2018年10月24日
授業参観 懇談会 アジテーション 本論 その1
懇談会でアジった件について
相当遅くなったけれど、記憶は確か。
子供たちの机で円陣を組んで5人。
担任「運動会、合宿と続いて、子供たちは疲れていませんか」
一同無言。担任と僕が順番に母親たちの様子を伺う。「はい」「いいえ」すら発言がないので
僕が応える。
「とんでもない。我が家は登山、美術館と毎週のように出かけています。疲れなんてありませんよ」
(実際9月から、大山、月山、運動会、穂高、合宿、模試、美術館、大台ケ原と6週のうちにイベントが8回。
続けて、次の週末も0泊3日の美術館巡りの旅で、7週連続9回となる)
周囲の反応無し。
「驚嘆の感動詞」ぐらいないのか。
僕は続ける。本当は担任の発言の順番だか。
「先生こそお疲れでしょう。ブラックで。娘から夜10時まで働いていると聞いたがありますよ。
公務員は法律の実現のために、法律に則った労働環境があります。しかし教員はどうでしょう。
社会に生きる子供たちの手本となる教員がそれでいいんですか?」
「そもそも先生は、どのような哲学で教育をなさっているのか。児童はどのようにあるべきか。
教育はどのようにあるべきか。理想像なくして教育は成り立たない。」
実際、そうである。異論はあるまい。
「僕は日教組はよいか悪いか分からないけれど役割はあったと思うよ。僕は全人教育という言葉が好きです。
(全人教育とは、一般には、知性だけでなく教養(文化芸術)も嗜むこと、そうした人格形成のことを指すらしい。しかし、私はそこに付け加えて、「生活者としての能力=家事一切に関わる能力」の
獲得も含ませるのである)
だから僕は、家事もするし、このかばんも作るし、(もちろん勉学、文芸もだがそれは省略した)
一体、学校では何を教えているのか」
「PTAというものがある。あれは通学の安全だとか給食がどうだとか、そんなことはどうでもよく、
子供たちの教育がどうあるべきかを喧々諤々議論するところである。しかるに全然機能を果たせていない。
教員もPTAの一員なのだから、もっと発言すべきである。労働環境も含めて、教育を見直すべきである」
このあたりで、2人の母親が小声を掛け合って退室して行った。
「あの人たちは何か意見がなかったのだろうか。何かいうことがあったはずだが」
アジテーションは更にヒートアップする。
(続く)
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Posted at
2018/10/24 21:13:40
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