日々の暮らしの中で自分の将来について、漠然と思い描く事って皆さんにも有りますよね?特に自分と付き合いの長い方々でしたら、恐らくは同世代。これまでを振り返りつつ、この先の自身の気力・体力 そして現役引退後の生活を安定させるために、資金と年金が..と、ここまではただ生きていくだけの未来予想図。
でもそればっかり考えてたんじゃさぁ..
言い方が正しいかはわかりませんが、それだと
死ぬのを待つだけの日々だと思いませんか?

このたった一枚の写真が、自分の脳天を直撃しました...。
ただ冒頭でも述べた通り、ある程度の年数を人間として営んできたベークマン。一瞬で沸点に達してしまいそうな気持ちを無理矢理抑え込む術を持ってました。。
『そうだよオレ。まずは時間を置くべきだ。』
写真を見てしまってからすぐに、とりあえずは”動き出す”事にしました。動き出すとは?そうです。インプレッサの買取査定へ..です。数多く存在する近所の買取店の中でも代表的な店3件回り、提示された金額を見て、実はホッとしてたんです(;'∀') こんな金額じゃ世間の言う通り、新車登録後の25年経過を待つ(今から2年後)のが賢明でしょうとl-_-l_ _l-_-l_ _l ウムウム
しかし...一件だけ食い下がってくる買い取り業者が、わざわざ横浜から出張査定に来ると言う。。でも半分は逃げ腰になってた自分は、かなり吹っ掛けた希望金額を提示しました。が...それでも今度の週末に来ると言い張る( ̄◇ ̄;)

業者「ご期待に添えますように頑張りますので (-人-;) 」
頑張らなくても良いよ...そう心の中で思っていた通り、希望金額には到底及ばない金額を提示してきました(*´艸`) 及ばないにしても、普通の買取店とは比べ物にならない金額を出してくれてはいたんです。
業者「お力になれず申し訳なかったです(>人<;)」
自分「じゃ2年後にまたお願いしますね(^皿^)/」
それに そもそも論...もし⇧の写真の車を買って今住んでる賃貸の駐車場へ停められてるでしょうが、大顰蹙を買うでしょう。よって実家の駐車場へ駐車するしかないのですが、前々から親父は車庫もカーポートも撤去するつもりは無い事を母親からそれとなく聞いてた...んですが、、、
自分「だってホラ、車庫は残したいって言ってたら?」
親父「おぉ...でもなぁ、大分古いしなぁ。」
あれ?様子がおかしいぞ...
母親
「あの青い車〇〇万円まで出してくれるって言ったんでしょ?それにアンタあの車、欲しいんでしょ?!ずっと思ってたんでしょ!?
だっら車庫なんて潰しちゃえば良いじゃん(゜Д゜) もう50年も使ってたんだし‼」
親父&自分→
((( ;゚Д゚)))
親父「そうだそうだ!潰せば良いんだ‼」
自分→
(°口°;)はあ??
↑のシャワー&トイレルームを見た瞬間から2週間。十分冷静に物事を判断できる時間は経過してました。しかし両親から
行け(#゚Д゚)と背中を蹴とばされ、販売店へ即座にTEL。もう売れちゃいました..という返答を少しだけ期待しながら...。
販売店「あーハイハイ静岡の○○さんですね。
実は決まりかけてるお客さんが居るのですが、
まだハッキリ返事をいただいてない状況でして...」
自分「じゃ売れちゃったって事ですか?( ´゚Д゚)」
販売店「いえ!まだ大丈夫ですよ((´∇`)」
自分
「では今日中に手付金を入金します!」
このTELの直後、帰って行った買い取り業者へTELし”やっぱりお願いします”と伝えました。つまり...インプレッサを手放す決断をしたTELでした。
~~~一週間後~~~

20年ぶりに実家の屋根裏から降ろした純正シート(^▽^;)

みんカラグループ「WBC」のエンブレムはそのまま証として貼ったまま。

でも内装に貼ってあったエンブレムは剥がして手元に(^^)

22年半使ってきたカギ。これは二つとも今日でお別れです。
雨のち晴れて風が強い6月21日の焼津市内は、いつもと変わらぬ一日になりそうです。そんな中での最後のドライブは、カミさんを乗せて走ります。いつもなら音楽を流す車内も、この時は無音で。そして夫婦の会話も無く...。アクセルを強く踏み込むことも無く普通に走らせても、これまでと変わらぬ心地良いサウンド。

最後の記念撮影は、焼津市民らしく港で撮影。
業者「...寂しいですよね。」

自分「この日まで自分を守ってくれたかと思うと確かに寂しいと思います。
でもいずれはどんな形であれ、お別れしなきゃなりません
そのタイミングが今で良かったのか?そればっかりは自分にも...。」
2003年12月3日から始まったインプレッサとの日々は、思い返せばキリがありません。今はまだ手放してすぐなので実感は薄いですが、きっと本当にこれで良かったのか?という思いは色濃くなっていくと思います。
かなり無理して購入したインプレッサ。でも無理して良かったと本気で思えます。色んな所へ一緒に走り、どんな出先でも『夢』を見せてくれました。そして自分の元を去ってからのこれから...
夢のつづきを、積車の荷台から応援してくれてるように感じてました。
ありがとう
今はそんな言葉しか浮かびません。
共に歩んだ距離 92,000km
Posted at 2026/06/27 14:01:37 | |
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