今シーズンのアルチャレに備えて、広島の秘密基地SpRさんで色々ゴニョゴニョしてきましたので、先ず今回はオイルキャッチタンクの取り付けについてご紹介します。
昨年11月のアルチャレで白煙モクモク騒動に遭遇しましたが(こちら)、その後再発せず顕著なエンジンオイルの減りも見られないので、岡山Dの工場長のお見立て通り、吸気系のどこかに溜まっていたオイルがサーキットの全開走行で燃焼室まで運ばれて燃えたのが原因のようです。
しかしまたサーキット走行で再発すると困るので、SpRのメカさんの助言に従ってオイルキャッチタンクを装着することにしました。
選んだのはCUSCOのオイルキャッチタンク セパレータ―タイプ 汎用 2L(こちら)です。
アルチャレはレースでもラジアルタイヤのARクラスについてはオイルキャッチタンクは推奨装備で必須ではないですが、一応JAFのレース車両規定を満足する容量のものを選択したので、将来Sタイヤを履いてレースに出てもこのまま使えます。
タンク本体はφ100x280㎜、重量1kgです。取付けステー&固定バンド、φ15の耐油ホース(2m)、ホースバンド3個も付属しており、付属品を含む重量は1.8kgです。
この商品はただの筒っぽではなく、内部に分子間引力フィルターなる仕掛けがあるのがウリです。
4Cに装着するためには、この他にホース変換ジョイント9-15mmが1個、12-14mmが2個、φ12㎜の耐油ホース数十㎝、ホースバンド9個が必要です。
タンク本体は、右リアフェンダー内のトランク横に設置しました。
車体側には一切の追加加工無しに、付属の取付けステーと固定バンドを使ってガッチリ取り付け可能です。
配管完了状態です。
赤矢印はオイルキャッチタンクに向かうブローバイガスの流れ、青矢印はオイルキャッチタンクを通ったガスがスロットルインテークに戻る流れを示します。
この状態でも問題なくエンジンカバーの取付けが可能です。
掛かった費用や配管手順は整備手帳(こちら)をご覧ください。
<2020/4/30追記>
岡山Dのメカさんに、接続の仕方が理にかなっていないと指摘されたので、とりあえず純正状態に戻しました。
11/4の振替休日は、岡国で開催されたアルチャレ第4戦に参戦してきました。
9月の第3戦はミッションO/Hが間に合わず欠席したので、6月の第2戦以来のサーキットです。
今回はミッションO/HのついでにヤケクソでLSDも入れたし、後輪も新品のRE-12Dを履いているので、昨年10月のアルチャレでマークした自己ベスト1’52”532を更新してあわよくば51秒台に突入が目標です。
よく理由が分からないのですが、いつも朝イチのプラクティスのタイムが一番良く、本番1本目、2本目と段々タイムが悪くなる傾向があるので、今回はプラクティスをパスしてぶっつけ本番で臨む作戦で行きました。
いつもは6時過ぎに家を出るところ8時頃に出発して重役出勤したら、すでにSpRのピットはいつものメンバーが勢ぞろい。
ナウト号は益々レーシングカー化が進み、ヒーターユニットを外したりスペアタイヤ部分をカットしたりで更に40kg以上の軽量化を図り、今や4Cと同じ車両重量1,030kg台!!
タイヤもおニューのSタイヤ(A050)を準備して、更なるタイムアップを狙っています。
慎さん号も、前輪のブレーキパッドに私と同じDixcelのレーシングパッド(R-Type)を投入して更なるタイムアップを狙います。
私もいつものように、ピットでSpRのメカさんにレーシングパッドに交換してもらいました。
そうこうしていると、ナウトさん達が参加のレースの予選が始まりました。
続いて私や慎さんが参加のタイムアタックの1本目です。
いつもは早めにピットレーンに並ぶのですが、今回は戦闘準備でモタモタしている内に出遅れて、ピットレーンに並んだ時はなんと最後尾(^-^;
いつもなら2周目、3周目あたりからほとんどクリアラップが取れるのですが、今回はこんな状態なので、抜いても抜いても前走車が・・・・(^-^;
(Photo by かっしー159さん)
私よりチョイ遅の55秒~56秒台で走る車も結構いるため、スパスパ抜ける車ばかりではなく中々クリアラップが取れません。
”前後に敵影見ず”という状況もよくあるこれまでと違って、今回はタイムアタックというよりレースみたいで中々楽しめましたが、結局最後まで完全なクリアラップは無しで終わりました(^-^;
(Photo by よっちゃん)
Photo by ペケぺけさん
結果的に、ほぼクリアラップに近かった8周目がベストタイムで、
23台中7位の1'53"342!!
6月のアルチャレでのベストタイムより0.5秒以上速いので、この状況ではヨシとしましょう。
他のラップタイムをみても、前走車に引っかかりながらでも54秒台や55秒台で走っているラップが多いので、去年まで55秒を切ることが目標だったことを思えば、車もドライバーもちゃんと進化しているということでしょう(#^.^#)
お昼を挟んでタイムアタックの2本目。
今度は出遅れないように前から準備して運転席で待機していたら、なんだか後ろの方から白い煙が・・・・(^-^;。
4Cのテールパイプから白煙がモクモクモク!!
SpRのメカさんが、「タービンブローやな~」
タービンの軸受けシールが逝ってしまわれた公算大とのことです。
ゲッ!! ミッションに続いて今度はタービン交換ですか~(トホホ)
2本目はあえなくDNSとなりました~(^-^;
しばらく置いてエンジンをかけたら白煙は収まっているし、エンジンオイルをチェックしても減ってはおらず、「ブーストを掛けないようにして大人しく走れば自走で帰れるでしょう」とのことなので、表彰式やレース後の温泉反省会はパスして緊急離脱。
岡山Dに連絡を取ったら「すぐ診てあげる」とのことだったので、普段使ったことがないNaturalのオートマモードで大人し~く走って岡山Dへ・・・・・。
その診断結果は・・・・、
タービンは壊れていない (#^.^#)
工場長の見立てでは、吸気系のダクトのどこかに溜まっていた若干のオイルが(ターボ車ならどの車にも大なり小なりあるとのこと)、サーキットの全開走行で燃焼室まで運ばれて一時的に燃えたためではないか、とのことでした。
エンジンオイルの減りをチェックしながら取り敢えず様子を見ましょう、ということになりましたが、その後も今のところ異常はありません。
ミッションO/Hに続いてタービン交換となったら破産するところでしたが、とりあえずは良かった良かった(#^.^#)
今回ほどの白煙モクモクではなかったですが、去年6月のアルチャレでレース後に帰宅しようとした時にも同じような白煙騒ぎがありましたが(こちら)、これも同じ原因だった可能性大ですね。
これから何度もこういうことになると困るので、SpRのメカさんとオイルキャッチタンクを装着する相談をしています。
2本目はDNSでしたが、結果的に総合1位~7位の順位は変わらなかったようで、最終的に
総合7位、AR100Sクラス優勝!! (1台だけだけど・・・・)
表彰式は欠席しましたが、慎さんが優勝盾をもらってきてくれました。
少々不完全燃焼な結果でしたが、今年はこれが最終戦なので、51秒台突入は来シーズンの宿題としましょう。
ナウトさんが今回もタイムアップを果たして54秒台に突入してきたようなので、
背後にナウト号の黒い影が・・・・(笑)
Part 1のAlfa Romeo(こちら)、Part 2のLancia(こちら)、Part 3のAbarth(こちら、こちら)に引き続き、Part4ではMaserati Works(Officine Alfieri Maserati)のトランスポーターを紹介します。
なお、特記ない限りミニカーのスケールは1/43です。
<1938~1939年頃>
第2次大戦直前のMaserati Worksのレース活動は、3台のFiat 621トランスポーター(モデナのOrlandi社がボディを架装)が支えていました。
この3枚の写真は、1938年のCoppa Principessa di Piemonteレースの際のFiat 621トランスポーターとMaserati 6CMです。
1939年のTarga FlorioのFiat 621トランスポーターとMaserati 6CMです、
1939年にMaserati 4CL Streamlinerのテスト走行を行った時の写真です。
これも1939年の写真だと思われますが、手前のMaserati 4CLに搭乗しているドライバーはGigi Villoresi、後列左端の人物がMaserati社長のOmer Orsi、その隣がマセラティ兄弟の次男Bindo Maserati、一人置いて白いドライビングスーツで立っている人物が伝説の名ドライバーTazio Nuvolari、その隣がマセラティ兄弟の七男Ernesto Maseratiです。
この時代に使われたFiat 621トランスポーターのミニカーはTronから発売されていますが、私はまだ入手していないので、大阪のミニカー屋さん“Piccolina”のHPから写真を拝借しました。
手前はBrumm製のMaserati 8CTF #44 Tripoli GP 1938です。
<1953~1962年頃>
フロントエンジンF1の最高傑作と評されるMaserati 250FがF1で大活躍すると共に、Maserati 300Sや450Sなどがスポーツカーレースで活躍し、Maseratiがレースシーンで最も輝いていたこの時代のワークスチームを支えていたのは、この3台のトランスポーター達です。
1953年ごろから1957年まで使用された、Fiat 642トランスポーター。
1954年から1957年まで使用された、Fiat 682RNトランスポーター(ボディはモデナのOrlandi社が架装)。
1957年ごろから1962年ごろまで使用された、Fiat 642RN2 Bartolettiトランスポーター(Bartoletti社がボディーを架装)。同時代にScuderia Ferrariでも同型のトランスポーターが使用されていました。
1955年のPau GPでのFiat 682RNトランスポーターと250Fです。
1966年にNurburgringで開催されたGernany GPのパドック風景です。
手前にマセラティ―ワークスのFiat 642とFiat 682RNトランスポーター、その奥にScuderia FerrariのFiat 642トランスポーターが2台確認できます。
Maseerati 250Fを駆るJuan Manuel Fangioが5度目のF1世界チャンピオンに輝いた、1957年シーズンのMonaco GPでの250F積載風景。
同じく1957年のGernany GP(Nurburgring)のパドック風景。
同年にMonzaで開催されたItalian GPのパドック風景。
この時代のFiat 642トランスポーターのミニカーはABC Brianzaから発売されていますが、私は保有していないので同社のHPから写真を借用しました。
Fiat 682RNトランスポーターの方もABC Brianzaから発売されています。
1954年のBelgian GP(Spa-Francochamps)で優勝したFangioの250F #26(Renaissance製)、1955年のLe Mansに出場し239Lapでリタイアした300S Short Nose #16(Faenza 43製)と並べてみました。
1957年のMonaco GPで優勝したFangioの250F #32(SRC製)と、プラクティスのみ走ったV12エンジン搭載の250F V12 #35(SMTS製)と並べてみました。
1/18スケールのMaserati 250FはCMCから完璧な出来のミニカーが発売されていますので、Fangioが優勝を飾った1957年Gernany GP出場車 #1を前景に置いてみました。
1957年のLe Mansの写真です。
この年のLe MansにMaserati Worksは、Maserati 450S Costin Zagato Coupe #1、450S Spyder #2と300S #12の3台を投入しましたが、いずれもリタイアに終わりました。
写真に写っている200SI #25はプライベーターの車です。
Fiat 642RN2 Bartolettiトランスポーターのミニカーは、Exotoから素晴らしい出来のものが発売されていますので、このルマンの情景を再現してみました。
450S Spyder #2はGammma Models、300S #12はJolly Model製のミニカーです。
プライベーターのFrancisco Godia が1958年のLe Mansで乗ったMaserati 300S #1の1/18スケールミニカー(CMC製)を前景に置いてみました。
1957年をもってMaseratiはワークス活動を停止し、翌年からはプライベーターへの車両供給とサポート活動に専念することとなりました。
こうした経緯で余剰となったFiat 642トランスポーターは、Scarabチームを所有する米国のReventlow Automobiles Inc.に売却されました。
Scarabチームのトランスポーターについては、いつになるか分かりませんが、Scarabを取り上げた際に詳しくご紹介しましょう。
こちらは詳細が不明なのですが、Maserati USAのFiat 642トランスポーターです。
上で紹介したScarabのトランスポーターと全く同じ白とブルーの塗装で、エンブレムとロゴだけがMaseratiになっているように見えるので同一個体の車両と思われるのですが、この写真以外の実車写真や解説記事を見つけることが出来なかったので詳細不明です。どなたかご存じの方がいたらご教示下さい。
こんなミニカーまでABC Brianzaから発売されています。
この組み合わせが考証的に正しいのかどうか自信がありませんが、1959年のMeadowdale GPで3位に入ったMaserati 450S #45(BBR製)と並べてみました。
Fiat 682RNトランスポーターの方も、1958年にイタリアのプライベートチームScuderia Centro-Sudに売却されました。
Scuderia Centro-Sudのトランスポーターについては近いうちに取り上げる予定ですので、その際に改めて詳しくご紹介します。
残ったFiat 642RN2 Bartolettiトランスポーターは、その後もプライベーターの車両輸送に使われていたようです。
下の写真は最後の公式出動となったと思われる1962年のLe Mansでの情景ですが、Maserati FranceのMaserati Tipo 151/1 Coupe #4とBriggs Cunninghamチームの#2、#3を積載して来たようです。
また、当時のMaserati市販スポーツクーペのプロモーションの為に、トランスポーターの右側面に“Maserati 3500GT”、左側面に”Maserati 5000GT”のロゴが追加されていることも分かります。
この1962年バージョンもExotoから発売されていますので、Pinko製のTipo 151/1Cpupeを載せて当時の情景を再現してみました。
この写真を撮っていた時に、左側面のロゴも“Maserati 3500GT”になっていることに初めて気付きましたが、Exotoの大きなチョンボですね~(^-^;
車両積載中の状態も再現できます。
この1962年バージョンのFiat 642RN2 Bartolettiトランスポーターは、CMCからも1/18スケールの超絶ディテールミニカーが発売されています。
流石に1/18のトランスポーターは巨大でメッチャ重いです。
私はFerrariバージョンの方は所有しているのですが、流石にMaseariバージョンまでは手が回っていないので、私が良く利用しているイタリアのミニカーショップ“CARMODEL”のHPから写真を拝借しました。
CMCの方は、左側面のロゴがちゃんと”Maserati 5000GT”になっていますね(#^.^#)。
次回はいよいよScuderia Ferrariを予定していますが、大作になりそうなので少々準備期間を下さい。
では、次回もお楽しみに!!
Part 1のAlfa Romeo(こちら)、Part 2のLancia(こちら)に引き続き、Part 3ではAbarth Corseのトランスポーターやサポートカーを紹介します。
なお、今回はミニカーのスケールは全て1/43です。また、車名の頭にFiat Abarthが付く場合は省略して記述しています。
大作過ぎて字数制限に引っかかったので、前編、後篇に分けてお届けします。
<1950年代中期~1960年頃>
当時の実車写真を発見することが出来なかったので、正確な年代が分かりませんが、アバルト創成期に使用されたと思われる、Fiat 615Ⅱのサポートバンです。
IV Model Factoryがモデル化してくれました。
Fiat 600をベースに、Bertoneデザインのボディーを架装した速度記録車500 Record Bertone(向かって左)と750 Record Bertoneのミニカー(向かって右、いずれもHachette製)と並べてみました。
750の方は、1956年6月17~18日にMonzaで24時間速度記録に挑戦し、平均速度155.985km/hで当時のクラスHの速度記録を達成した車です。
500の方は、1956年7月25日に同じくMonzaで、2,000kmを平均速度139.978km/h、連続24時間走行で平均速度137.958km/h、2,000マイル走行で平均速度137.771km/hの記録を達成した車です。
別の速度記録車750 Bialbero Pininfarina Record(向かって左、GAG Model製)と500 Record Pininfarina(向かって右、Pinko製)と並べてみました。
750の方は、Fiat 600をベース、500の方はFiat 500をベースにPininfarinaデザインのボディーを架装した速度記録車で、750の方は1957年10月にMonzaで3つのクラスHの速度記録を達成した車、500の方は1958~59年にかけて多くの速度記録を樹立した車です。
1957年のMille Migliaに出場した、750 Vignale Goccia #38(CarPin Models製)と、1959年のAlbert Ascari Torophy 12時間に出場した750 Coupe Zagato #41(Starline Models製)と並べてみました。
<1961年>
1961年6月に開催されたルマン24時間では、OM Tigrottoトラックを改造したトランスポーターが使用されていました。
トランスポーターはIV Model Factoryが、1961年のルマン出場車はSparkがモデル化してくれていますので、当時の状況を再現してみました。
搭載車両の700 Bialbelo #55は、ゴールまであと1ラップの所までクラス1位をキープしていたのに、オイルリークでリタイアを強いられた車です。700 Bialbelo #56は111ラップ目でダイナモが壊れてリタイア、850 Bialbelo #60は総合14位で完走、手前の700 Spyder #49は15ラップ目に事故で早々にリタイアした車です。
この一連の写真はアバルトの歴史を語るときに必ず登場する有名な写真で、日本のアバルトディーラーのショールーム壁面にもパネル写真にして飾ってありますが、1961年9月3日に開催されたNürburgring 500kmレースでアバルトが歴史的大勝利を挙げた時の写真です。
このレースにアバルトは、GTカテゴリーに2台の700 Bialberoと3台の1000 Bialberoを、ツーリングカーカテゴリーに5台の850 TCを投入し、ブライベータ―チームからも数台の車が参戦しましたが、1000 Bialberoの3台が総合1,2,5位を獲得(但し1位はプライベーターのScuderia Serenissimaからエントリーした#113)、総合8位に入った700 Bialbero #98もGT700クラス優勝、ツーリングカークラス(T850)でも850TCが1~3位独占という大勝利を挙げ、アバルトの名を一躍高めました。
Nürburgringに向けて工場を出発するAbarth Corseのコンボイ
超変態メーカーのIV Model Factoryが、この歴史的なコンボイをミニカーで完全再現するという快挙(暴挙?)をやってくれました。
先ずは、先頭のFiat 615Ⅱサポートトラックです。
幌は実車通りに布地が使われており、中々良い雰囲気です。
2台目の、OM Tigrottoトラックを改造したトランスポーターです。
搭載車両の1000 Bialbero #112は総合2位、700 Bialbero #99はDNF、850TC #51は総合13位 T850クラス2位の車です。
なお、1000と700 Bialberoのミニカーは、CarPin Models製、850TCはProgetto K製で、いずれもIV Model Factory特注品です。
3台目の、OM Tigrottoトラックの荷台に建築用の足場を利用した架台を設置した仮設トランスポーターです。
搭載車両の1000 Bialbero #110はDNF、700 Bialbero #98は総合8位 GT700クラス1位、850TC #50は総合22位 T850クラス5位の車です。
4台目の、OM Tigrottoトラック仮設トランスポーターです。
搭載車両の1000 Bialbero #111は総合5位、850TC #52は総合12位 T850クラス1位の車です。
最後尾5台目の、OM Tigrottoトラック仮設トランスポーターです。
搭載車両の850TC #53は総合34位 T850クラス9位、850TC #64は総合14位 T850クラス3位の車です。
<1962年>
1962年のルマン24時間レースでは、こんなトランスポーターが使われていました。
車種はFiat 645Nだと思われますが、私の知る限りではこのトランスポーターのミニカーは発売されていません。
IV Model Factoryから、Rosso塗装で荷台の短いFiat 615Ⅱサポートトラックも発売されています。
当時の写真を発見できなかったので正確な時代が特定できませんが、多分このあたりの時代に使用されていたものと思われます。
Spark製の1962年ルマン24時間出場車と並べてみました。
Abarth Simca1300 GT #41は66ラップにイグニッショントラブルでリタイア、同じく#43はベルギーのEquipe Nationale Belgeからエントリーし総合14位、700 Bialbero #51は114ラップにピストン破損でリタイアした車です。
後編に続く
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