其之弐からの続き
3階 「ものづくりの歴史 ~お客さまと歩んだ歴史~」 として
創業~近年まで生産してきたスズキの製品が展示されてます
初代社長「鈴木道雄」が1909年 織機メーカー「鈴木式織機製作所」として創業
最初に開発した「杼箱上下器搭載の足踏み式織機」(復元)

パワーフリーE2 1952年
補助エンジン付き自転車
のちに第二代社長になる鈴木俊三が
「好きな釣りに行くのに 自転車にエンジンが付いていたら楽だな」
という発想のもと研究開発が開始されました
それまでの織機事業から新規事業への参入という不透明感があり
社内外から反対意見が強かったが俊三はその反対意見を押しきり事業化
社名も鈴木自動車工業へ変更しました
空冷 単気筒2ストローク
36cc 1馬力

スズライトSS 1955年
日本初の軽四輪乗用車
国産初のフロントエンジン・フロントドライブ方式(FF)
車名はススキの「スズ」と軽さを意味する「ライト」 ”光明”の意味も込めたとか
試作車の走行テスト
当時の国道1号線はまだ悪路が多かったものの大きなトラブルもなく走り続けたが
途中最大の難所 箱根の山越えでアクシデント発生
オーバーヒートで焼き付きを起こし やむなくマフラーを外し
爆音を立てながら、途中幾度も休みを入れつつ ようやく峠を登り切り
東京まで走り切りました
空冷 直2 2ストローク
359cc 15.1馬力
3MT FF

フロンテ360(LC10) 1967年
以前までの「スズライト・フロンテ」から「スズライト」の名称が外れる
これまでのスズライトシリーズと異なるコンセプト
フロントエンジン・フロントドライブ(FF)から一転
リアエンジン・リアドライブ(RR)を採用
「レーシングカー譲りの2ストローク3気筒」と銘打った直列3気筒
この形式は理論上 4ストロークの直列6気筒に匹敵する優れた回転バランスを持つ
スタイルも「コークボトルライン」と呼ばれる
丸みを帯びた複雑なデザインを採用
このブースは当時の生活様式を再現
我が家にマイカーがやってきた という想定の動画も上映されてます
空冷 直3 2ストローク
356cc 25馬力
4MT RR

GT750 1971年
これまで 小型二輪が多かったスズキが作った初の「ナナハン」
国産市販二輪車初の水冷2ストローク3気筒エンジンを搭載
当時のカタログには 「4ストローク6気筒エンジンに匹敵する優れたバランス」と謳われていました
水冷で静か スムーズなエンジン特性と大柄な車体からアメリカでは「ウォーターバッファロー」と呼んでたそうです
水冷 直3 2ストローク
738cc 67馬力

RE-5 1974年
水・油冷のシングルロータリーエンジン搭載
ロータリーエンジンの排気量換算法を行うと
当時の排気量自主規制値750ccを超えてしまうため
輸出仕様車として日本国外でのみの販売になりました
車体は いすゞ ・117クーペやトヨタ・アリスト(初代)などのデザインを手がけた
イタリア人デザイナー ジウジアーロ
ヘッドライトの上に横置きされた「茶筒」と称された円筒形のメーターハウジング
回転式で開閉するプラスチック製のカバーが付いていて
メインキーをオンにすると電動で開く仕組みが特徴的
斬新なデザインが話題を呼びましたが
ロータリーエンジン特有の燃費の悪さ
オイルショックが重なりわずか1年で生産終了になってしまいました
水油冷 シングルローター ペリフェラルポート
497cc 62馬力

左 ジムニー 初代(LJ10) 1970年
軽自動車初の本格四輪駆動車
ラダーフレーム リーフスプリング リジットアクスル 大径ラグタイヤを採用し
大型の四輪駆動車以上の機動力を発揮
当時のカタログに掲載されたキャッチコピーは
「自然に挑戦する男のくるま」 「男の相棒☆ジムニー」 「最前線志願」と
漢らしさ全開
空冷 直2 2ストローク
359cc 25馬力
4MT 4WD
右 ジムニー 初代第2期(LJ20) 1972年
水冷エンジンを新開発
温水ヒーターを採用し走破性も高いため雪国や寒冷地で販売台数を伸ばしました
フロントグリル穴の形状がLJ10系の横長から縦長に変更され判別が容易
水冷 直2 2ストローク
359cc 28馬力
4MT 4WD

アルト 初代 (SS30V) 1979年
当時は50万円以下中古車がよく売れてたため
45万円程度の低価格な新車を販売することを目標に
安全性を確保しつつ徹底的なコストダウンを最優先にして開発されました
その結果45万円の目標よりは高くなりましたが
「さわやかアルト47万円」という衝撃的な低価格でデビュー
発売直後はその低価格で大人気 大量のバックオーダーを抱える人気車種になりました
水冷 直3 2ストローク
539cc 28馬力
4MT FF

初代アルトの販売されていた1980年前後 当時の物価との比較
ヨーロッパ9日間旅行とアルトの価格がほぼ同一
裸足の季節 (1980年)/松田聖子
窓 (1979年)/松山千春
レコード・シングル盤が 600円
肩に巻いたトレーナー
(プロデューサー巻きというらしい)がシャレオツ
(←業界用語風)

ブラウン管カラーテレビ18インチが14万円
VHSビデオデッキが29万円 など
ルービックキューブはつい最近流行ってましたね
リバイバルブームでしょうか

XN85 1982年
開発コードXN85がそのまま車名になったバイク 数字は出力85馬力から

4000回転付近から作動するターボはリッターバイク並のパワーでした
しかし二輪の場合コーナリング時に急激に立ち上がる出力は好まれず
ターボラグによるスロットルレスポンスも良くない為少量が生産されただけで終わりました
空冷 直4DOHCターボ
673cc 85馬力
TURBOの文字が鏡文字
ミラーに写ったら道を開けろ という事でしょうか?

GSX1100Sカタナ
2000年に発売された1100台限定のファイナルエディション
チューブレスタイヤ化 ブレーキディスクローターを大径化 キャリパーの対向4ポット化など

アッパーブラケットにシリアルナンバープレートが付いてます
1100台目 最終生産車が歴史館に展示されてます
現在でも人気が高く かなりの高値で取引される車体もあるそうです
「デカ尻女」と渾名をつけ シフトチェンジすると「ヌヌカッ」と音がする
ポルシェ911を追い掛け回すマンガの主役マシン
エンブレムやステッカーの「刃」
ホントは(やいば)と読むんだけど黙っておこう・・・
空冷 直4DOHC
1074cc 111馬力

ビターラ 1988年
エスクードの欧州輸出用の車名がビターラです
エスクードは発売当時 SUVの空白地帯だった1600ccクラスに登場した
「ライトクロカン」と呼ばれるクロスオーバーSUVの草分け的存在
このクラスのSUVはモノコックボディを採用し乗用車感覚で使われることが多いが
エスクードはラダーフレームを採用
FRベースの副変速機付本格四輪駆動システムを採用しているため 悪路走破性も高い
(歴史館スペック表より)
水冷 4気筒 4ストローク
2000cc 82馬力

ドイツで販売されたエルトン・ジョン特別限定車に本人の直筆サインが書かれた貴重な車両

ワゴンR 初代(CT21S) 1993年
誕生当時 軽自動車の弱点であった室内の狭さを背を高く取ることで克服した
軽の革命的モデル キャッチコピーは 「クルマより楽しいクルマ、ワゴンR」
力強いスタイルと大きな居住性 乗り降りのしやすさと運転のしやすさを実現
他の車との70%もの部品共通化でコストダウンを徹底
1994年 軽自動車で初のRJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞
水冷 直3SOHC
657㏄ 55馬力
5MT/3AT FF

カプチーノ EA11R 1991年
コーヒーのカプチーノ
「小さなカップに入ったちょっとクセのあるお洒落な飲み物」というイメージを
小さなオープンカーに重ねての命名
同時期に市販されていた軽自動車スポーツカーの中で唯一の
フロントエンジン・リアドライブ
フロントアクスルより後部にエンジンの重心を位置させる
「フロントミッドシップ」を目指しフロント51対リア49という重量配分を実現
またエンジン縦置きで生まれた左右スペースを活かし
軽自動車初の四輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションを採用
ボディーやルーフにはアルミを使用し軽量化
四輪ディスクブレーキも採用しスポーツ性能が高かった
ルーフは3ピ-ス構成 ハードトップ フルオープン タルガトップ Tバールーフの4通りのスタイルが楽しめました
水冷 直3DOHCターボ
657cc 64馬力
5MT FR

スズキ車オーナーたちの「聖地」としてオフ会などでのハイライトとして訪れる場合も多く
エブリイのオーナーたちが見学されてたようです
推奨時間は1時間30分となってましたが
倍の3時間ほど見て回りました
見ごたえ充分
館内に喫茶店があればいいと思えるぐらいの充実度
無料でコレだけ楽しめる施設はなかなかありません
有料でも人気施設になってると思える太っ腹なスズキ歴史館
オススメ度 大です
当日の予約受付も可能な場合があるので
電話でお問い合わせください
スズキ歴史館 / SUZUKI PLAZA
静岡県浜松市南区増楽町1301
開館時間:9:00〜16:30(予約制)
休館日:月曜日、年末年始、夏季休暇等
入館料:無料