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SPEED GROOVE @ yoshiのブログ一覧

2019年01月04日 イイね!

謹賀新年



*謹賀新年*
今年もよろしくお願いします。

年賀状を頂戴いたしました。
GTRマガジンは、なんと創刊25周年とのこと。
おめでとうございます。

気がついたら、もう、そんなに経つのか・・・。
平成元年式のR32であれば30年が経つわけで、もう立派に旧車だけど、個人的にはそんな実感がわかない。
それは、自分にとって今も近い存在になったままだからなんだろうけど、
ま、きっとGTRオーナーであればなおのこと、皆もそう思うのだろう。
そして、なにより凄いとおもうことは、いまもこうしてGTR文化が発展し続けているというここと。
これは、30年前にはまったく想像できなかった。
当時乗っていた32GTRに長く乗り続けるつもりではいたものの、まさか、ここまで続くとは思えなかった。
ハコスカという先輩格がいたものの、あれは別格すぎた。
プロ的な視点からすれば、レストアは特殊なひとがするもので一般的ではなく、「皆、適当なところで手放していくだろう」「結局、金額次第、いずれ乗り換えるさ・・」
「事故車多いし、最後は二束三文で解体屋に並ぶ・・」
こんな意見があったものだ。
それゆえに、そういう考え方がはびこっていたがために修理業界は技術的に衰退していったと思う。
利潤と安さの追求に走り、いかに安く早く直すかに注力していった結果、つまらなくて退屈で、ただキツイだけの仕事環境へとなっていったのではないか。
であれば、若者が離れていくのも当然だろう。

ところが、今、どうだろう・・・
意外や意外。
けっこう、お金を使ってメンテしたり、レストアしたりして、乗っているではないか。
事故車であっても、大破であても、すべてとはいわないけど、でも、けっこう直して復活して乗っていたりする。
いまも、毎年のように「部品がなくなる」と言われながらも、再生部品がリリースされたり、プロジェクトが立ち上がっていたりして、少なくとも、希望の灯は消えていない。

だから、思う。
プロってなんなんだろう・・・と。
かつて、オークション会場で事故車を買い捲っていたイケイケの社長さんたちは、いまどうしているだろうか・・・。
フレーム修正そこそこに見てくれを整えて販売。
そういうスタイルがまかり通っていた時代。
ちょっとした社会問題というか、小さい扱いだけど事件にもなったことがあると記憶している。
メーター戻し、なんていうのも当時は当たり前っていうくらいによくあることだった。
ほかにも、水没だの、盗難だの、消化器噴霧だの、まあ、とんでもない個体があったものだ。
職人目線で、いま振り返ると、そういう時代環境を経てきたからこそ身につけた技術や考え方というのもあると思う。
たとえば、考え方によっては、フレームや骨格を直すことなく外見の帳尻を合わせるのも難易度高い技術でもあるとはいえる。
大破修理やレストアなどの大がかりな作業においては応用力のひとつとして役立つこともあるから。
使うべき方向性さえ間違わなければ自分の身を助ける技術のひとつとなる。
だから、「タラレバ」の余談になるけど、もし、あの頃、見てくれ重視の修理で売り飛ばすようなビジネススタイルではなく、事故車を仕入れ、まともな修理でまともに売っていたなら、いまごろはGTRのスペシャルショップとして業界で君臨していたかもしれないね。
もちろん、当時は、そんな先のことまで考えることのできる時代ではなかったけども、地道な研究努力の積み重ねは、後になって大きく花開くもの。
いわゆる、ノウハウの蓄積というものであって、それを持っているということはやはり強い。
最終的には、そういうひとが勝つと思う。
そういう会社が生き残ると思う。
つまり、ビジョンをもって自分を生きているか。
経営をしているかどうか。
シンプルな結論だけど、あらためてそう思う。
yoshi
Posted at 2019/01/04 22:28:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2018年12月11日 イイね!

GT-R Magazine 2019年1月号 〜生きる目標を定めてくれたクルマの世界〜



_____________________

「生きる屍」
それは、ほんとうに17歳の高校生が言うような言葉なのだろうか・・。
17年間の人生に、いったい何があって、どういう思いを重ねてきたというのか。
誌面では触れられてはいないが、でも、本人にしてみれば、そういう心境であった、ということなのだろう。
いずれにしても、同じRファンとして、これからが楽しみである。
なんてったって、誌面6ページを使うほど熱のはいった記事なのだから。
ファンの数や裾野が広がるだけではなく、その熱意の深さこそGTRファンの強みだと思うから。





****


「生きる目標を定めてくれたクルマの世界」

ひとは、望んでいたことや、期待していたことが叶わないと知ったとき、絶望する。
それが相手に対して抱いていたことであればまだよくて、
「裏切られた」「傷つけられた」と、他責をするゆとりがある。
しかし、自分が持つ自分の理想像や、自分への期待が適わないと知ったとき、自己を責める。
これは逃げ場がなく辛い。
もちろん、それをも他人のせいにして八つ当たりをするような人も世の中にはいるが、
叶わない辛さをひたすら自分で背負い込んでいくとなれば、
おそらく、この「生きる屍」のような心境へと進んでいくのではないかと思う。

誌面とは関係なく、余談になるけど、いま、疑問に思っていることがあって、
それは特に若い世代に顕著で、少し大きすぎる夢を抱きすぎてはいないだろうか・・
ということが気になっている。

「世界を救いたい」とか。
「みんなを幸せにしたい」とか。

いったいなんの影響を受けて、そんな正義の味方アンパンマンのようなセリフを言うのかしらないけど、
聞いていて、どこか不自然さを感じることが度々ある。
というのも、なにかそのような夢や目標に向かって具体的に歩んでいるのならばともかく、
ただ上辺の言葉だけで言っているだけのように聞こえてくる気がするから。
先日も、「スポーツ選手になって、世界で活躍して、みんなを喜ばせたい」
真剣にそう言っていた若いひとがいたんだけど、外見は色白でとてもスポーツしているようには見えなくて、
よくよく聞いてみたら、なんと、そのスポーツやっていないんだっていうことがわかって、ちょっと驚いたことがある。
もちろん、それを絶対に無理だって決めつけるのもどうかと思うけど、もっと本気で世界を目指しているひとたちがたくさんいるだろうから・・
でも、最近、そういう感じのひとがなんだか増えているような気がする。

夢を持つのはいいと思う。
おおきなビジョンを描き、それに向けて努力する姿は素晴らしい。
ぜひ、実現できるよう頑張って欲しいし、応援するひともたくさんでてくるだろう。
ただ、気になるのは、「ほんとうにそれがしたいのか?」っていうこと。
なんの影響を受けたのか、教育のせいなのかは知らないけど、そんなに無理してまで、背伸びしてまで「皆の為」にこだわらなくてもいいように思う。
自分を偽っての「皆の為」ほど、みんなにとって迷惑なものはないから。

それよりも、もっと自分の為にやってもいいんじゃないか、と思う。
その結果として、ひとが集まったり、助けられたり、救われたりするものだから。
意識の持ちようを、目指すところを「みんなの為」に置くばかりではなく、
シンプルに自分の喜びに置いていいんじゃないか。
だって、喜びや、熱中や、やりがいを感じながら何かをやっている姿こそ、ひとを惹きつけ、喜ばせるものだと思うから。

偉大すぎる夢は、だから、かえって自分を苦しめるのかもしれない。
かえって、動けなくなってしまうのかもしれない。
高すぎる理想像が、ほんらいの自分、ありのままの自分から自分自身を遠ざけ、
ひととの関わりをかえって難しくしていってしまう。

走りの世界で表してみれば、なによりも、自分を貫く強さを持ったひとが美しい。
ただただ恐ろしいほどに速く、研ぎ澄まされたセンスの塊であり続けること。
そういうひとは他を寄せ付けない鋭さを持ってはいても、深い部分での温かみがある。
ある意味、そんな生きる伝説のような人と出会ってきたなかで思うことは、
表面的な楽しさ、仲良しごっこ、ひとを助けているような自己満足、
そんな浮ついたような浅い気持ちは、あの領域ではすべてが吹き飛んでしまう。
それよりも、もっともっと根源的な魂の叫びのようなものが一番にあがってくる・・・。


オレはオレを生きているのか。
これでいいのか・・。
もっとやりたいこと、やれること・・、あるんじゃないのか。
まだまだ、もっとできるはずだ・・・
でも、怖いものは怖い。
その怖さの奥にあるのは、魂の叫び。
そもそもが、生きるっていうことは、怖いものだ。
ホンネを言えば、生きるっていうことは、つらいものだ。
その怖さをみたくないから、感じたくないから、偽りのしあわせに満足した顔をしていた。
だから、その悲しみを超えて、いま、自分の足で立っている。
だから、その口惜しさを超えて、いま、自分のRで走っている。
ひとりで生きてるわけじゃないけど、
ひとりじゃ生きていけないけど、
ひとの評価を求める気持ちは、もういらない。
こうして、いま、自分を生きているから。
そうなってはじめて真にひとを愛せる喜びを感じられるみたいだ。
特に追求するつもりはないけど、自然、追求している。
自分とはなにか。
生きるとはなにか。
走りを通じて。
Rを通じて。
自分を生きること。
それが自然、周りへの刺激となり、
皆もまた自分なりの生きるとはなにかを見出そうとしている。
そんな者たちの集まり。広がり。繋がり。
走ることは生きること。
不器用でも自分を生きようとする、その人間臭い在りようにこそ、ひとは心惹かれていく。

yoshi




Posted at 2018/12/11 21:35:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2018年10月10日 イイね!

GTR magazine11月号『再生に懸ける希望』〜Find the way〜



再生に懸ける希望   ~Find the way~

今月号は、かつて自分自身が板金職人としてやってきたこと、HPで主張してきたことがあらためて認められた気がした。
あらためてというか、ようやくというか、自分自身との闘いに自分でも納得できるようになったと言えるかもしれない。
もちろん、今号はカナザワさんとラッシュさんの特集であり、編集者が書いたことである。
ヨシヒサのヨの字もない。
だから、直接的に僕に全く関係がない。
カナザワさんの頑張りと技術力の高さ、ラッシュさんの勇気と取り組む気概の高さを伝えている。
とはいえ、そこには、見る人が見ればわかるのだろう。
なにか思い出したり、感じるものがあったのかもしれない。
yoshihisa styleのエッセンスが散りばめられていると・・。

今号に載っている手法のどれもが経験済みであり、なによりも、誌面を見ていて懐かしさをたくさん感じた。
気持ちが熱くなってきて、嬉しくなってきている自分がいた。
特にフロントフレームを切り落とした32GTRとリヤ半分を切開した35GTRは大掛かりな作業であり、自分自身なんども経験してきたこと。
その難しさ、大変さ、割に合わなさ・・は、きっと誰よりも身近な感覚としてわかると思う。
語っているほどラクじゃないから。
内心、悩んだり、真剣さゆえに圧を感じたりしたこともあるんじゃないかな。

かつて、僕は、「自動車保険の枠を超えた修理」というようなタイトルをHPに書いていたことがある。
いまでこそ、こうしてメジャーになってきているスタイルだけど、当時は斬新というか、裏では喧々諤々。
なぜなら、保険修理こそ最高の修理内容だと言われている環境だったから。
わかる?
普通、どれほど代金を叩かれやすい業界だってことが。
町工場っていうのは、基本下請けだから。
自社で集客できないぶん、元にハネられるわけ。
あたりまえの慣習だけど。
それが、もし、下請けではなくて、自社受けで保険修理をできるならば、それはいかに美味しいか。
これも、わかる?
どれだけ保険修理が下請け仕事に比べたら真っ当なものであるか、って。
いまは、そのあたりも競争が厳しくなっているだろうから、たいして美味しくはないかもしれないけど、
ひと昔は、そんな感じだった。
「いい時代だったねえ」っていうような、そんな良き思い出の時代。

ところが、この美味しいとされていた保険修理の限界を知ることになった。
本当の本当に真っ当にやろうとしたら、保険の枠じゃとても収まらないことに。
こだわりを知ってしまった者として納得のいく作業ができないことに。
「じゃあ、どうするか?」っていうところで、ずいぶん悩んだり、揉めたり、まあ、いろいろあって・・。
それで結局、素直に正直にありのままをお客さんに伝え、お客さんにその差額分を払ってもらおう、って。
それが新しいチャレンジだった。
受け入れてもらえるかどうか不安が周囲には渦巻いていたけど、僕には自信があった。
クルマ好きなら理解してもらえることだと。

あとの結果は、ご存知のとおり。
かつては最高ランクの作業内容だった保険修理が最低ランクの内容になるという状況に変化。
ま、そうは言っても、結局なんだかんだで結構サービスでやっていた部分も多かったんだけど、ようは、そのくらい手間を惜しまず徹底してやっていたから。
たとえば、MIGのワイヤーだって普通は鉄を使うけど、合金のかなり高価なやつも取り寄せて使ったりしてね。
材料代も半端なかった。
だから、溶接は、MIG、スポットと使い分けするのはもちろんのこと、隠れた部分での補強溶接を加えたり、補強パネルを追加したりと、気にかかる部分は、外観からは見えない部分で相当手間かけていたと思う。
寸法合わせだって、もうね、何度も何度もよ。
車体骨格の水平出すのに修正機を設置している地盤から見直したしね。
あれ、地盤は完全じゃないから。
地震もあったりしたし。
微調整して前提となる水平にこだわったりもした。
スポット溶接も同じく。
工場内は溶接機以外にも電力を食うのがあるからね。
塗装ブースだったり、リフトの上げ下げだったり。
そういうものの影響でアンペアの低下がおきると溶接もフルパワーとはならないのよ。
いくらカタログ値は高くても、実際はそうではなかったりするから、サイドシル強化とか外せない大事な箇所は、塗装ブースを待ってもらったり、夜にほかのひとの作業が終わってから打ち始めたり。
「電力独り占め」って感じ。
このようなこだわり話は、もう忘れちゃっているのもあるし、きっと書ききれないほどあるのだろうけど、
わかる?
どんだけ、わがままだったことか・・って。
でもね、こだわりっていうのは、どうしたって最初は、そういうニュアンスを含むものなんじゃないかな。
良くも悪くもだけどさ。
「最初は革新的であっても、いつの日か、それがスタンダードになる」
それが可能になるかどうかは、ひとえに、そのこだわりが多く誰かのためになることなのかどうかなんだと思う。
だから、ネガティブなイメージでの頑固オヤジっていうのは、見方によっては、少しひとりよがりが過ぎる状態なのかもしれないね。
もちろん、僕だって裏ではずいぶん批判食らったし、反発くらった。
でも、それでも、やり通せたのは、皆のおかげ。
ほんとうに、そうだから。
皆の力なくして、yoshihisa はなかった。
あの頃は、無我夢中過ぎて自分を掴みきれていなかった気がするけど、いま、ようやく見えた気がする。
自分の辿ってきた道が。
今号の記事によって、はっきりと、それが見えた気がするね。
かつて反発していたひとたちも、いまは、認めてくれているみたいだし。
彼らなりに、どうしたらいいのか、なにか取り入れようと、そんな前向きな姿もうかがえる。
去っていったかつての職人仲間たちは、別のところで、ずいぶんと集客して頑張っている姿を見かけるし。
成功しているんじゃないかな。
それぞれが、それぞれに自分の意見をもって、プライドをもって仕事に向き合っている。
別に奢るわけじゃなくて、もし、彼らになにかしらの影響を与えることになっているのだとしたら、ほんとうに良かったと思う。
皆からの力が、こうして波及していることになるわけだから。

『再生に懸ける希望』
雨降って地は固まる。
霧がはれて道が見え出す。
たいせつなことは、誰も間違ってはいなかった、ということ。
それぞれが自分なりの正しさのなかで生きているがゆえに、
傷つけあったりすることもあるけど、それは、お互いに磨きあい高まっていくため。
異なる意見の融合というのは、こうして、時を経て起きることがあるのかもしれないね。
進む道というのは後になってよく見えてくるものみたいだから。
恐れを超え、皆の力を信じて歩んでいこう。
再生に懸ける希望。

FIND THE WAY

yoshihisa



Posted at 2018/10/10 21:53:42 | コメント(1) | トラックバック(0) | GT-R Magazine | 日記
2018年08月08日 イイね!

GTR magazine9月号『Rで巡る日本の絶景』



「Rで絶景を巡る旅」を読んでみて

記事冒頭にある、「最近のGTRワールドは変化を好まず、少し停滞気味」だとの言葉が気にかかった。
それは、ユーザーの意識が守りに入り、
「維持、保管」がGTRライフのスタンダードになっているとのこと。
もちろん、GTRに対しての「情熱」こそ変わらずあるものの、
それは「走る体験の情熱」から「所有することへの情熱」へと気持ちの変遷がみられるということのようだ。
これは、レストアをしてきた職人側の考え方からすれば、ちょっと頭が痛い。
なぜならば、ボディ外板部品の在庫があやしくなってきている昨今、できるかぎり大切にしてもらいたいからだ。
そのためには、あえて極論をいえば、乗っては欲しくない。
金属で出来ているクルマは湿気が大敵であるがゆえ、
空調の行き届いたショールームのようにして保管するのがベスト。
サビや劣化のスピードがいちばん遅く、痛み難い。

ただ、それは、大きな矛盾をはらんでいることも承知していて、
職人として、そこに葛藤をずっと抱えてきていた。
それは、「走る」というクルマとしての存在意義を、ある意味、抑制、抑圧している自分がいたから。
それというのも、レストア等の修理は、ちいさな飛び石ひとつで塗装が台無し、という世界。
仮に、テスト走行中に100%のもらい事故であって万全に補償されたとしても、気持ちの晴れることのない世界。
いま思い返しても、それはそれは恐ろしいくらいに神経を尖らせていたものだ。
なにしろ、高速道路での試運転や、走行シーンの撮影など、リスクのある行為をずいぶん重ねていたから。
それでも無事に大過なくクリアしてきたのは、きっと依頼者の願いが味方してくれていたのだと思う。



クルマを所有するということは、それは、やはり「走る体験」がしたいからだろう。
そのためには、「走れるクルマ」に仕上げる必要がある。
今回の企画のように、遠い旅に出られるくらいに。
あたりまえだけど、そのあたりまえは結構ハードルが高く、難しい。
たとえフレームを数値通りに修正できたとしても、足回り部品等とのマッチングがあわなければ、
不安定なクルマになることもある。
アライメントもしかり。
数値至上主義の罠ともいえるような不思議な現象も体験してきた。
完璧なメジャリングができ、「これはテスト走行するまでもないな」なんて思っていたものの、
あとで地獄をみたこともある。
皆さんにも、こんな経験はないだろうか?
「データ上は正しいのに・・なぜ・・」とか、
「理論上は間違っていないのに・・」とか、そういうことって。

そんな経験をしてきたものだから、それからは大きな損傷でなくても必ず自分でテストすることにしていた。
ようは、若い子に任せていいところとダメなところとがあるということ。
後進を育てるため、経験を積ませるために任せることは必要だけど、念のための確認も必要。
そのあたりは厳しくしすぎても、緩くしすぎても、誰のためにもならない。
もし、どこかおかしいところが残っているようだったら、共に究明していくのが理想だと思う。
見逃すでもなく、「信頼したから」と無為に責任を取らせようとするのでもなく。

「トラブルシュートこそ成長できる最高の機会」と上の立場にある者が考えられるかどうか。
特にスポーツ系は、速度域が低いうちは良くても高速域で問題が明るみになることもある。
そこを保証できるくらいまで、上の立場にある者が自分を追い込めるかどうか。
いい工場とは、そんなマインドをもった関係性のある工場だと思う。
また、失敗を失敗として受け入れ、そして、いかにしてクリアにしていくか。
そここそが熟練した者が魅せる真の腕の見せ場になるのだと思う。

それもこれも、すべては最終的な目的、「走る体験」のため。
たとえ、将来「飾るGTR」になる運命であったとしても、
走りの情熱を醸し出す、そんな雰囲気のあるクルマに仕上げたい。
抽象的だけど、ほんとうに走る車とそうでない車というのの違いは、
見る人が見ればきっと感じられるだろうから。

走る体験をもっとしたくなる、そんなクルマ。
情熱を掻き立てられる、そんな最高の一台。
共に遠い旅に出、夕陽を浴び、景色と風に流れていく。
リアルな体験でもって追求し、追い込んでいったものは心を惹く。
yoshi

Posted at 2018/08/08 19:37:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年06月03日 イイね!

GT-R Magazine 7月号「情熱 R 人生」



** 情熱「R」人生 **

僕は35のボディに手を入れたことがない。
今のように35が広まり、町の板金工場に入庫するようになる前に引退した。
だから、35のボディ構造について確かなことを言える立場にはない。
その上で思うのは、まあ、よくある損傷レベルだなと。
まず写真を見て、率直にそう思った。
おそらく内側の補強パネル類が第二世代よりも頑丈な作りになっているだろうから、
そのあたりの修正と交換作業で苦労したかもしれない。
多少なりともフロアやリヤメンバーまで及んでいるようにも見える。
あとは、やはりドアがこれだけ破損していることからAピラーへの波及がどれほどだったか。
おそらく、それなりに修正は必要だったことだろう。
個人的には、編集長の気持ちに同感で、これで廃車や部品取りにしていては勿体ない。
クルマが悲しむ。

クルマの命運というものはオーナー次第というところがある。
たしかにそうだろう。
でも、そうではないケースも多々経験してきた。
それは、誰かが事故車を買って直す、というもの。
捨てる神あれば拾う神あり。
こんな言葉もあるとおり、
まるで敗者復活戦のような逆転劇が繰り広げられることもあるから。

ただ、これが35だったからいいようなもので、もし32や他の第二世代であったらどうだろうか。
現在、外板部品は無いと聞く。
そうなると、残念ながら、このようなレベルであっても不可能に近いのかもしれない。
もしくはセカンドベストな方法として、部品取り車からの移植するのが一番リスクが少ない方法だろう。
このようにして最悪のケースを想定しておくとおかないのとでは、32をはじめとした第二世代オーナーの気持ちの持ちよう、ゆとりが違ってくることと思う。
そのためにこそ必要なのは情報網となる横のつながり、ネットワークになるのだろう。
そういう観点から今号の記事で特に気になったのは、いろいろなショップさんがイベントを開催しているということ。
今号でいえば目黒さん、グローバルさんがイベントや走行会を開催している。
この手のイベントは、ショップの利益云々というよりも楽しみ優先なんだろう。
だから、参加オーナーは皆、生き生きと参加されているようだ。

翻って、かつての自分をみてみれば、「楽しみ」という観点もあって仕事をしていたとは思う。
ただ、当時はまだ周囲の考え方がそこまでには至っていなくて、一番はやはり利益であった。
ようは、そこまで余裕がなかったのだ。
町工場のレベルでは、そこまでの大々的なサービスは難しいのが現実だから。
でも、いまになって思うことがひとつある。
ほんとうに難しかったのだろうか・・・ということ。
それは、自分ひとりの力でやろうとしていたことに問題があったのかもしれない。
イベント記事をみていたら、そう思えてくる。
というのも、けしてショップの社長なり、スタッフだけで開催しているのではないようだから。
応援者となってくれるひとや、実地にボランティア的に協力してくれるひともいたのではないだろうか。
そうすると、ここで問題点がハッキリとしてくる。
それは仲間を頼れるかどうか、ということ。
つまり、つながり。
仲間の大切さというものが効いてくるのではないか。
おそらく、かつて僕はそれに気づいていながら結局は実現できなかったと思う。
どちらかというと、職人として一匹狼的なスタンスであったように自分では思っている。
チームではあったが、気持ちとしてはいつも孤独であったことは間違いなく、
仕事の環境として味方なんだか敵なんだか、よくわからない状況になっていたかもしれない。
責任の重さもあり、とてもじゃないけど頼れるどころの話じゃなくなっていたとも思う。
だから、ざっくりいえば、全部ひとり。
ひとりで背負っていくしかなかった。
そこに苦しみが生まれのは当然のことであって、
いずれ限界にぶつかるであろうことは内心感じていたことと思う。



あらためて今号をみてみると、30万キロを超えてまだ乗り続けるための方法、抜け道がけして途絶えたわけではないことが理解できてくる。
ぼくにはそれが奇跡のように思えてならなかった。
正直な気持ち、まさか、ここまで続くとは・・・。
そんなふうに思っていたから。
だから、GTRというクルマを通してのつながりは、ほんとうに凄い力を持っているんだと思う。
つくづく、そう思う。
毎号毎号、そのつながりの素晴らしさを誌面を通じて見てきた。
辞めた人間にしたら、嬉しいような辛いような、そんな複雑な気持ちもあった。
でも、いま素直にこう思う。
つながりこそ、かけがえのない財産なんだと。
Rを通して、走りを通して、人と人がつながっていく。
たったクルマ一台で、こんなにも素晴らしいことが得られるだなんて、それこそが奇跡なんだ。
Speed Groove. yoshi
Posted at 2018/06/03 21:22:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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