2018年12月14日
異郷の恋 永井荷風
日本人学生藤崎の演説
「レディースエンドジェントルメン。満場の淑女よ紳士よ
私は親愛なる米国の諸君に向けて、20世紀の最新型 アップツーデートの日本帝国を紹介する光栄を感謝をいたします。
私は一言にして大日本国帝国は世界の模範国であると断言することを憚りません。
代価は見てのお戻り、品物に嘘はない。嘘だと思うことがあったら今夜にでも言ってごらんなさいまし。
日本帝国の臣民はこぞって道路に群集し単に万歳の声を挙げるばかりでは、
外来の客賓を歓迎するには十分でないというところから、必ず婦女老幼を堀に突き落とし下駄の歯で踏み殺してまで熱烈なる誠意を発表するでありましょう。
日本帝国は歴史が証明するとおり、万世一系、四海兄弟の国家であります。
正月もしくは宴会の帰り、紳士は乱酔して、道路を家としどぶを枕にして睡眠するほど和気藹々とした社会であります。
政府と警察と人民とは父と子のごとき親密なる関係を有しております。それゆえ、政治上の集会から全ての興行、運動会、およそ人の集まるところといえば、警官は必ず出張して厳めしい制服をもって人民に無上の光栄を与えます。
国民は挙げて勤倹貯蓄を旨としておりますから、米国のように道路を作るにも、道路の地ならしの機械なぞは用いない。
臣民は個々の履物を持って往来にぶちまけた石、小砂利を踏み慣らす義務を負い、祖先が眠る墳墓の土地をできうる限り、豊沃ならしむる目的で、下水を作らず、おぶつを一滴一塊たりとも魚の餌にはさせまいと、地の下へと吸い込ませます。
全国を通ずる汽車にさえ、無煙炭のごときは決して使用いたしません。ひとつぶでも石炭ガラの雨霰と降り注ぐようなものを選んであります。これ実に、先祖伝来の土壌に炭素を多からしめようという愛国的経済の観念に基づいたものでありましょう。
大日本帝国臣民が礼儀を重んずるをの一端は、電車の中で喫煙を厳禁してあることでも明瞭であります。
しかしまた大日本国臣民はロシアに勝った進取活動の勇者であります。
虚礼柔弱の国民ではありません。電車に乗り降りするときも、決して婦女を突っ転ばすの勢を失いません。
大日本帝国臣民は厳粛なる道義の紳士君子であります。不義、破倫、悪徳の憎むところの如何に強いかは、全国の新聞紙上に遺憾なく現れております。
わたくしは西洋人が日本新聞の三面記事を読み得ないことをもっとも残念に思う一人であります。
強姦、秘通、殺人、紳士の嗜好、これらは政治、商業、工業よりもなによりも、 わが国新聞紙
のもっとも主要なる報道の材料であります。
読者は単に事実の報道ばかりでは満足いたしません。新聞記者は読者の要求に相応(あいおう)じ、小説家以上のしんらいの環境に乗じて、強姦、秘通の顛末、特に醜交(しゅうこう)の瞬間における光景を細大漏らすことなく活写いたします。
大日本国臣民は悉く、大哲学者であります。大観念、大覚悟の聖者であります。
世界の覇者たろうなぞとの英雄的野心は微塵も持っておりません。帝国は万世不朽でありますけれど
帝国がその一部を占めている地球全体は
年数に限りのある天文学者の学説を公認しております。
不朽ならざるこの地球の上に、フランス人のごとく、美術や学術を残して、未練らしく民族発展の光栄を
後代に伝えようなぞとは、大日本帝国臣民の潔しとするところでありません。
都会を始め至る所、あらゆるもの、悉く吹けば飛ぶべき無常の哲理を案じするために
電信、土手、石垣、鉄道、すべて一時的の計を主意となし、
雨風雪のたびたび、破損、崩壊するようにと作ってあります。
大日本帝国は世界模範の国家であります。
不肖なる私は、かかる立派な帝国の臣民としてあまりに無上の光栄に感じ、恐れ多くて
むしろ頓首再拝御免蒙りたいくらいに奉るものであります。
親愛なる米国の淑女紳士諸君、世界模範の帝国のため
諸君が愛する娘のため、、
諸君が芝居でよくご存知の通俗なる国歌、チョンキナチョンキナを三唱されんことを希望します
「チョンキナチョンキナ」
藤崎は音頭を取る。満場それに続いて一同
「チョンキナチョンキナ キナキナ 長崎 函館 チョンチョンがよい」
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政府はいつも愚か | 日記
Posted at
2018/12/14 00:31:01
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