荻外荘(杉並区)

荻外荘は、昭和戦前期に総理大臣を3度務めた政治家、近衛文麿の邸宅です。
当初は、昭和2(1927)年に、大正天皇の侍医頭を務めた医師の入澤達吉が、義弟で建築家の伊東忠太に設計を依頼して建てた邸宅でした。荻窪の、空気清涼な場所に育つアカマツのある土地に建てた別邸です。入澤は、庭にカエデもあったこの別邸を、「楓荻荘(ふうてきそう)」と呼びました。
昭和12(1937)年に近衛文麿が健康の相談相手であった入澤から邸宅を譲り受け、その後、西園寺公望が荻窪に移った近衞の体調良好に祝意を込めて「荻外荘」と命名しました。
心身の休養のために「荻外荘」で暮らすことに決めた近衞でしたが、次第に、国家の重要な会談の場として使用するようになりました。
近衛は、ここで政治会談や第二次・第三次近衛内閣の組閣を行うなど、荻外荘は、近衛の主要な政治の場となりました。特に、昭和15(1940)年の「荻窪会談」は、第二次近衛内閣の基本方針が確認された会談として有名です。戦後、昭和20(1945)年12月16日に近衛は邸内の書斎で自決しました。
その後は近衛家のご家族が静かに暮らしていました。家主であった近衞文麿の次男が逝去すると、まちで荻外荘保存の声が上がりました。区が、地元10町会長連名で出された要望書を受け、荻外荘の取得に向けて動き出したのが平成24(2012)年です。平成26(2014)年に、区は荻外荘の土地と建物を取得し、平成28(2016)年3月1日、昭和期の政治の転換点となる重要な会議が行われた場所として、国の史跡に指定されました。
荻外荘を、近衞文麿居住当時の姿に復原整備する取り組み、「荻外荘復原・整備プロジェクト」により、令和6(2024)年12月、荻外荘公園が開園し、荻外荘公園、大田黒公園、角川庭園からなる「荻窪三庭園」といわれるようになりました。
現存の建物としては,居住棟,別棟,蔵がある。近衞が自決した部屋がほぼ当時のまま残っており,保存状態は良好である。玄関や数々の会談の場となった客間棟は豊島区に移築されましたが、豊島区の移築部分については荻窪への再移築を行い、近衞文麿が居住した昭和15(1940)年から昭和16(1941)年の姿に復原されています。
また、令和7(2025)年7月16日には、隣接地に建築家 隈研吾さんの設計による荻外荘展示棟もオープンしました。展示棟の敷地は、明治の終わり頃実業家の山田直矢氏が購入した広大な土地の一部です。
1階はショップ・カフェ、2階は展示室となっています。展示室では、荻外荘に関することの他、近衛文麿、音楽評論家の大田黒元雄、角川書店の創始者で俳人の角川源義など荻窪由加里の文化人にまつわる文化財などを紹介しています。
開園時間 9:00〜17:00(最終入園16:30)
休園日 水曜日、年末年始(12/29〜1/1)
(芝生広場は年末年始のみ休園)
入館料 一般300円 小中学生150円
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.8.24
住所: 東京都杉並区荻窪2-43-36
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