どこに暮らすかが カギになる。
何もすることがない? 散歩三昧?
ならば、奈良がいい。
東大寺の北側を。ならまちを。商店街を。
高円あたりも。
自然と歴史。
季節の変化と年中行事。
京都? 人間とお金がひどいものだ。真っ黒けっけ。
面白いかな?
もう興味はないかも…
すぐきと大徳寺納豆のためにあるだけ。
東京。
これは政治が面白い。
渋谷から新宿まで、一人でもしようか。
僕は芸術を生み出せないし、もう新しい芸術が「もてはやされる」時代でもない。
過去の遺構(威光とも)とともに
たとえば、渋谷。
マークシティ通路。
日毛氈(緋毛氈も変換しない、これで日本のPCですか?富士通さん!)
は流れる血液を見立て、
その前で和装でダイイング。
日常風景になった岡本太郎の壁画に再び命を与える。
歌舞伎町の路上でも。
警察沙汰?
大いに結構。
売名行為。
橋の下に住みたい。
リアカーを引いて、日比谷公園でテント暮らし。
2500年の時空を超えて、
アテナイのディオゲネスが、
東京に現れた。
そういわれてみたいものだ。
学のある(額と変換される)チョンガーの考えることは
奇妙だね。
生きている証。
何もない。
だから奇行。
貴公子ではない。
平和ボケ、居眠る、おバカに一撃を。
そして、毒を食らってあの世へ行こう。
そういう計画。
何もすることがないとは、恐ろしいことだ。
親のために受験に追われ、
東大京大に入っても、
自由はなく、親の満足のために就職をして。
家庭紙もまた。
そんな人生レールから脱線した。
どちらに転んでも、自尊心はズタズタ。
世間はうらやんでも、親の言いなり。
自由を選んでも、ズタズタ。
額(学だろう!)があるものは、人のために生きろ。
何この重圧。
ボけどもは、妬みながらも、自由に生きているように見えるが。
最高位を極めると、あとは落ちるしかない。
完成直後の渋谷へ行ってたんだな。
2020/10 初旬。
20201205 再訪。娘とともに。

Posted at 2021/02/06 19:00:04 | |
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