速い。
とにかく速い。
ただひたすらに速い。
だが、それ以上に怖い。
ミラJターボは、おばちゃんのお買い物グレードに、シャシ性能を置き去りにした強烈なドッカンターボを搭載した頭のおかしいクルマである。
ホイールスピンしながら加速し、信号ダッシュで大排気量車を平然と置き去りにする姿は、まさに路上のテロリスト。
その一方で、ブレーキは標準車と同じソリッドディスク。サスペンションもTR-XXと共通なのはリアショックと等長ドライブシャフト程度で、加速性能との帳尻を合わせる気がまるでない。曲がらない、止まらない、正真正銘の直線番長である。
だから歴代試乗者の感想は不思議なほど一致する。
「すごい」でもなく、「よく走る」でもなく、必ず出てくる言葉が――「コレ、死ぬ。」
そんな死の香りのする、L200SミラJターボを、私は結婚前の2013年から所有し続けている。
もっとも当時の扱いは、シャレードやリーザといった80年代ダイハツ車たちを維持するためのアシ車だった。
だから愛車紹介に登録することもなかったが、それぞれの事情で歴代の愛車たちを放出しても、このJターボだけは残った。
なぜ手放さなかったのかは、自分でもよく分からない。
特に保存を意識するでもなく野ざらしのまま放置するだけで、いつしか車内にはガラクタが満載となり、タイヤは潰れ、雪の重みでワイパーやアンテナはへし折れ、もはや誰の目にも「シケ物置」にしか見えなくなっていった。
ただ朽ちていく姿を盆栽のように眺めながら、老後の楽しみにでもなればいいと思っていたのだ。
そうして車検が切れて12年の月日が流れた、ある日。
ダイハツオタクの義務として、終の車にするべく申し込んだミライースターボであったが抽選に外れてしまった。
落胆しながら庭を眺めていた時、ふと思った。
「同じような車、あるやん」
視線の先には、草ヒロと化したJターボ。
もちろん、10年以上動かしていないエンジンなど掛かるはずがないと思っていた。
だが、何かに取り憑かれたかのように古いガソリンを抜き(何故か腐っていなかった)、バッテリーとオイルを交換する。
セルが回れば上出来。
そう思いながらキーを捻る。
動かないと思っていた燃料ポンプが回った。
そして――しばらくのクランキングの後、何事もなかったかのようにエンジンが始動した。
「こいつ、動くぞ。」
12年という歳月は、人にも車にも決して短くない。
それでもEF-JLターボエンジンは、まるで昨日まで走っていたかのように調子よくアイドリングしている。
当時のダイハツ車がオーバークオリティ過ぎるというのもあるだろう。
だが、あまりにもあっさりと蘇った姿を見ていると、こう思わずにはいられない。
「このクルマは、まだ走ることを諦めていなかったのではないか」、と。
機械を擬人化するのは、あまり好きではないが、この車には意思というか、何かが宿っているのではないかと思わずにはいられない。
90年代のダイハツが生んだ狂気。
かつてアシ車だったありふれた軽自動車は、気が付けば激レア車となり脇役が主役になろうとしている。
眠りから目覚めたL200SミラJターボを、これから終の車としてゆっくり楽しもうと思う。
――君は、生き残ることができるか。(物理的にもエアコン故障だったり)