押一代の出鉱量63駄1歩と刻まれています。まさに、ト蔵家の最盛期でありました。
船通山から流れ出る天然湧水は当地に屋敷を構えた明応4(1495)年より500年以上の間流れ出ており、主にここで働く人たちの生活用水として使われておりました。湧水としてはまれな非常に綺麗な水で民間の水質検査において飲料として認められております。
また、御神木カツラの木もあります。古い樹齢300年のカツラの木で鉄の神様金屋子神が宿るとされています。
赤く芽吹き、その後、緑色、黄色へと葉の色が変化します。新芽が赤く染まるのは、たたら製鉄の火入れにかかる日数と同じ三日三晩だと言われています。赤く燃えるように天へ向かって伸びる新芽はたたらの赤い炎をイメージさせ、製鉄のご神木として保護されてきました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R6.11.23
住所: 島根県仁多郡奥出雲町竹崎