大澤寺(牧之原市〔旧相良町〕)
相良城が廃城となった際用材が利用された大澤寺
2025年09月17日
大澤寺は山号は釘浦山、院号は本樂院、真宗大谷派の寺院です。
開山は近江安土の釋浄了(今井権七)で出家前は安土武佐の広済寺(現:本願寺派)に帰依していました。
永禄元(1558年)年に、権七は浄了として出家し、三河碧海郡赤松の本楽寺にいた叔父の祐寿とともに遠州城飼郡(城東郡)段平尾(現:菊川、内田)の耳川橋の南に本楽寺を創建しました。
天正2(1574年)年の高天神城の戦いにて、徳川方の陣として使用されたことにより、兵火で焼失しました。
その後、天正11(1583)年徳川家康の支援により、相良大沢に再建させ、本尊阿弥陀如来、今川義元伝来の明朝の皿を寄進し、「本楽院大澤寺」を名のらせました。
天正14(1586)年で火災により多くの堂宇、寺宝、記録などが焼失すると家康の庇護もあり、鷹狩り場だった相良新町に境内を移します。
安永7(1778)年に火災により焼失、境内が相良城の大手にあたる要地だった事から波津に移されます。
現在の大澤寺本堂は寛政5(1793)年に再建されたもので天明8(1788)年、相良城が廃城となったため、用材が利用され、入母屋、桟瓦葺、平入、正面1間向拝付、随所に龍や菊、兎など精緻な彫刻が施されたものです。内陣の襖絵「牡丹孔雀図」は、江戸後期に活躍した遠州地方を代表する画家・丸尾月嶂の最高傑作で、市内では非常に珍しい画面に金箔を貼ったきらびやかな障壁画です。かつて、田沼家の城下町や南海路(江戸・大坂航路)の中継港として繁栄した相良の文化を、現在に伝える貴重な建物となっています。
江戸時代中期の寺院本堂建築の遺構として貴重な事から昭和41(1966)年に牧之原市指定文化財に指定されています。
令和7(2025)年、NHK大河ドラマ「べらぼう」の第34回「ありがた山とかたじけ茄子」の「べらぼう紀行」で紹介されました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.9.13
住所: 静岡県牧之原市波津808-6
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