杉浦橋 by 国土地理院
投稿日 : 2015年10月09日
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過去フォトギャラの杉浦橋。
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旧8号線がJR線を跨ぐ「高木橋」の下のトンネルで見つけた銘板。
画像 1のアーチ左右にしっかりと貼られています。
何処が橋?
しかもこの上を行く高木橋、そしてココから南下した「三反田橋」も昭和 9年竣工となっていました。
ちなみに高木橋の片方の銘板には、昭和36年3月竣工と記されており謎は残るのですが、昭和9年には既に橋があり旧国鉄の複線化によって橋が拡幅された・・・と推測します。
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国土地理院のHPで過去の航空写真が閲覧できます。
以前は大都市圏しか見れなかったんですが、その閲覧可能な範囲(ポイント)はかなり増えています。
記録では、昭和23年6月29日に米軍が撮影したと言う事です。
線路を跨ぐ橋は確かに存在した様ですが、しかし何かおかしいこの写真。
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拡大して見ます。
杉浦橋と思われる橋は倒れている様に見えますし、線路も陥没しているみたいですね。
それに現在のろう学校の敷地にある幾棟もの建物も、やはり倒壊しています。
ここで気付きました、1948年/昭和23年6月28日って福井地震があったんですよね。
この大震災の翌日に米軍が空撮したって訳です。
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すぐに福井駅前付近のポイントへ飛びました。
僕もかすかに覚えている、福井市役所の旧庁舎・・・玄関にスロープのある立派な洋風建築でした。
福井駅は今よりも若干南側に在ったと聞いていましたが、これも辻褄が合います。
そして、福井地震の象徴として有名な大和百貨店が左端に。
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拾いですが
倒壊した大和百貨店。
Wiki記事より転載
『福井地震(ふくいじしん)は、1948年(昭和23年)6月28日16時13分29秒に発生し福井県を中心に北陸から北近畿を襲った地震である。福井大地震ともいう。
震源は福井県坂井郡丸岡町(現坂井市丸岡町)付近。戦後復興間もない福井市を直撃した都市直下型地震。規模はM7.1。』
『東は茨城県水戸市、西は佐賀県佐賀市で震度1を観測するなど、関東地方から九州地方にかけて震度1以上の揺れを観測した。』
『発生当時戦後最多となる死者を出し、大正関東地震(関東大震災)、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)などと並ぶ、日本の災害史上最悪クラスの震災となった。2015年現在も東日本大震災、阪神・淡路大震災に次ぐ戦後3番目の規模の震災である。死者の大部分が、当時あわせて人口15万前後にすぎなかった福井市および現在の坂井市、あわら市に集中しており、その被害率は、日本の近代史上でも類をみない。特に現在の坂井市部分では、死者が人口の5%という(同じ際の福井市が1%、後年の大震災時の神戸市が約0.3%)大惨禍となった。』
空襲から僅か3年、やっと立ち直りかけた福井を襲った震災。
その都度 不死鳥の様に蘇り 復興を果たしたと言う事を、子供の頃から聞かされています。故に目抜き通りを『フェニックス通り』、『祭りをフェニックス祭り』と呼ぶ所以です。
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気を取り直して、もう少し年代を遡ってみます。
1946年/昭和21年10月10日、やはり米軍の撮影だそうです。
明らかに線路を跨ぐ橋が見えますね!
そして道は西に伸びています。
きっとこの橋が取り壊されるに当たって、せめて銘板を高木橋の下をくぐるトンネルに託したのではないでしょうか。
ありがとう、国土地理院 様!
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ちなみに現代
グーグルマップの航空写真です。
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