
カローラ・スポーツが発売され、トヨタから極めて歯切れの悪い資料とともに、メディアに公開した。今日もいつもどおり、他のメディアが触れないことについて書いていく。 文字数制限のある原稿ではないので、相変わらず、それなりに長い。 このクルマは、日本以外では新型オーリスであり、ジュネーブを皮切りに日本を除く、北米、中国、アジア、欧州で大きな発表を行ってきた。

カローラ・スポーツ メーター 走行中表示
(Hybridモデルでもタコメータ表示である)
トヨタは、本気でCセグメントでのシェアを取るべく、王者VWゴルフに挑戦状を叩きつけた。欧州で、ディーゼル、ダウンサイジングターボに勝る完全新型Hybridカーだと。オーリスは、北米、中華圏の若者を中心に、Cセグメントのユーザ層に応じた受け入れられ方をしている。日本の若者には気にもされていない。オーリスの月販は2000台の目標に対してわずか400台程度で推移していたのだから。
過去のカローラは、日本の大衆車文化を支えてきた歴史のあるクルマで、自動車博物館に置いて貰えそうなくらい価値のあるクルマ文化を作ってきたが、セダン系のユーザの平均年齢がついに70歳に達して、とうとうその使命を終えたのである。値段が高いオーリスは日本で受け入れられることはなく、カローラ店の優秀な販売員達は、ノア、プリウス、C-HRを売っている。 かつてのカローラⅡの価格帯のユーザーはは全てルーミー・タンク達が持っていっているので、いまさら安い3ドアハッチを作っても売れはしない。

旧型オーリス
トヨタの発表の歯切れが悪いのは、オーリスをカローラに変えたことで、「高い」と言われるからではない。そんなことは十分承知だ。はっきり言えば、「今は目立ちたくない」のである。トヨタの目論見どおり、新カローラ・スポーツは売れていない。 213.8万円からの値付けで、主力車種の価格は250万円前後、中身はCH-Rと同じ(に見せている)なのだから、お値段も似たようなものになるのは当然である。 同じカローラ店のCH-Rにも勝てずして、既にモデル末期のアクセラにすら、ましてや、新型SGPを搭載したインプレッサに商品力で勝てるわけがない。トヨタが今回カローラ・スポーツを出してきたのは、T-Connectの展開と、次の世代のカローラ人口を作るためである。T-Connectについては、また別途書くが、例の「スマホとクルマがつながる」というやつだ。

T-Connect
実は、カローラ・スポーツは、今回外装、サスペンション、内装、T-Connectにしか本気を出しておらず、サスペンション設定、ハイブリッドシステム、エンジン、変速機、と言った、新型の最大の売りの機能が搭載されないままなのである。 特に、1.8Hybridは、わざとC-HRと同じものを載せて性能を劣化させている。GA-C搭載車に、最新の装備、最新の安全装置、新しいボディ、T-Connectを積んでクルマを仕上げれば、C-HRやプリウスと同等の価格になるのは当たり前なのである。 いくつかの試乗評価には、「悪いクルマではないけど、目立つ特徴もない、値段が高すぎる」的なことを書いているものもある。それはそうだろう。トヨタ自身がそうしようと思って出しているのだから。それは、トヨタがカローラが嫌いだからではなく、カローラというクルマが大事だからである。彼女はトヨタに選ばれたクルマなのだ。狭い日本だけを走るクルマではない。

カローラ・スポーツ
カローラ・スポーツに新オーリスの売りである、新型2.0Hybridを搭載しないのは、「日本のお客様に対して、カローラには、2.0という排気量が大きすぎると感じられるから、既存の1.8を載せた」というのが公式説明である。なんのことはない。 トヨタ全系列で販売しているプリウスに最新のHybridを載せずに、カローラ店専売モデルのカローラスポーツに、新2.0Hybridを搭載できるわけなどないのだ。 プリウスに新2.0を搭載するまで、カローラは新設計のボディに古いエンジンを積んでおくというわけだ。だから、今のカローラ・スポーツはダミー的な存在であり、やがて本命の2.0が出ることは確実である。
それでも、トヨタは、カローラを滅ぼすことを選ばず、若手のユーザが好む3ドアハッチバックをメインに置いて、カローラ・スポーツを発売した。(菅田将暉さん・中条あやみさんの選択もそのため)トヨタが本気で作った、この世界標準サイズの3BOXカーがカローラ店の販売力をもってして売れなければ、トヨタとしてはもう仕方がない。日本向けにクルマを開発するより、ワールドワイドで売れるクルマの方が重要なのである。 若者にクルマが売れないのは、日本の自動車の保有費用が収入に対して高騰していることが招いたことで、クルマを日本の若者向けに専用化すれば売れるものではないのだ。 そんなことは、既にN-BOX達がきっちりやっている。

他国と比べた、日本のクルマの維持費の異常さ
(日本の維持費・税金が如何に異常かわかる)
カローラ・スポーツ(オーリス)の本籍は、北米と中華圏だったが、今回は敵の本丸、欧州にもターゲットを合わせてきた。欧州向け新オーリスの生産は英国で行われ、欧州各地に出荷される。ボディと4WDの制御システムはほぼ日本版と同じで、カヤバ製のAVSも搭載されるグレードがある。しかし、足回りの設定は異なる。全く違うのが、ハイブリッドシステム、エンジン、CVTで、欧州版では全て新開発のものを採用し、他の地域も同等モデルが展開される。それでは、カローラ・スポーツの真打ち、2.0Hybridの特長を見ていこう。
■新ハイブリッドシステム
新しいパワーコントロールユニットは、在来モデルより20%小型、10%軽量化されているだけでなく、モーターは、より少ない配線で動作するローリングコイル構造を特徴とし、新開発磁気鋼を使用して小型ながら高トルクを発生する。ギアの副軸化によって、伝達効率を高めている。小型化されたことで、タイヤの可動範囲も広くなり、小回り性も向上している。

トヨタ 2.0新ハイブリッドシステム
こうした、「予想できる進化」は別にして、最大の特徴は、前軸の真上にエンジンとハイブリッドシステムを設置することができることである。これは、新しい平行減速装置によるもので、モーター部、制御部などは斜めに傾けたエンジンブロック・ハイブリッドシステムを前軸の後方に配置できるため、「FFのフロントミッドシップ」というありえない構造が成り立つ。 ついでに、前軸の真上に減速装置があるので、伝達ロスが殆ど無い。
ニッケル水素のセル数を165→180に増やした上で大幅に小型化、さらにバッテリ搭載位置を後軸の前に持っていくことで、ヨー慣性を低減している。

重量物を車軸の間に配置しようとしている

前軸の上にエンジンとパワーコントローラ、平行減速装置を配置
■新2.0ガソリンエンジン
新ハイブリッド用2.0エンジンの圧縮比はマツダと同じ14.0で、熱効率41% ボア・ストローク80.5×97.6mmとロングストロークのD4直噴エンジンである。エンジン単体の最大出力107kW(145馬力)/6000回転、最大トルク180Nm(18.3kgm)/4400回転と1.8に比べて大幅なパワーアップで、システム出力は180馬力とCセグメントでも高出力のグループに入る。高速連続走行性能が求められる欧州にあわせて、仮にモータの支援がない場合でも、ダウンサイジングターボより高い出力を低燃費で発生する。 ゴルフの欠点は、ダウンサイジングターボである。さらばダウンサイジングターボで述べた通り、欧州で多用される高速走行に、ダウンサイジングターボは向いていない。HybridはNA+モータなので、ライトサイジングの高効率2.0エンジンの方が燃費、レスポンスのどちらも勝る。 唯一の逆転領域である、低速の低負荷走行は、モータの大得意分野である。

トヨタ 2.0新エンジン(熱効率は41%とディーゼルを凌ぐ)
トヨタのエンジンは、高燃費が特徴であり、今回の改良で地味な改良を行い、更に燃費と熱効率を向上させてきた。まず、レーザーピットスカート付きピストンである。スカート摺動面に鏡面仕上げを施すことにより、摩擦を減少させ、 スカートの表面では、レーザーによって形成される狭いクロスハッチ溝が、耐擦過傷性を改善し、ピストン運動のロスを削減し、エネルギー効率を向上させる。もちろんトヨタの特許で世界初の装備である。

レーザーピットスカート付きピストン
シリンダーヘッドの、吸気弁側の出口にレーザクラッドバルブシート採用し、出口で乱流を起こしていた燃料と空気を層流で流すことで、強いタンブル流(燃費性能)と吸気流量を確保し、そこに2本目のインジェクターで中間噴射を追加することで高出力と低燃費を実現している。この辺は、マツダの燃焼技術が目指しているものと似ている。手法は違う(もっとお金がかかる部品を使ってる)けれども。

レーザクラッド加工バルブシート
最後が、熱管理である。エンジンの温度を高すぎず、低すぎずになるように維持するために、冷却ポンプの駆動及び冷却水の温度制御を細かく行うことで、エンジン全体の熱量を制御して、熱でエネルギーがロスすることを防いでいる。 これもまた、マツダが冷却水ルートを切り替えることで、温度管理をやってるのと同じ目的である。
■変速機
トヨタは、ドライブフィールの向上を、「CVTのギアボックス化」として捉え、拡大した変速レシオを基に、新CVTを6段制御としている。(最新のマルチステージのECVTは3段階制御)ガソリン用CVTのプーリーは無段階に変化可能だが、これを6段の変速と論理的に捉え、エンジン回転数とリンクさせてエンジン回転数と速度を同調させる制御を行い、CVT特有の滑り感を減らしている。さらに、6速に定義した変速速度を向上させるために、変速動力に使用するベーンポンプを高速反応型に変更し、ベルトの取り付け角度を11度から9度に狭くすることで変速速度を20%高速化できている。

変速レシオの拡大(旧1.8版→新2.0版)
蹴り出しの強化として、CVTの改良において、1速に発進ギアを搭載し、ギアでダイレクトに車軸に動力を伝達することで、ベルト効率が低い低ギヤ比で、「ウイーン」と回転だけが上昇する特性を回避して、MTのようなダイレクト感を出すとともに、伝達トルクを発進の瞬間に増大させることで、発進加速を15%強化している。これは、CVTの「嫌なところ」を回避する大きな進歩である。ギヤ駆動からベルト駆動に切り替えるとき、変速機システムはAT技術から栽培された応答性が高いギアチェンジ制御技術を使用するため、相互の切り替えがスムースである。(実構造では、回転しているギアを抜いて、ベルト駆動に切り替える方式で、ATのギア変更と同じ原理)ギアが発進トルクを支える機能を持つため、プーリーをより小型軽量なものに変更することができ、変速速度をさらに20%高速化し、CVTの抵抗損失を低減できている。

発進ギアによる駆動

ギヤ駆動からベルト駆動へ
ここから見られる改良点に、トヨタが何に力を入れているかわかるだろうか。トヨタが目指しているのは、「ドライビングフィールの自然化」と「物理的な設計の優位性の確保」の2点である。ヨー慣性を低減するため、車軸の前後を軽くし、重たい物を車軸の内側に配置し、車軸と動力部を接近させ、タイヤ、サスペンションの可動の自由範囲を広げる、剛性バランスを適正にして、前後の旋回性能を安定化する。 どのメーカーもそうやろうと思ってはいるが、費用、人材の面から全部はやりきれない。 一方で、潤沢な開発資金と人材を持つこれまでのトヨタは、こうした見えない商品性にお金をかけず、「宣伝効果の高い装備にお金をかけること」が大好きだった。 VWのクルマづくりとの大きな違いはそこにあったと思う。確かに、トヨタは大きく変わっている。VW的な進め方だけでなく、電子的にも、ソフトウエア的にも進化を始めている。でも、それらの進化の方向のベクトルは、物理的な本質性能の強化に向けて揃えているのだ。 このまま進めば、トヨタのクルマは、さらにグローバルな味付けのものに変わっていくだろうと思う。

カローラ・スポーツ インパネ
Hybrid機構は時間と共に劣化していく性能かもしれないが、「物理的な設計の優位性」はそのクルマがこの世から失われるまでその性能を持ち続ける。 素直なハンドリングは飛び道具からは生まれない。ロードスターの物理的な優位性が電子制御で実現されていないのと同じことだ。 今のカローラ・スポーツには、そうした「物理的な優位性」が十分ではない状態で販売されている。 本当のカローラ・スポーツ、「真打ち」はまだ販売されていないのだ。

カローラ・スポーツ
Posted at 2018/07/06 23:09:16 | |
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