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SPEED GROOVE @ yoshiのブログ一覧

2018年10月10日 イイね!

GTR magazine11月号『再生に懸ける希望』〜Find the way〜



再生に懸ける希望   ~Find the way~

今月号は、かつて自分自身が板金職人としてやってきたこと、HPで主張してきたことがあらためて認められた気がした。
あらためてというか、ようやくというか、自分自身との闘いに自分でも納得できるようになったと言えるかもしれない。
もちろん、今号はカナザワさんとラッシュさんの特集であり、編集者が書いたことである。
ヨシヒサのヨの字もない。
だから、直接的に僕に全く関係がない。
カナザワさんの頑張りと技術力の高さ、ラッシュさんの勇気と取り組む気概の高さを伝えている。
とはいえ、そこには、見る人が見ればわかるのだろう。
なにか思い出したり、感じるものがあったのかもしれない。
yoshihisa styleのエッセンスが散りばめられていると・・。

今号に載っている手法のどれもが経験済みであり、なによりも、誌面を見ていて懐かしさをたくさん感じた。
気持ちが熱くなってきて、嬉しくなってきている自分がいた。
特にフロントフレームを切り落とした32GTRとリヤ半分を切開した35GTRは大掛かりな作業であり、自分自身なんども経験してきたこと。
その難しさ、大変さ、割に合わなさ・・は、きっと誰よりも身近な感覚としてわかると思う。
語っているほどラクじゃないから。
内心、悩んだり、真剣さゆえに圧を感じたりしたこともあるんじゃないかな。

かつて、僕は、「自動車保険の枠を超えた修理」というようなタイトルをHPに書いていたことがある。
いまでこそ、こうしてメジャーになってきているスタイルだけど、当時は斬新というか、裏では喧々諤々。
なぜなら、保険修理こそ最高の修理内容だと言われている環境だったから。
わかる?
普通、どれほど代金を叩かれやすい業界だってことが。
町工場っていうのは、基本下請けだから。
自社で集客できないぶん、元にハネられるわけ。
あたりまえの慣習だけど。
それが、もし、下請けではなくて、自社受けで保険修理をできるならば、それはいかに美味しいか。
これも、わかる?
どれだけ保険修理が下請け仕事に比べたら真っ当なものであるか、って。
いまは、そのあたりも競争が厳しくなっているだろうから、たいして美味しくはないかもしれないけど、
ひと昔は、そんな感じだった。
「いい時代だったねえ」っていうような、そんな良き思い出の時代。

ところが、この美味しいとされていた保険修理の限界を知ることになった。
本当の本当に真っ当にやろうとしたら、保険の枠じゃとても収まらないことに。
こだわりを知ってしまった者として納得のいく作業ができないことに。
「じゃあ、どうするか?」っていうところで、ずいぶん悩んだり、揉めたり、まあ、いろいろあって・・。
それで結局、素直に正直にありのままをお客さんに伝え、お客さんにその差額分を払ってもらおう、って。
それが新しいチャレンジだった。
受け入れてもらえるかどうか不安が周囲には渦巻いていたけど、僕には自信があった。
クルマ好きなら理解してもらえることだと。

あとの結果は、ご存知のとおり。
かつては最高ランクの作業内容だった保険修理が最低ランクの内容になるという状況に変化。
ま、そうは言っても、結局なんだかんだで結構サービスでやっていた部分も多かったんだけど、ようは、そのくらい手間を惜しまず徹底してやっていたから。
たとえば、MIGのワイヤーだって普通は鉄を使うけど、合金のかなり高価なやつも取り寄せて使ったりしてね。
材料代も半端なかった。
だから、溶接は、MIG、スポットと使い分けするのはもちろんのこと、隠れた部分での補強溶接を加えたり、補強パネルを追加したりと、気にかかる部分は、外観からは見えない部分で相当手間かけていたと思う。
寸法合わせだって、もうね、何度も何度もよ。
車体骨格の水平出すのに修正機を設置している地盤から見直したしね。
あれ、地盤は完全じゃないから。
地震もあったりしたし。
微調整して前提となる水平にこだわったりもした。
スポット溶接も同じく。
工場内は溶接機以外にも電力を食うのがあるからね。
塗装ブースだったり、リフトの上げ下げだったり。
そういうものの影響でアンペアの低下がおきると溶接もフルパワーとはならないのよ。
いくらカタログ値は高くても、実際はそうではなかったりするから、サイドシル強化とか外せない大事な箇所は、塗装ブースを待ってもらったり、夜にほかのひとの作業が終わってから打ち始めたり。
「電力独り占め」って感じ。
このようなこだわり話は、もう忘れちゃっているのもあるし、きっと書ききれないほどあるのだろうけど、
わかる?
どんだけ、わがままだったことか・・って。
でもね、こだわりっていうのは、どうしたって最初は、そういうニュアンスを含むものなんじゃないかな。
良くも悪くもだけどさ。
「最初は革新的であっても、いつの日か、それがスタンダードになる」
それが可能になるかどうかは、ひとえに、そのこだわりが多く誰かのためになることなのかどうかなんだと思う。
だから、ネガティブなイメージでの頑固オヤジっていうのは、見方によっては、少しひとりよがりが過ぎる状態なのかもしれないね。
もちろん、僕だって裏ではずいぶん批判食らったし、反発くらった。
でも、それでも、やり通せたのは、皆のおかげ。
ほんとうに、そうだから。
皆の力なくして、yoshihisa はなかった。
あの頃は、無我夢中過ぎて自分を掴みきれていなかった気がするけど、いま、ようやく見えた気がする。
自分の辿ってきた道が。
今号の記事によって、はっきりと、それが見えた気がするね。
かつて反発していたひとたちも、いまは、認めてくれているみたいだし。
彼らなりに、どうしたらいいのか、なにか取り入れようと、そんな前向きな姿もうかがえる。
去っていったかつての職人仲間たちは、別のところで、ずいぶんと集客して頑張っている姿を見かけるし。
成功しているんじゃないかな。
それぞれが、それぞれに自分の意見をもって、プライドをもって仕事に向き合っている。
別に奢るわけじゃなくて、もし、彼らになにかしらの影響を与えることになっているのだとしたら、ほんとうに良かったと思う。
皆からの力が、こうして波及していることになるわけだから。

『再生に懸ける希望』
雨降って地は固まる。
霧がはれて道が見え出す。
たいせつなことは、誰も間違ってはいなかった、ということ。
それぞれが自分なりの正しさのなかで生きているがゆえに、
傷つけあったりすることもあるけど、それは、お互いに磨きあい高まっていくため。
異なる意見の融合というのは、こうして、時を経て起きることがあるのかもしれないね。
進む道というのは後になってよく見えてくるものみたいだから。
恐れを超え、皆の力を信じて歩んでいこう。
再生に懸ける希望。

FIND THE WAY

yoshihisa



Posted at 2018/10/10 21:53:42 | コメント(1) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2018年08月08日 イイね!

GTR magazine9月号『Rで巡る日本の絶景』



「Rで絶景を巡る旅」を読んでみて

記事冒頭にある、「最近のGTRワールドは変化を好まず、少し停滞気味」だとの言葉が気にかかった。
それは、ユーザーの意識が守りに入り、
「維持、保管」がGTRライフのスタンダードになっているとのこと。
もちろん、GTRに対しての「情熱」こそ変わらずあるものの、
それは「走る体験の情熱」から「所有することへの情熱」へと気持ちの変遷がみられるということのようだ。
これは、レストアをしてきた職人側の考え方からすれば、ちょっと頭が痛い。
なぜならば、ボディ外板部品の在庫があやしくなってきている昨今、できるかぎり大切にしてもらいたいからだ。
そのためには、あえて極論をいえば、乗っては欲しくない。
金属で出来ているクルマは湿気が大敵であるがゆえ、
空調の行き届いたショールームのようにして保管するのがベスト。
サビや劣化のスピードがいちばん遅く、痛み難い。

ただ、それは、大きな矛盾をはらんでいることも承知していて、
職人として、そこに葛藤をずっと抱えてきていた。
それは、「走る」というクルマとしての存在意義を、ある意味、抑制、抑圧している自分がいたから。
それというのも、レストア等の修理は、ちいさな飛び石ひとつで塗装が台無し、という世界。
仮に、テスト走行中に100%のもらい事故であって万全に補償されたとしても、気持ちの晴れることのない世界。
いま思い返しても、それはそれは恐ろしいくらいに神経を尖らせていたものだ。
なにしろ、高速道路での試運転や、走行シーンの撮影など、リスクのある行為をずいぶん重ねていたから。
それでも無事に大過なくクリアしてきたのは、きっと依頼者の願いが味方してくれていたのだと思う。



クルマを所有するということは、それは、やはり「走る体験」がしたいからだろう。
そのためには、「走れるクルマ」に仕上げる必要がある。
今回の企画のように、遠い旅に出られるくらいに。
あたりまえだけど、そのあたりまえは結構ハードルが高く、難しい。
たとえフレームを数値通りに修正できたとしても、足回り部品等とのマッチングがあわなければ、
不安定なクルマになることもある。
アライメントもしかり。
数値至上主義の罠ともいえるような不思議な現象も体験してきた。
完璧なメジャリングができ、「これはテスト走行するまでもないな」なんて思っていたものの、
あとで地獄をみたこともある。
皆さんにも、こんな経験はないだろうか?
「データ上は正しいのに・・なぜ・・」とか、
「理論上は間違っていないのに・・」とか、そういうことって。

そんな経験をしてきたものだから、それからは大きな損傷でなくても必ず自分でテストすることにしていた。
ようは、若い子に任せていいところとダメなところとがあるということ。
後進を育てるため、経験を積ませるために任せることは必要だけど、念のための確認も必要。
そのあたりは厳しくしすぎても、緩くしすぎても、誰のためにもならない。
もし、どこかおかしいところが残っているようだったら、共に究明していくのが理想だと思う。
見逃すでもなく、「信頼したから」と無為に責任を取らせようとするのでもなく。

「トラブルシュートこそ成長できる最高の機会」と上の立場にある者が考えられるかどうか。
特にスポーツ系は、速度域が低いうちは良くても高速域で問題が明るみになることもある。
そこを保証できるくらいまで、上の立場にある者が自分を追い込めるかどうか。
いい工場とは、そんなマインドをもった関係性のある工場だと思う。
また、失敗を失敗として受け入れ、そして、いかにしてクリアにしていくか。
そここそが熟練した者が魅せる真の腕の見せ場になるのだと思う。

それもこれも、すべては最終的な目的、「走る体験」のため。
たとえ、将来「飾るGTR」になる運命であったとしても、
走りの情熱を醸し出す、そんな雰囲気のあるクルマに仕上げたい。
抽象的だけど、ほんとうに走る車とそうでない車というのの違いは、
見る人が見ればきっと感じられるだろうから。

走る体験をもっとしたくなる、そんなクルマ。
情熱を掻き立てられる、そんな最高の一台。
共に遠い旅に出、夕陽を浴び、景色と風に流れていく。
リアルな体験でもって追求し、追い込んでいったものは心を惹く。
yoshi

Posted at 2018/08/08 19:37:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年06月03日 イイね!

GT-R Magazine 7月号「情熱 R 人生」



** 情熱「R」人生 **

僕は35のボディに手を入れたことがない。
今のように35が広まり、町の板金工場に入庫するようになる前に引退した。
だから、35のボディ構造について確かなことを言える立場にはない。
その上で思うのは、まあ、よくある損傷レベルだなと。
まず写真を見て、率直にそう思った。
おそらく内側の補強パネル類が第二世代よりも頑丈な作りになっているだろうから、
そのあたりの修正と交換作業で苦労したかもしれない。
多少なりともフロアやリヤメンバーまで及んでいるようにも見える。
あとは、やはりドアがこれだけ破損していることからAピラーへの波及がどれほどだったか。
おそらく、それなりに修正は必要だったことだろう。
個人的には、編集長の気持ちに同感で、これで廃車や部品取りにしていては勿体ない。
クルマが悲しむ。

クルマの命運というものはオーナー次第というところがある。
たしかにそうだろう。
でも、そうではないケースも多々経験してきた。
それは、誰かが事故車を買って直す、というもの。
捨てる神あれば拾う神あり。
こんな言葉もあるとおり、
まるで敗者復活戦のような逆転劇が繰り広げられることもあるから。

ただ、これが35だったからいいようなもので、もし32や他の第二世代であったらどうだろうか。
現在、外板部品は無いと聞く。
そうなると、残念ながら、このようなレベルであっても不可能に近いのかもしれない。
もしくはセカンドベストな方法として、部品取り車からの移植するのが一番リスクが少ない方法だろう。
このようにして最悪のケースを想定しておくとおかないのとでは、32をはじめとした第二世代オーナーの気持ちの持ちよう、ゆとりが違ってくることと思う。
そのためにこそ必要なのは情報網となる横のつながり、ネットワークになるのだろう。
そういう観点から今号の記事で特に気になったのは、いろいろなショップさんがイベントを開催しているということ。
今号でいえば目黒さん、グローバルさんがイベントや走行会を開催している。
この手のイベントは、ショップの利益云々というよりも楽しみ優先なんだろう。
だから、参加オーナーは皆、生き生きと参加されているようだ。

翻って、かつての自分をみてみれば、「楽しみ」という観点もあって仕事をしていたとは思う。
ただ、当時はまだ周囲の考え方がそこまでには至っていなくて、一番はやはり利益であった。
ようは、そこまで余裕がなかったのだ。
町工場のレベルでは、そこまでの大々的なサービスは難しいのが現実だから。
でも、いまになって思うことがひとつある。
ほんとうに難しかったのだろうか・・・ということ。
それは、自分ひとりの力でやろうとしていたことに問題があったのかもしれない。
イベント記事をみていたら、そう思えてくる。
というのも、けしてショップの社長なり、スタッフだけで開催しているのではないようだから。
応援者となってくれるひとや、実地にボランティア的に協力してくれるひともいたのではないだろうか。
そうすると、ここで問題点がハッキリとしてくる。
それは仲間を頼れるかどうか、ということ。
つまり、つながり。
仲間の大切さというものが効いてくるのではないか。
おそらく、かつて僕はそれに気づいていながら結局は実現できなかったと思う。
どちらかというと、職人として一匹狼的なスタンスであったように自分では思っている。
チームではあったが、気持ちとしてはいつも孤独であったことは間違いなく、
仕事の環境として味方なんだか敵なんだか、よくわからない状況になっていたかもしれない。
責任の重さもあり、とてもじゃないけど頼れるどころの話じゃなくなっていたとも思う。
だから、ざっくりいえば、全部ひとり。
ひとりで背負っていくしかなかった。
そこに苦しみが生まれのは当然のことであって、
いずれ限界にぶつかるであろうことは内心感じていたことと思う。



あらためて今号をみてみると、30万キロを超えてまだ乗り続けるための方法、抜け道がけして途絶えたわけではないことが理解できてくる。
ぼくにはそれが奇跡のように思えてならなかった。
正直な気持ち、まさか、ここまで続くとは・・・。
そんなふうに思っていたから。
だから、GTRというクルマを通してのつながりは、ほんとうに凄い力を持っているんだと思う。
つくづく、そう思う。
毎号毎号、そのつながりの素晴らしさを誌面を通じて見てきた。
辞めた人間にしたら、嬉しいような辛いような、そんな複雑な気持ちもあった。
でも、いま素直にこう思う。
つながりこそ、かけがえのない財産なんだと。
Rを通して、走りを通して、人と人がつながっていく。
たったクルマ一台で、こんなにも素晴らしいことが得られるだなんて、それこそが奇跡なんだ。
Speed Groove. yoshi
Posted at 2018/06/03 21:22:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年04月15日 イイね!

GTR magazine 5月号『運まで味方につけるのが真のトップドライバー』



先々月に右手首を複雑骨折した。
たかが骨折と、軽く考えていた。
病院に行き、ギブスで固定すれば、あとは日柄で治っていくものだろうと。
いま思えば、どこか余裕でいた。
それは、それだけ何かあっても、落ち着いていられる自分になってきたからなのかもしれない。
良く言えば、前向き。
でも、実のところは違っていたようだ。
症状を甘く考えていて、あとで医者に叱られた。
結果、普通ならば、それほど長い入院とはならずにすんだものを、
すべてが裏目裏目となり、長引き、酷く苦しんだ。
まるで腕が切断されたかのような焼き切られたような強い痛み。
朦朧とした意識のなかで、うめき、のたうちまわり、
それは、これからも生きていかなければならないと思うと酷すぎて、
死よりも生きていくほうがよっぽどつらく感じられた。
いっそのこと麻酔のかかったまま戻ってこなければ・・・
と思わずにはいられなかったくらいに。

いま、ようやく退院して思うのは、なぜこんなことになってしまったのか、ということ。
それは思うに、骨折の前、数ヶ月前から感じていた自分の意識に実は違和感があったこと。
その違和感への対応を軽んじていたことに起因するように思う。
そのような折、今号掲載のレーシングドライバー本山哲選手の言葉が心に響く。



『常に周りからどう見られているかを把握していないとトップドライバーでいることは難しい』

それは、トップでいることの厳しさと難しさを表していると思うし、
もっと言えば、ひとが大過なく生きることのコツのようなものにさえ思えてくる。
走りのプロとして求められていることは結果を出すこと。
チームを勝利させること。
順位をひとつでも上に上げること。
実にわかりやすいシンプルな世界だ。
しかし、シンプルな勝負の世界というものは実力だけでは何とかならないもの。
表面的な思い、人知を超えた領域に触れて初めてその本質的な部分が見えてくる。
勝負ごとの本質とは、自分との勝負。
自分を知り、自分を磨き、自分の本質である心を研ぎ澄ましていくこと。
その過程では、必ずと言っていいほど避けては通れないことがあるようだ。
失敗、負け、敗北、挫折。
つまりは、日頃望んでいる方向の逆サイドの体験。
それをどのように経験し、いかに乗り越えてきたか。
それによって人生は磨かれていくものなのだろう。
本山選手は次のように語る。

『レーサーは自分を持っていないと速くはなれない。』

自分を持って生きていくためには、自分で考えて自分なりの道を拓いていくことが必要。
誰か他人の考えは、そのひとにとっていま必要な尊重すべきもの。
自分とは感覚が違っていても当然のこと。
そう考えられて初めて自分を自分を認められ、
自分の道を生きること、自分を活かすことができると思う。
レースなどの勝負ごとにおいて致命傷になる時というのは、自分が見えなくなったとき。
他人の意識や感覚が入り込んできたとき。
つまりは、自分への迷いや悩みがおきてきたとき、
違和感として感じるその感覚のセンサーが発信することが、
心の声、助けを求める声であったりもする。

踏めるときは踏めると。
危険なときは危険であると。

大抵、クラッシュにしても、不運、不幸の前には何か違和感が感じられている。
それに気づくことができていたかどうか。
微細な感覚の違和感、気持ちの変化。
さらには、周囲を流れる全体的な意識。
本山選手の持つ感覚を僕なりに読み解いていけば、
どうやら、トップに立ち続けるには、そういった感性を高めていくことが必要とされるようだ。
それが紙面では、この言葉で締めくくられている。

『運まで味方につけるのが真のトップドライバー。』

運まで味方につける。
そのためには、自分を俯瞰した視点でみてみること。
自分を客観的にみることが基本になると思う。
ポイントは、人の考えに影響されすぎてはいないかどうか。
勿論、参考にしたり、学びとするのはだいじなこと。
でも、そこからの新たな気づき、ひらめきは、自分の感覚、内面を感じなければ出来ない。
自分は、いま何を考え、何を感じ、何を恐れ、何をしたがっているのか。
自分の感覚に素直になってみること。
そして・・・

『超一流と呼ばれるひとたちはあまり教わっておらず、自分で考えて行動している。』

結果が義務というレーサーの世界。
命をかけた究極の自己責任。
だからこそ、純粋に速く走ること、その原点の気持ちに素直であること。
本山選手は、そう伝えてくれているように思う。

speed groove by yoshi
Posted at 2018/04/15 22:45:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2017年12月13日 イイね!

GT-R Magazine 2018年1月号 〜板金塗装店との付き合い方〜



GT-R Magazine 2018年1月号
〜板金塗装店との付き合い方〜

まず、誌面にあるこの言葉から深めてみたいと思う。
『チューニングでは当たり前に気にされている、誰が、どこで、何を使って、どんなことをやっているのか、をそこまで追求されていないように感じます』

なぜこう思うのかといえば、それはたぶん、どこで修理をしても大差なし。
さして変わり映えはしないと思うからなのだろう。
ようは、ボディ修理というものは、修理をした結果パワーがあがるわけではなく、
フィーリングやパフォーマンスの向上が体感できるようなものではないから。
チューニングショップが担当するエンジン関係に手をいれたときほどの違いは感じられにくい。

だから、どこで修理をしても同じ。
同じ形、同じ色のボディに戻るだけ。

そう思ってしまうとしても、それは無理のないことだろう。
なにしろ依頼内容の目的、完成形が「元に戻ること」なのだから。
ユーザにしてみれば、ボディに対して、そもそも変化など求めていないし、
むしろ変化があってはいけない。
だから、ボディ修理に個性を出す余地などない、というのが常識的な考え方であって当然なのだろうと思う。
でも、実際は違う。
ほんとうのところは、
エンジンチューンと同じかそれ以上に個性が出るのが板金塗装なのだと思う。

板金塗装業界のひとたちにしてみたら、
常にと言ってもいいくらい「ボディは蔑ろにされている」と思っている。
しかし、世間的な位置付けとしては、
あいかわらずレストアはマニアのすることかキワモノ扱いであったり、
事故車などの大破起こしはアヤシイひとたちが一枚噛んでいそうな雰囲気をもっているような気がする。
ま、これは、自分自身が板金塗装業界に携わってきて肌で感じてきたことから思うこと、つまり、自分の意識の投影ではあるのであるが。

では、板金塗装の個性とはなにか?というと、
それが、冒頭の『誰が、どこで、何を使って、どんなことをやっているのか』という部分であり、具体的に一例をだして言えば、板金方法であり、溶接方法であり、
塗装下地の作り方であり、もっとわかりやすくいえば、パネルを交換するのか板金して叩き出すのか、ということであると思う。





これを、もうすこし補足して書いてみる。
掲載の写真にサーキットで追突された32GTRのデモカーがあるが、
トランクフロアが製造打ち切りのために新品部品への交換ができないようだ。
そういった場合どうするか?
かつて大破起こしをしていた者の見立てからすれば、たしかに誌面にあるように、ドナー車からの移植という方法も一法。
ドナー車を用意するという手間はかかるが、たぶん考えられるなかでの一番無難なやりかただろう。
そして、もし、ドナー車がない場合など、ほかに方法があるとすれば、
それは板金していくというものになると思う。

手順としては、次のような流れ。
①修正機を使ってリヤストラットとリヤフレームの大まかな位置修正
(写真から、やや上方への入力もある様子なのでルーフへの波及もチェック)
②クオーターパネルの取り外し
③ホイールハウスアウターの取り外し
④トランクフロアの取り外し
⑤フレーム類の位置合わせ・修正(寸法図での正確なあわせ)
⑥外したホイールハウスアウターとトランクパネルを単体で板金
⑦フレームと合わせて位置調整の後に溶接
 (最重要項目はリヤストラット)
⑧クオーターパネルの取り付け
なお、場合によってはトランクヒンジ周辺の修正も。

部品のないときの方法として、このようなパネル単体にして板金をして再度取り付けるというのは有効。
そのとき、さらにこだわるとしたら、取り外しの際に開いたスポット溶接の穴部分を切り貼りなどで作り直しておくと、見栄えが、よりいい感じで仕上がる。
仕上げの塗装を純正ふうプラスアルファで、少々ザラっぽく仕上げておけば、
パッと見で違和感なく、事故歴すらわからなくできるかもしれない。
もちろん手間は相当かかるが、部品がなくても方法はあることはある。

今回の誌面記事で一番伝えたいことは、『作業者との対話』であるように思う。
そして、その目的は『自分の思いを伝えて作業者の引き出しを開けること』であると。
そうすると、そこで大切なことは、やはり『人となりの見極め』なのだろう。
作業者の引き出しを開ける、その結果、なにが出てくるのか?
聞くべきこと、確かめるべきことはそこになるのだろう。
とはいえ、すべてを実地で見られるものでもない。
そのようなとき役立つのは、自身の直感。
作業者の人物的な雰囲気はどうか?
工場内で感じる雰囲気は?
入庫している他の車の作業。
工具・機械の扱い方、整理。
もし工具類が床に転がっているようであれば、それは僕ならばNG。
同じ置くにしても、かならず何かを敷くのがベスト。
(工具について語りだすと話が長くなるので、またの機会にでも)
それは作業者の仕事風景においても同様で、
たとえば車の下に潜るとき、何かを敷いているかどうか。
作業者自身が自分を大切に扱っているかどうか。
これも実は大事なポイント。
汚れやケガを恐れないようなワイルドなスタイルが
職人らしくてカッコよく見えるかもしれないが、これも僕にすればNG。
自分の身や、身なりを守れないひとが、客の車をどういうふうに仕上げてくるのか、
それだけでもわかるような気がしてくる。
丁寧な仕事をする職人というのはライフスタイルが安定している。
丁寧さというのは、作業そのもの以外の部分にもわかりやすく現れるものだから。
実際に会ってみることによってわかる情報はたくさんある。
このような感じでもって作業者との対話をしていくと、
また違ってみえてくるかもしれない。

心がけておくといいと思うことは、作業者の個性を見出してみようと思うこと。
そして、そこで見出した個性は、じつはあなた自身の個性と通じるものがあるか、関連することに気づいていくだろう。
そうすると、おたがいの意識に共通する部分がわかってくるから対話はより一層スムースになり、深まっていく。
車好きの同士の気持ちが通じると、それはとても楽しいこと。
当初は修理費用にお金がかかり、気の重い修理依頼で訪ねてきたはずが、
いつしか楽しいひとときになっているかもしれない。
さらには車に対しての知識や見方への変化や気づきも起こるかもしれない。
だとすれば、まさに『事故は愛車を見直す好機』にもつながることだろう。

speed groove. yoshi


Posted at 2017/12/13 17:25:11 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記

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