
何度か見ているこの映画だが、いったん見始めると、やっぱりまたエンドマークまで見てしまう。始まってすぐに、物語のキーである「通行証」の存在が示され、それがどう働くのか。そして物語が動き出すと、この先どうなるのかというワクワク感、そして、いくつかのナゾ。また、布石を置いておいて、それを後で決してムダにしないシナリオ。そして、思わず注目してしまうディテール(細部)描写の妙──。
これらが巧みに組み合わされ、かつ、「美貌」を辞書で引くと最初にこの顔が出てくるのではないかというような女優が主演となれば、もう何もかも諦めて(笑)ただ画面に引き込まれるしかない。映画はついにシナリオと女優である……とは、いま思いついたフレーズだが、「女優イングリッド・バーグマン」を見ているだけで、観客として幸福な時間が過ぎていく。それが「カサブランカ」でもある。
ただ、「クルマから映画を見る」という立場からは、これはとくに自動車が活躍する映画ではない。フランスの警察官やドイツの軍人が動くシーンで、1930年代造型のフェートンやオープンカーの一部が一瞬映るという程度。物語の舞台はアフリカのカサブランカだが、しかし現地ロケをしたというわけでもなく、極端な話、クルマのシーンが一切なくてもストーリーは成り立つ。
また、主人公たちは最後に航空機に乗るかどうかという問題になるが、その飛行機も全容が映るわけではない。この映画は、ほとんどハリウッドのスタジオ内で撮られたとも聞くが、そう言われると、たしかに画面はみんなそんな感じである。この映画に登場するクルマについて、唯一問題にしたい画面というのも、明らかにスタジオ撮影であり、出演者が運転席にいて、背景に映し出された(?)景色だけが動いているというやり方だ。
……で、そうやって主人公たちがドライブする際のクルマなのだが、これがどう見ても「右ハンドル車」である。大きな径のステアリングが右側に付いているクルマで、それをリック(ハンフリー・ボガート)が握り、その助手席にイルザ(イングリッド・バーグマン)が乗って、愛しげにリックに身を寄せる。
でも、この二人はパリで出会ったはず。そして、フランスは右側通行(左ハンドル)だ。二人がデートでドーバー海峡を渡った時に英国でクルマを借りた……なら、これでいいかもしれないが、しかし、この映画では英・仏はドイツと戦争中。戦時にわざわざ、そんな旅行デートができたとは思えない。
……うーん、何で「右ハンドル」なのだろう? 1930年代末から1940年代初め、パリのレンタカー屋でオープンカーを指定すると、基本的に英国車が出て来た? ひょっとして、こんな史実があったのか? シーンがあまりにも堂々としているので、思わずこんなことまで考えてしまう。
この映画は結果的には傑作・名作と評されるようになったが、事実としては、第二次大戦でアメリカがドイツと戦争中に、脚本も終幕までできあがらないような状態で、かなり慌ただしく撮影されたといわれている。でも、それならそれで、西海岸のハリウッドでそのへんにあったオープンカーを持ってきたなら、それは普通に「左ハンドル車」であろう。また英車だって、アメリカに輸出する場合はハンドルは「左」にしていたはずだ。
そして、このオープンカーはフロントウインドーを「倒せる」ようだ。だから風が二人の顔に直接当たって髪が乱れる。このへんは英国車的な光景と思えるが、でも、そんな生粋の英車が戦時下のパリにあったのか。そんなこともさらに気になる。まあ、このシーンは、アメリカからの、ともに戦っている“友軍国”イギリスへの「やっぱりオープンカーなら英国車だよね!」……という友情溢れるメッセージなのかもしれないが。
さて、「クルマ」といえば、この映画は登場人物の名前が極めて“明快”だ。カサブランカのブラック・マーケットを取り仕切っている、肥ったイタリア人が「フェラーリ」という名。そして、フランス領モロッコ、そのカサブランカ警察署長、フランス人大尉の名前が「ルノー」である。観客は、名前を聞いただけでその国籍がわかる仕組みだ。
(つづく)
ブログ一覧 |
クルマから映画を見る | 日記
Posted at
2016/02/05 20:18:48