
「わ→すた」が World Standard を意味する言葉であることを知らない人は、人生の0.1%くらいは損しているが、それは特に問題はない。もちろん、いまググる必要もない。
さて、
「人馬一体」と「人間中心」
この二つの表現は違うものでもなく、マツダの中では同じ方向を向いた言葉なのだが、マツダが自社の考え方を説明する上で、より説明しやすい方法が、「人間中心」ということで、最近のマツダ広報は、「人間中心」の方を強くアピールしているようだ。
マツダの広報は、最近のマツダ車について、
「「誰もがリラックスして思いのままにクルマを操れる」感覚を、さらに高い次元に引き上げる。」と言うよくあるコンセプトを述べているから、最近は、「人馬一体」ではなかなか意図が通じないと理解したのだろう。
今日の話題は、GVC Plusの評価と今後の進むべき方向性である。
私は、GVC Plusの発売まで、その制御に大きな懸念を持っていて、GVC Plusが人が違和感を感じない制御に仕上がっているかどうかを確認するために、最新型のCX-5 25T のAWDモデルを一定期間借りて、雪道を含む公道を中心に数日間に渡り走ってみることにとしたのである。CX-5 25Tそのものの試乗記は別途アップロードする予定だが、今日は、最新の運転支援システムたるGVC Plusが、マツダが言うところの「人間中心」ロジックにあっているのかどうかを考えようと思っている。

マツダCX-5 25T
ターボエンジンは、パワーの要否より乗って楽しいので欲しくなる。
1台しかクルマを持たないならターボを買いそう
GVC Plusは、一見、VSCのようなスタビリティコントロールの一種に見えたり、レクサスのTVDやランエボのAYCのような、旋回能力支援システムと同様に見える人もいるかもしれなくて、果たしてそれは「人間中心」に即したディバイスたり得るのか、ということを確認しようと思ったのだ。 この試走を実行した後、記事を書かずに放っておいたら、春になってしまった。 時々、スバルフォレスターと比較している箇所があるが、同時に2台乗ったわけではなく、それぞれ別の日に乗っている。スバルフォレスターのモデルは、2.5のX-Breakである。
■乗った結果どうだったのか
技術論などに興味がない人も多いから、先にGVC Plusとi-Active AWDの組み合わせがどうだったのか書いておこう。
ターマックにおける、GVC Plusは、特に雪などの滑りやすい路面において極めて有効で、これにi-Active 4WDを加えると、操安における安定性は、他のクルマと比較しづらいくらい高いレベルになる。夕方や夜間の雪道で視界が広くない事が不満なCX-5であっても、スタビリティに関しては文句がない。 悪天候時の視界確保やグラベルなどの悪路走破性においては、スバルフォレスターの視界とX-MODEには及ばないが、平滑な路面における雪道走行においては、旋回性能もGVCの効果によりCX-5の方が優れているし、運転していて不安を感じない。 減速性能においても、雪上でのABSの性能は差を感じるものの、スバルよりもCX-5の方が軽量であるため、実用ケースではCX-5の方が有利である。

CX-5 25T
i-Active AWDがおすすめ。
雪が降らない地域だとFFを買いたくなるだろうけど
高速道路を走行する速度域で、ドライ路面で障害回避のために急激なレーンチェンジと復帰を行った際にも、ボディ上屋がそのG変化に耐えきれず多少の歪みは出るものの、障害を避けた後、再度レーンに戻る操作ならびに、直進に戻する際の操作性(直進に向かうまでの安定性)の反応が高く、ステアリングを切っている方向とは逆のモーメントが消滅する様がドライバを安心させる。「この速度域だと、テールが逆に出るかも」と身構えていると何事もなく収束するので、拍子抜けすることはあるが、安全という点で見れば素晴らしいとしか言えない。スタビリティコントロールが効いたのとは異なり、最初からステアリングを向けた方向へと進もうとするのだ。

こういう雪のある道路環境も走行
冬季の和歌山と奈良の県境の山道は結構大変だった
GVC Plusの違和感はほとんどない。 「逆位相のヨーモーメントが来る」と、覚悟したのに何も起きない、という点に最初だけ なぜ?となるが、2個目のコーナーからそれを忘れて、ステアリング操作に適切に追従するなと感じるだろう。 モータースポーツで使用する速度域においては、連続したコーナーを速度域をあげて走行すると、放物曲線を描いて走るはずのクルマの挙動が予想と違う軌跡をとるので、それには違和感を感じる人もいるだろう。さらに速度を上げていくと、やがてタイヤの限界に達するが、そこまでの過程がGVC Plusなしのクルマとは少し異なる。 なので、モータースポーツでGVC Plusありのクルマを使う場合は、その差異を知ってから限界まで攻める方がいい。 有り無しで比較していないから数値は出せないが、多分、GVC PLusありの方がタイムは速いと思う。

CX-5 25T内装
価格帯の中では、仕立てのいい内装。
クルマ自体も丁度いい大きさで使いやすい。
物理的な前方視界が狭いのが唯一の欠点か。
フォレスターとCX-5を比較する上で、少し意地悪な気持ちで乗ったのだが、GVC Plusは有用な技術であるという結論に達した。でも、GVC Plusのようなデバイスは、ロードスターには載せないで欲しいと思っている。 あれは、自分の手で速く走らせることを目的にしたクルマだからだ。
■GVC Plusとは
まず、GVC Plusとは何かについて確認しよう。
GVC とGVC Plusの基礎は、日立オートモティブシステムズ社が開発した、車両運動制御アルゴリズムで、オリジナルの名前は、「プレビューG-Vectoring Control+ACC」という。日立オートモティブシステムが開発したのは、車両の横方向と前後方向の連係運動を制御する技術であった。この技術を基盤にして、マツダが自動車への応用方式を開発して2016年に発表したのがGVCである。2018年にマツダと日立オートモティブシステムズ社は、スロットルだけでなく、ブレーキによる直接ヨーモーメント制御によってさらなる車両挙動の安定化を目指してGVC Plusを共同開発し、2018年の年次改良から、CX-5、CX-8に搭載して発売した。

GVC Plusの動作を示す。
いろんなところで、見たことがあると思うが、
注目すべきは、右(外側)前輪にブレーキをかけて
車両の外側方向(直進に向かう方向)に回転するモーメントを作り出しているところ。
まず、GVCとは、コーナリングの進入時(ターンイン)の走行を支援するもので、モータースポーツを楽しんでいる人であれば、直線からコーナに挑む過程において、減速とステアリング操作をどう組み合わせるべきかを理解していると思うが、それを一般のドライバーが公道で走る速度域でも恩恵に預かれるようにしたものだ。 速度域の高い低いに関係なく、わずかに前後の適切な荷重移動を行うだけで、より少ないステリング操作で旋回していくことができる。 速度域が高くなると、もっと大きな荷重移動が必要になるが、GVCでは調整できる加減速Gの大きさに制限があり、一般道を走行する速度域を超えるような領域では、その効果は限定的であり、ドライバーが積極的に荷重移動を行わねばならない。

GVC/GVC Plusの働き
コーナーの侵入時に荷重を前輪に移動させて舵の効きを高める。
コーナーの脱出時に外側前輪にブレーキをかけて旋回モーメントを打ち消す。
次に、GVC Plusは、コーナリングの脱出時(ターンアウト)を支援するものだ。旋回中のドライバーのハンドル戻し操作に応じて外輪をわずかに制動し、車両を直進状態へ戻すための復元モーメントを与えることで安定性の向上を目指している。ヨー、ロール、ピッチの各回転運動のつながりを高い旋回Gの領域まで一貫させ、素早いハンドル操作に対する車両の追従性を高めるとともに、挙動の収束性を大幅に改善することを目的としている。この恩恵は、タイヤのグリップ力が相対的に劣化する、高速度領域や、雨や雪などの滑りやすい路面での緊急回避操作に大きな効果を生む他に、市街地走行のような速度域でも、運転しやすいと感じられる効果を生み出している。

コーナリング中のG変化とGVC/GVC Plus
別段、難しいことをマツダは言ってないのだが、やっぱりよくわからない、という人もいるだろう。
(既に面倒臭くなってきて、この記事を読むのをやめようと思う気持ちもよくわかる)
動作原理とかどうでもいい人は、下記の図の通りコーナリングにおいて、

コーナーの進入をしやすくする:GVC
コーナーの脱出をしやすくする:GVC Plus
と覚えておけばいいだろう。
もう少し詳しく知りたいなら、GVC/GVC Plusの制御フローのスイムレーンの主体は、以下の要素で構成されている。
・電動パワーステアリングの舵角センサーから読み取ったハンドル角度
・車速
・発生している横Gの計算値(Gセンサーの値じゃない)
・横Gを一回微分した横躍度
・前後Gのゲイン(センサー値からのゲイン)
・ヨーモーメント
・ヨーモーメントに関連したゲイン項
ここから、ヨーモーメントの指示値とエンジントルクのダウン指示値を計算し、エンジンとブレーキ制御ユニットへ制御をかける。
ブレーキ制御ユニットはモーメント指示を受けて、それを実現するための各輪の液圧値を決定し、ブレーキを作動させるわけだ。
エンジンのトルクダウン指示値をGVCに用いて、ヨーモーメント指示値をGVC Plusに用いている。

エンジン、ブレーキ制御ユニットを制御して、
コーナリング中のクルマに発生するG変化の躍度を一定にすることで
乗員の快適さと安定を目指す。
これらの、指示値を一定の躍度にするために、どの時間軸で微分するかが重要なのだが、これをリアルの時間軸で計算しないところが、GVC/GVC Plusのキモだ。
マツダは、微分用の基準時間を、電動パワーステアリングの情報出力周期とエンジンコンピュータの情報取り込み周期に合わせている。
(この二つも同じクロック周波数に合わせてある)マツダの設定では秒間200回、200HZを基準時間としている。
200HZすなわち、5ミリ秒毎というのは、コンピュータの世界では、かなり長い時間で、こんなに広い間隔で計算していて大丈夫なの?と思うだろうが、
このクロックは、CPUの計算クロックの周波数ではなく、車両制御の間隔だからこんなものだ。1GHZでブレーキの液圧を制御しても意味はない。
人間のクルマを変化を感じ取る間隔が、概ね10ミリ秒くらいと言われるので、理にはかなってる。
だから、多くの人は、GVC Plusの介入に対して、違和感を感じにくい。

前後Gと横Gの変化の躍度を一定にして、変動の波を小さくすることで
乗員は不快な変動を感じず、快適にコーナリングすることができる。
数学的な技術論は、だいたいわかったような気になればいいから、これくらいにしておこう。
■「人間中心」の制御のために
コーナリングにおけるGは、進入時(ターンイン)と脱出時(ターンアウト)の際に大きな変化がある。この変化を滑らか(躍度一定)にできると、乗員は快適に感じ、この変化が大きい(躍度が可変する)と乗員は不快に感じて、時には酔ってしまう。 ならばこの変化量を外から制御してしまおうというのが、GVCの基礎理論だ。 残念ながら、ステアリングをパキッっと一気に切る癖のあるドライバーが起こす不快なG変化を完全に収めることはできないが、それを軽減することは可能だ。
GVC/ GVC Plusが、VSCなどのスタビリティコントロールと違うのは、「フィードバック制御」ではないことだ。つまり、悪い事が起きてから、対処する方式ではない。人間は、別に対処がしたいわけではなく、そもそも何も悪い事が起きない方がいいのだ。 GVC/GVC Plusは、ドライバーの操作に合わせて、先手を打って自分で結果を作ろうとする。もちろん、人とクルマは直接繋がっているわけではないから、先手を打たれたことをドライバーはあまり気がつかない。例えば、ステアリングを操作する手とタイヤが直接繋がっているわけではないから、手が操作したステアリングと、クルマの動きの間には、様々な仲介物体がある。でも、人間の頭が期待しているのは、クルマの動きなので、その期待に沿うように制御してやろうとしている。 フィードバックではないから、発生するケースは自分で決める事ができるので、計算パターンも対象となる情報量もずっと少なくて済む。フィードバックしないから、多数の状況把握のためのセンサーもいらない。

前後G、横Gを制御することで、バラバラになりやすいピッチとロール
をスムースに繋げ、車体を斜め外側に傾ける「ダイアゴナル姿勢」
を作りコーナリングする。
人間は、自分がやった行動のミスを後からカバーしてもらうより、最初からうまく走る方が快適に感じる。
VSCを効かせまくって走った時に助かったとは思っても、快適だとは思わない。
制御技術の内容よりも、GVC Plusを評価するのは、ステアリングを直進に戻す時だけ、外向きベクトルのヨーモーメントを減らすという思想だ。 私は、人間が操作できない動作をクルマが勝手にやるクルマがあまり好きではない。 例えば、ランエボのAYCや、レクサスのTVDのように、前輪以外のパーツで旋回能力を高める装置が付いている場合だ。それをステアリングと前輪だけで旋回力を生み出すクルマと比べると旋回の制御軸が2本あるようで、電車に乗ってるような大きな違和感を感じる。 4本のタイヤの荷重を意識しながら走らせている時に、自分の予想以上に切れ込んだり、モーメントの変化が予想外のタイミングで発生するなど、そのクルマ特有の、「クルマ中心」の制御をせねばならなくなる。 「AYCを使いこなせるという意味での」「ランエボ使い」という言葉は、人間中心理論から言えば、逆方向なのだ。

ランサーエボリューション
速いクルマだが、スーパーAYC作動中はレールの上を走るような大きな違和感がある。
GVC Plusだって、「人が制御できない外側のタイヤだけに、ブレーキをかける」というクルマにしかできない制御をする。 その結果、従来のクルマと少し乗り味は変わるけど、うわーと驚くほどの違和感は生まない。 やろうと思えば、ターインの時から片側にブレーキ制御をかけて、旋回能力を増すことだって簡単にできるが、そこで旋回力を足す設定はやらずに、ステアリングを戻す時だけ助けて、ターンアウトの姿勢を支援してやるのが、マツダ式なのである。
■「人間中心」技術の次のステップ
クルマは、いろんな非合理性を併せ持った上で選ばれている。 SUVだって、99%はその効果を生むような道路を走らないけれど、見た目のカッコよさやアイポイントの高さがドライバーの心を掴んで選ばれていたりする。スポーツカーが好きな人は、物理的な動的運動性能の優位性に注目してしまうが、クルマに乗って楽しみたい、という人間の気持ちは様々で、デザインや、積載性を優先したいから、物理的な不利を受け入れるというケースだってたくさんあるわけだ。

マツダの代表的なSUVであるCX-5もほとんど舗装路を走るために選ばれる
過去の記事で「人馬一体」は、乗り手のスキルを求める思想だと書いた。最近のマツダが言うところの、「人間中心」は、もう少しユニバーサルな方向へと顔を向けようとしているのだと感じる。 それに応じて未来の「人馬一体」は、乗り手がもっとリラックスした状態で得られるべきものだと考えているようだ。でも、上に述べたように人々の期待は、必ずしも物理的に有利な特性のクルマとは限らない。 だから、これから、そのギャップを埋めるための何かが必要になる。
私自身は、クルマの楽しさとは、自分が磨いたスキルをが如何に発揮できるかだと思っていて(結果が上手くいくかどうかは別にして)、クルマのチューニングとは、自分の特性に合わせて、クルマの操作系、動的モーメントの伝達速度、伝達方法を調整することだと思っている。 ポルシェ911 GT3や、ロータスエリーゼや、マツダロードスターと言った、走行を楽しむことにポイントを全振りしたクルマには、それぞれのメーカーが考えるドライビングスキルの発揮の仕方がある。でも、どのクルマもドライビングスキルの基本は同じで、細かいところが違うのだけれど、それをそれぞれのドライバーが把握して能力を発揮するために、自分に合わせたチューニングをしている人が多い。 そうやって、それぞれのクルマを操る楽しさを探しているように思う。 最初に書いた通り、こういうタイプのクルマを楽しむ人は、GVC Plusみたいな装備は欲しくあるまい。公道走行にはあってもいいかもしれないけど、多分OFFにしてしまうだろう。 この例が偏狭に見えるのは、クルマを楽しむ方法の一つの例に過ぎず、汎用的な話ではないからだ。
*注:前段の「ランエボ使い」と「911GT3使い」の一体何が違うんだ? と思う人もいるかもしれないが、「911 GT3使い」のスキルは普遍的なドライビングスキルの延長上にある。

911 GT3
普段乗りにも使えないことはないけど、
本気で走らせるならサーキットに行くしかない。
では、もしマツダが、「「誰もがリラックスして思いのままにクルマを操れる」感覚を、さらに高い次元に引き上げる。」ことを目指し、「人間中心」を汎用的に進めたいなら、それはGVC Plusのような動的モーメントの制御を一意の完成形で与えるのではなく、人に応じて調整できるように進化させるべきだろう。 ステアリング、シート、ペダル、シフトと言った操作性もまた然りだ。
人間の特性には主に4つのパターンがあると言われる。(詳しく知りたい人は、フォースタンス理論で検索) この理論に沿ったチューニングは、ドライバにとって大きな効果を持つ。 例えば、ステアリングの太さ、シフトノブの形状の適正値は、同じ体型の人でもフォースタンスのタイプによって全然違う。 例えば、私はB2タイプで、シフトノブをガングリップタイプにする方が、腕を内側に曲げにくいタイプ故に正確な操作をしやすいのだ。

ロードスターRF
まだ世界に、ドライバーのタイプに合わせてセッティングを変更できるクルマはない。 マツダは、「人間中心」の研究の中で、シートへの座り方や、路面の状態やモーメント変化をどういうタイミングで伝えるべきかということを研究している。 それは、「一意な最適解」を求めているのではないと思う。 彼らはきっとドライバーに合わせて操作インターフェイスと、モーメント変化制御を調整する機構を作り出すだろう。 GVC Plusがなぜフィードバック制御を行わず、ターンインで強制的に旋回力を高める制御をしないのか、それは次の世代の制御に向けての一歩だからである。
「先手を打つことは、後手に回らない最高の方法である」
ということだ。じゃあ、先手とは何か、そこにマツダの考え方が「わーすた」になり得る次世代の制御の答えがある。