2020年03月25日
拝殿前で、国歌斉唱島すね、といってもフランス国歌ですけど
と傍にいた年老いた警備員に断ると
ここでは困るというので、
鳥居の外ならいいですね?と確認をとって
いざ、斉唱。
すると、年老いた警備員が何やら言いたげ。
入り口のほうにいた若い警備員が、そろりそろりとやってくる。
これは、日頃の教授のとおりなのでしょう。
騒乱を起こさないよう、刺激しないように、穏やかに忍び寄って、身体を寄せて威圧する。
決して、何を言うでもなく。よく教育されたものです。
で、手で、まあまあとやりながら、歌い終わる。
「参拝の仕方は人それぞれでしょう」
といえば、肯定するでもなく否定するでもなく、何やら聞こえない小言を。
その前に行ったのは
「(祀られた)このひとたちに、日本はこれほどに自由になったのだと知らせ、
愚かな戦争に加担したことを反省してもらうため」と告げました。
全くそのとおりで、A級戦犯であろうが、菜もなき少年兵であろうが、
まったく日本の価値を貶めてくれる「大戦争」を押し留めることなく
わが身かわいさに、他国に侵略するなど、言語道断です。
僕は、決してこうしたことには加担しないのですから、
彼らを批判することができる。
お国を思うなら、人間として正しい道を歩むのなら、
戦争に向かう国家に対して、国歌指導者に対して、
同じ命を懸けるのなら、
彼らにこそ、刃を向けるべきでした。
こんなおばかさんたちに、頭を下げて鳥居を潜るなどという行為は、
人類の崇高な道徳、いかなるときも他人をあやめるなという、
そういう道徳を否定するものです。
道徳道徳と叫び、平然と戦争加担者に、榊を、玉串を捧げるなど、
ばかな宰相もいたものです。
こんな僕のことを「かわいそうに」と蔑む参拝者もいましたが、
こちらとしては、すっかり気分が晴れて、心地よいのです。
何も、前の日に、本郷の安田講堂前で三島由紀夫を思ったからではありません・・・
ってことはありません。
夢と希望を失った大和魂は、無能無力無思考なものどもを一蹴するのです。
なにが、侍日本だ。
武士道って、「殺さないで解決策を考える」の作法なんだよ!
ちっとは、勉強しなさいよ。
どちらも遊びが過ぎますよ!
Posted at 2020/03/25 03:09:12 | |
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