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この記事は2008年に書いたものを、
かつての職人時代の思い出のひとつとして残しておくために、
当時の原文のまま再掲載しています。
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_____ タ カ ラ モ ノ _____
秋の日。
青い34GT-Rを納車した翌日。
冷え込む土曜日の深夜のことだった。
腹の具合がどうにもおかしく、寝室で横になり、腹をかばうように丸まっていた。
ジリジリと強まってくる痛みがある。
ロキソニンという強い鎮痛剤をもう1錠追加してみたが、たいして意味をなさないようだ。
痛みだしてから、かれこれ1時間が経った。
日付が変わる頃に、ついに激痛が開始された。
救急車に乗るのはこれで4回目だろうか。
いつ乗ってみても車内は寒い。
それは私の体調がそう感じさせているのか、救急車とは寒いものなのかはわからない。
ただ、救急隊員の方達はいつも暖かく接してくれる。
体温、脈拍を測り、症状と経過をやさしく尋ねられた。
しかし、そんなやさしさをあざ笑うかのように痛みはさらに強烈になっていく。
ついには横になることも出来なくなった。
地獄の苦しみとはこういうものか。
激しく襲い続けてくる。
腹をきつく締め上げられるような痛み。
ギリギリのところで必死に耐える。
「早く痛み止めを打って欲しい・・・」
かすれる声で、そう懇願するしかなかった。
救急隊員は、痛がっている者に「頑張れ!」とは声をかけない。
「痛いな。 痛いよな」と声をかけてくる。
少なくとも私の場合は、いつもそうだった。
返事すら出来る状態ではないのだが、そう声をかけられると、
いくらか気持が楽になるような感じがした。
【 共感 】
「ガンバレ!」などと励ますことしか知らないようではいけないのかもしれない。
深く悩んでいる人や困っている人が本当に欲しているのは、実は「共感」だったりする。
既に十分過ぎるほどに頑張ってきた。
本人としては、もうこれ以上頑張りようのないところまで追い詰められている。
自分がそういう場面になってはじめて身に沁みてわかった。
たとえ根性無しで頑張りが足りなかったとしても、本人が痛いと言うのならば、
その痛さをわかってあげようという救急隊員の心配りが、痛がっている者の心には優しく響く。
真夜中の搬送。
あたりまえのことだが、救急車は速い。
すべての信号をノンストップで通過した。
普段30分かかるところが10分で行けてしまう。
せっぱつまった者にとっては、ほんとうにありがたい。
病院に着き、念願の痛み止めの注射を打ってもらう。
いくぶん落ち着きだす。
やはり注射は効きが早い。
そのまま入院し、数日間、痛み止めを使い続けた。
薬が切れると、痛くてどうしようもなくなる。
しかし、1日に使える本数がきまっているため、夜は睡眠薬も使った。
何度もレントゲンを取り、CT、カメラ・・・色々な検査をした。
鼻から腸まで管を通した。
喉に管があたり、不快なことこの上ない。
点滴だけが、生きていくうえでの最低限のエネルギー源になっていた。
みるみる痩せてきた。
点滴のやり過ぎと栄養不足で血管もボロボロになっていた。
ついには点滴の針が入り難くなってしまう。
一週間が経過した。
ベッドの窓からは、大きな木が見える。
黄色く色づいた葉が、寒空の中、揺れている。
強い風。
落ちる葉・・・。
この先、自分はどうすればいいのだろう。
入院生活になれてくると、色々と考えられる時間的な余裕がでてきた。
仕事は、このルノークリオを中途半端に中断してきたままだった。
オーナーの顔が思い浮かぶ・・・。
わがままだが、退院するまでそのまま待っていて欲しいと願う。
退院がいつになるのかは、わからない。
長期戦になるにせよ、なんとかこのクルマだけは仕上げなければと思った。
仕上げて、そしてまた休めばいいと思った。
うずくまる程の強烈な痛みはなくなったが、鈍い痛みは、あいかわらず続いていた。
車椅子の生活から、なんとか自力で歩けるようになってきた。
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腐食が酷く、左右クオーターパネルそっくりを交換する。
その前に、内部の腐食を修理していく。
ボロボロで、形が無くなっている。
フロアパネルも限界。
すべて切り張りで対処することに。
ここまで分解したからには、ただ、元に戻したのでは面白くない。
GT-Rで培ったノウハウを生かし、リヤ廻りの弱そうな部分に補強パネルを追加。
スポット溶接の点数もノーマルより増やすことに。
オーナーへのささやかなプレゼント。
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【 売店のお姉さん 】
なんとか歩けるようになり、点滴台を引きずって売店まで新聞を買いに行くのが日課になっていた。
特に新聞が読みたかったというわけではなかったのだが、
飲食厳禁だったために、他に買うものがなかったというのが正直なところだった。
売店の「お姉さん」と他愛も無い話を少しする。
初老の痩せた人で、売店部で一番の年配者なのだろう、皆からお姉さんと呼ばれていた。
とても気のよさそうな人柄が漂っていた。
「腹の調子が悪くてね・・・鼻から管入れることになっちゃったよ。
腹はストレスからくるのが多いみたいでね・・・」
「そうよ。 ストレスで内臓やられる人って多いのよ・・・・ じゃあしばらくは点滴なんだね。
辛そうね。でも必ず良くなるから。」
「ありがと。 お姉さんにそう言われると何か救われる感じがするね・・・・。」
毎日、売店のお姉さんとこのような他愛もない話を少しする。
わずかな時間だったけど、入院生活の楽しみになっていた。
ストレス。
特に意識はしていなかったが、確実に蓄積していたようだった。
野に咲く花のように、ささやかでも自分らしく生きていく・・・
そんな人生もアリかもしれない・・・。
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フランスより部品が届いた。
サイドパネルASSY。(左右)
こいつを、そっくり使う。
かなり大きなパーツだ。
オーナーが個人輸入する予定だったが、送料が半端ないので
日産部品経由でオーダー。
こちらの方が安く入手できた。
ルノーと日産は提携してるので、こういう部分はとてもありがたい。
ただ、船便でドンブラコ、ドンブラコとフランスからやってくるわけだから、
傷・変形は仕方ないと覚悟していた・・・・、しかし意外なことに無傷。
T r e s b i e n !
完調ではなかったが、いくらか落ち着いてきたので退院させてもらった。
そして、中断していた作業にとりかかった。
腹に力が入らず、重いものは持てなかった。
なので、手伝ってもらいながら進めていった。
痛み出したら、休憩。
しばらく横になって落ち着かせる。
とりあえず、塗装にいくまでは自分の領分・・・・・
なんとか完了し、これで塗装に移れるようになった。
一息入れられる。
体調は、また悪化してきていたので自宅で療養することに。
しかし、強い痛みが再発。
また入院することに・・・
2回目の入院となった。
塗装にバトンタッチできたので、だいぶ気は楽になっていた。
しかし、無理の出来ない身体になっていることを痛感させられた。
まだ炎症が治りきっていないようで、完治するには時間がかかるとのこと。
どうも、しばらくは力仕事は無理なようだ・・・
しかし、そうも言ってられなかった。
塗装も2週間もあれば完了する。
その後には、パーツの組み付けが残っている。
そして、最終の仕上げ、調整・・・見直し。
すべて私の担当するところだ。
2007年も終わる頃になっていた。
預かってから、既に半年が過ぎようとしていた・・・
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【 雨ニモ負ケズ 】
オーナーはカングーに犬を乗せて、
自ら手配したパーツを持ってきつつ、作業の経過を見にきていた。
小型の犬で、名前は「アメちゃん」という。
首輪に付いていた名札が「傘」の形をしていた。
どうも「雨」が名前の由来のようだ。
「雨」という名前はめずらしく感じた。
「なんで雨なんですか?」
「宮沢賢治の”雨ニモ負ケズ”の雨なんですよ。」
アメちゃんは、捨て犬を保護する施設から引き取ってきた犬だったのだ。
何日も食べていなかったため、激しく痩せこけていたそうだ。
きっと厳しい境遇にあったのだろう・・・
毛艶の良さから、とても捨て犬だったとは思ってもみなかった私は衝撃を受けた。
保健所に持ち込まれ、殺処分される犬の数は年間およそ20万頭にもなる。
殺処分とは文字通り「殺す」ことであり、安楽死とは違う。
経済的な事情から飼えなくなったという人もいるという。
老犬になり、面倒を見るのが大変になったという人もいるという。
流行の小型犬に「買い替えた」という人もいるという。
ペットショップのケースに陳列されている子犬達は、売れないまま大きくなったらどうなるのだろうか?
犬は6ヶ月で成犬になる。
成長を遅らせるために、わざと食事を減らしているショップもあると聞く。
それで売れなかったら・・・?
ワクチンをたくさん打ち、重篤な副作用が起こるケースもあるという。
売れるから、売るために、どんどん繁殖させるブリーダー。
以前、あるブリーダーの家に子犬を見せてもらいに行ったことがある・・・
3頭産まれた子犬は既にすべて引き取り先が決まっていた。
「子犬はもういないけど、この親犬ならあげるよ」と言われ、驚いた。
「3頭しか産まなかったから・・・」
つまり、一回の出産で8頭くらい産むような犬でないと、ビジネスにならないと言いたいようだった。
「365日、いつでも買える命」
過剰供給の裏で、100秒に1頭のペースで殺処分されている現実がある。
アメちゃんがどのような経緯があって、捨てられていたのかはわからない。
しかし、人間の狡さ、人間社会の犠牲になっていたことは間違いないだろう。
元々は誰かが望んで飼っていたのだから。
雨ニモ負ケズ・・・
小さな命であっても、命は命。
「辛さに負けず、生き抜いて欲しい」と願うオーナーの心が痛いほど伝わってきた。
工場の中を元気に歩くアメちゃんは、とても可愛く微笑ましかった。
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いくらセカンドカーがあると言っても、ここまで気長に待ってくれる人は少ないだろう。
また、会社としても、代わりの職人に作業を進めさせてしまうだろう。
しかし、なんとしても、このクルマは自分の手で仕上げたかった。
ボディをドンガラ状態にして、腐食修理から寸法合わせ・・・
作業を振り返れば、そのひとつひとつに思い入れがあった。
なんとしても・・・
また退院した。
納車の日取りもきまった。
退院したとはいえ、病み上がりの身体にはキツイ。
毎日少しづつ仕上げていく。
いくらなんでも待たせ過ぎだった。
オーナーは心配していることだろう。
申し訳ない。
週末に進捗状況をメールする。
オーナーは、メールが届くのを楽しみにしていたと言う。
自分のクルマが少しづつ仕上がっていく楽しみ。
持ち込んだパーツが組み上げられていくドキドキ感。
海外から取り寄せたパーツだから、上手く付くのかどうか・・・・・。
エンスーにとっては、そういう工程も楽しみのひとつなのだろう。
ただ、まさかこれが半年にも及ぶとは考えてもいなかっただろうが・・・。
ガリガリに痩せた身体は、まるで力が出ない。
それでも、自分のイメージした仕上がりは譲りたくなかった。
オーナーからは何度も「身体優先で・・・」と励ましのメールをいただいていた。
うれしかった。
たまらなく。
【 タカラモノ 】
入手できたパーツを全て使い、可能な限り新車へと近づけた。
納車の前日、ガラスコーティングも施し、素晴らしい輝きになっていた。
クリオとの別れをするため、最後の試運転に出かけた。
組み上がったボディの状態を、実際に走ってチェックするという理由ももちろんある。
しかし、半年一緒に過ごした・・・汗かき、悩み、苦しみ、そしてなんとか仕上げた・・・
そんな気持ちの整理をつける意味の方が大きかったかもしれない。
いよいよ明日、オーナーに返すことになる。
「なんとかなったな・・・」
「なんかあれば いつでも来いよ」
「じゃあな」
オーナーは、このクルマのために新しくガレージを作られた。
入浴しながら眺められるガレージ。
素晴らしい!
・・・・・・・・・・ 深夜、クルマを眺めながら風呂に浸かる。
ボディはいつも輝くほどに磨きこまれている。
完全なガレージなので雨に濡れる心配はない。
乗れなくなった言い訳はいくらでもあった。
仕事。 家庭。
それはそれでいい。
そう思えるようになってきた。
しかし、やり切れない気持もいくらかある。
たまには自分で自分の頑張りを認めてもいいだろう。
睡眠時間は短くても、精神的に満たされるひと時があるほうがいい・・・。
若い頃は疲れていても走りに行っていた。
あてもなく。
夜道を、ただ走らすだけではあったが。
眠る欲求よりも、走る欲求の方が勝っていた・・・・・・あの頃。
思い出は、語り尽くせないほどある。
クルマをフランスから輸入した日・・・。
パーツもコツコツ集めてきた。
無事に届くのか心配になる。
交換作業も出来そうなところは自分でしてきた。
静まり返った深夜・・・パーツリストを開く。
リストを見ていると、なぜかワクワクする。
今度は、ここを換えようか・・・・夢が膨らむ。
外車の場合、海外業者とのやり取りがメインになる。
為替レートも気になってくるようになり、
「今は円安だが、そろそろ円高に向かうだろう・・・」
為替相場を予測するようにもなる。
そうやって、パーツを集めてきた。
やがて、いつしか乗るばかりが楽しみじゃないことに気付く。
維持していく楽しみというものもあるのだと。
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納車の日。
オーナーは嬉しそうに仕上がり状態を確認していた。
そして、私の方に歩み寄り、そっと手を差し出てくれた。
オーナーの手は温かく、オーナーの心がそのまま伝わってくるようだった。
すべての苦労が消し飛ぶ。
「やってよかった」
心からそう思えた瞬間だった。
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新車です!
これ以外に何と言っていいのかわかりません。
すごく気をつかいます。
腫れ物に触るように接してます。
新車のフェラーリを路上駐車できる人もいるというのに、
自分はちっちぇーなぁと思いますが、僕にとってこの車はホントに宝物で、
その宝物が新品になって戻ってきたことが 嬉しくてたまりません。
毎日会社から帰っては、にんまりと車を眺めて、奥さんに笑われてます。(きっと犬も・・)
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・・・・・ 作業した私にとっても宝物の1台。
車はオーナーの家にあるけれど、想い出はしっかり残っていますから。
やっと、またひとつ大きな仕事が終わった。
これでホッと一息つける・・・
なんとか身体を騙し騙し踏ん張ってきた。
しかし、まだ復帰するのは早かったようだ・・・・・。
納車して気が抜けたのだろう、症状をぶり返し、また入院してしまう。
3度目の入院。
看護師さん達とは、もうすっかり友達。
「まただよ・・・・よろしく」
激痛で苦しくもあったが、そんな言葉が言える心境になっていた。
開き直っていた。
死ぬのなら死ぬ。
もう、好きにしてくれ。
本当にそう思えた時、吹っ切れた。
欲。
こだわり。
恐怖。
それでも生きていた。
少しづつ快方に向かう。
そして、気付いた。
何の因縁か、こうやって生きている。
こんな自分にできることはなんだろうか?
できないことを嘆くのではなく、できることだけに全力を尽くそう。
たとえ小さな歩みであっても、なんの評価がなくても。
とにかく命あるかぎり、一生懸命生きるしかない。
生きたくても、生きられなかった命もあるのだから。
【 女の力 】
入院生活が長くなっていた。
ベッドで横になりながらテレビを見る。
「いい旅夢気分」という番組が好きだった。
のんびりと観光地を巡る・・・。
今日はボクシングの内藤大助選手が家族と旅に出るという内容だった。
王者の休日。
練習で忙しく、そしてお金もなかったらしく、久しぶりの旅行だと言っていた。
つかの間の安息。
しかし、そうであるからこそ充実して楽しんでいる様子が伝わった。
ボクサーという厳しい世界に生きる男を信じ、支え続けている夫人は素晴らしく素敵な人だった。
内藤選手のボクシングの才能を、夫人が見抜いて結婚したわけではないだろう。
将来、金持ちになるとか、有名になるとか、そんなことを計算していたわけではなく、
ただ純粋な気持ちから、一緒になっただけではないだろうか。
男は怖がりだ。
振り返れば、めげてしまう。
勝つためには前に進むしかないのに。
やさしい女は強い。
逆に言えば、強いからやさしい。
しかし、けして強さは見せない。
信じ、見守ることができる心の広さ。
そんな女には、もう観念するしかないだろう。
心から信じられている男は・・・・・
だから、どんな困難にも向かっていけるのだろう。
【 別れ 】
退院の日。
嬉しくて、売店のお姉さんに会いに行った。
売店の店員と客という関係ではある。
でも、ひと言お礼が言いたかった。
「オレ、落ち込んでいたけど、お姉さんと話していたら、なんとか乗り切れたよ。 ありがとう。」
「何言ってんだい。アンタが頑張ったんだよ。」
「お姉さん覚えてる? オレ最初、鼻から管出して、点滴しながらここに来てさ・・・
ロクに話すこともできなかったんだよね。
そんな時、なんでかよくわかんないけど、お姉さんに救われた感じがしたんだ・・・。」
子供への土産と称して、お菓子とジュースをまとめて買った。
子供はまだ2歳で、お菓子は食べられないのだが、そんなことはどうでもよかった。
今日が売店での最後の買い物・・・。
お姉さんはいくらか涙ぐんでいるようだった。
「ここに来る人は皆、最初はガックリしてるよ。 でもね、必ず良くなっていくんだ。
アタシはずっとそういうのを見てきたんだから・・・。 アンタも絶対に良くなるって、わかってたんだ。」
「そうなんだ・・・ありがとう。」
「これも、子供に持っていきな。」
お姉さんは、レジの横にあったチョコレートをプレゼントしてくれた。
「アンタ、お酒をよく飲むんでしょ。 ホント気をつけなよ。」
気遣ってくれた。
「うん。 そうするね。」
ほとんど飲まないのだが、そう答えていた。
お姉さんの言葉が、とても嬉しく感じられたのだった。
私は軽く頭を下げ、店を後にした。
お姉さんは顔をハンカチで拭いながら見送ってくれていた。
病院の帰りに近所の書店に寄ってみた。
何の気なしに「ガレージのある家」という本が目に留まり、パラパラと見てみる。
「あのクリオが載っているではないか!」
深く付き合ってきたクルマだから、見た瞬間にわかる。
私のようなスタイルで修理をしていくと、たぶん、そうなるだろう。
同じ車種でも1台1台に、どこかしら個性がある。
それは、オーナーが貼ったステッカーかもしれない。
ホイールの擦り傷かもしれない。
ドアやフェンダーの隙間かもしれない。
・・・些細な違いかもしれないが忘れてはいなかった。
【 夏の終り 】
孤独な闘いが、やっと終わった。
いや、けして孤独ではなかった。
知らないところで、気付かぬうちに、そっと見守っていてくれた人がいた。
ずっと信じ、待っていてくれた人がいた。
死を意識させられたとき、自分というものを見つめ直すこととなった。
命のはかなさを知り、一人で生きているのではないことを感じた。
そして、人の温かさ、優しさに気付くことができた。
久しぶりにクルマに乗り、海岸に向かった。
海岸通りは、いつしか爽やかで乾いた空気に変わっていた。
波の音だけがやさしく聞こえてくる。
陽が沈む夕暮れ時、誰もいない浜辺に座り、遠く海を眺める・・・
波の響きに身をまかせながら。
夏の終り。
【 RENAULT CLIO WILLIAMS 】
END
__________ 2008-09 yoshihisa style __________