日野宿本陣〔日野宿脇本陣・佐藤彦五郎旧宅〕(日野市)
土方歳三の姉のぶが嫁いだ佐藤家旧宅
2006年07月30日

日野宿は、甲州道中四五宿のうち江戸から数えて10番目の宿場です。
宿場には日野本郷の名主と日野宿問屋役人を兼帯し世襲する、二軒の佐藤家の屋敷がありました。
正徳6(1716)年以降、西側の佐藤隼人家(通称「上佐藤」)は本陣を、東側の佐藤彦右衛門は(通称「下佐藤」)は脇本陣を務めました。
本陣は公家・大名・旗本や幕府役人専用の宿所であり、脇本陣は19世紀初頭以降、本陣と同様の機能を担っています。幕末には下佐藤家も本陣を称しています。
本陣建坪117坪、脇本陣112坪であったといい、甲州道中で本陣、脇本陣などの二軒とも100坪を超える例は、大目宿(山梨県)と日野宿だけであったとされます。
嘉永2(1849)年日野の大火により、本陣、脇本陣などの2軒ともに焼失し、現存する建物は、佐藤彦五郎俊正が10年に及ぶ歳月を費やし整
備を進め、文久3(1863)年4月に上棟し、翌年の元治元(1864)年から住み始めたものです。北面中央には式台玄関を備え、屋根は瓦葺であり、一般的な名主屋敷とは異なり、脇本陣としての格式を備えた建物です。
また、本屋敷は新選組とも深い関わりがあり、幕末の歴史の舞台にもなりました。
日野宿本陣には、佐藤彦五郎が近藤周助に師事して開いた「佐藤道場」がありました。
ここでは、後の新選組局長となる近藤勇や副長の土方歳三、沖田総司、井上源三郎たちが激しい稽古に励んだのです。長屋門は、大正15年の大火で類焼し、現在はありません。
また、明治26(1893)年に54軒を焼いた日野大火によって有山家(佐藤彦五郎の四男彦吉の養子先)が消失したため、「上段の間」と続きの一間は有山家に移されています。(有山家は非公開です)
東京都内には、江戸時代に五街道を中心に10余りの宿場が設置されていましたが、敷地と屋敷が現存しているのはこの日野宿本陣のみです。
昭和26(1951)年には隣家の材木商宮崎家が買い取ります。昭和52(1976)年に宮崎家の人が蕎麦屋「日野館」を開業しました。
その後、日野市が買い取り平成17(2005)年4月に一般公開が開始されました。
土方歳三が昼寝をしたと言われる部屋や、箱館から歳三の遺品を届けに来た市村鉄之助が隠れ住んだ部屋もあります。新選組好きなら必見です。
日野宿本陣は、平成22(2010)年3月23日に東京都指定史跡「日野宿脇本陣」として指定されました。
日野市教育委員会では、都内唯一の本陣建築であることから、市指定有形文化財「日野宿本陣」として指定していますが、東京都教育委員会では、長期間脇本陣として営業していたころから、東京都指定史跡「日野宿脇本陣」として指定しています。
(現地説明板・パンフレットなどより)
開館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜日(祝日にあたる日はその翌平日)
年末年始(その他臨時休館日あり)
入館料 大人200円、小人50円
ふるさと歴史館共通観覧券(本陣+歴史館) 大人300円、小人70円
JR中央線日野駅下車 徒歩13分
多摩都市モノレール甲州街道駅下車 徒歩15分
H18.7.21
Photo Canon EOS M3
H27.10.18(写真差し替え)
住所: 東京都日野市日野本町2-15-9
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