清洲城〔清須城〕(清須市)
清洲城は室町時代に尾張守護だった斯波義重が築城しました。
その後、織田氏の所領となり、桶狭間の戦いのときもここから出陣しました。
織田信長が城主となって以来、整備拡張が続けられました。天正10(1582)年、織田信雄によって大天守・小天守が築かれ、三重の堀もめぐらされた。織田信雄改易後、秀吉の時代には豊臣秀次・福島正則が城主となり、関ヶ原後には徳川家康の四男、松平忠吉、ついで9男義直が城主となりました。しかし、慶長15年(1610)家康の命で名古屋城が築城され、城も町も名古屋に移転してしまうことになりました。(清洲越し)そのありさまは「思いがけない名古屋ができて、花の清須は野となろう」と唄われました。清洲城も名古屋城築城の際の資材として利用されたようです。
現在再建されている清洲城は旧・清洲町の町制100周年を記念して平成元年(1989年)に再建されました。資料がほとんど残っていないので外観は想定して作られているようです。また、清洲城の遺構自体が、新幹線や東海道本線に分断されているため、五条川をはさんで実際の位置とは別の位置にある清洲文化広場に建設されています。
中は資料館になっています。
朝日遺跡に代表される古代から中世、尾張国の首府であった時代を経て、「清須越」から平成17(2005)年の清須市誕生、平成21(2009)年の春日町合併にいたる清須の歴史をダイジェストでみることができる1階のプロローグゾーン、「清須城と城下町」をテーマにした2階の戦国の都・清須ゾーン、信長と秀吉・家康をはじめ信長麾下の武将たちと清須との深い関わりあいを紹介する3階の覇者たちのルーツ・清須ゾーン、最上階の4階では、「吉例の地・清須の天主に立ち、浩然の気を養う」をコンセプトに、先人たちが夢をかなえていった清須の眺望を楽しむことができます。
開館時間 9:00〜16:30
入場料 大人 400円 小人200円
(あいち朝日遺跡ミュージアムとの共通入館料は大人550円)
休館日 月曜日(休日の場合は直後の平日)、12/29〜31
Photo KonicaMinolta Dimage A2
H18.5.26
住所: 愛知県清須市朝日城屋敷1−1
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