• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

家村浩明のブログ一覧

2016年09月02日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《7》

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《7》次姉から、分数の割り算とその答えを教えられた後か。おそらく何も納得しなかったであろうタエ子は、茶の間で、切り分けられたリンゴを食べ、なおもそのリンゴを「分けて」みたりしながら、おばあちゃんと一緒にテレビを見ていた。画面から聞こえてきたのは、「♪何も言わないで ちょうだい」という倍賞千恵子の歌。(「さよならはダンスの後に」)この時、タエ子はおばあちゃんに「この人の妹、宝塚?」と訊いている。すると、祖母はすかさず「SKD」と答えた。この一家、実は芸能界にはけっこう詳しいようだ。(妹とは倍賞美津子、そして彼女はSKD=松竹歌劇団の出身)

ここで思い出すのは、映画冒頭の休暇届を出すシーンである。上司から、旅行の理由として「失恋?」と、セクハラまがいのひと言を振られた際でも、“世慣れたOL”であれば、「そうなんですよぅ、課長。いい人いませんかぁ」などとウケてやるのかもしれないが、タエ子にはそれができない。旅行の行き先にしても、「今回はパリなんですぅ」とでも言えば無難なのだろうが、その種のウソもつけない。

タエ子は上司に、事実ではあるものの、実はとても伝わりにくい「田舎に憧れているんです」という答えを返してしまう。彼女は、自分でも気づかないまま、この時、ほとんど会話を拒んでいる。タエ子の言う「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリいく」(でも、私はそうじゃなかった)とは、たとえば、こういうことなのかもしれない。

……時制が現在に戻って、蔵王で並んで歩きながら、タエ子はトシオに言った。
「いま考えてみても、やっぱり難しいのよね。分数の割り算」

その後、スキーのリフトに乗っているタエ子とトシオ。二人は山を下りているようだ。そのリフト上で、トシオはタエ子に話しかけた。
「タエ子さん、スキーやるんでしょ」
「うん、会社の人に連れられて二~三回」
「じゃあ今度、冬に来ませんか。俺、教えますよ」
「スキー得意なの? トシオさん」
「いやあ、大したことないけど。冬はここで、指導員のバイトやってるから」

この時のトシオには、おそらく何の“下心”もない。半年先の予定が決まっていると、ちょっと嬉しいな! そんな程度の気持ちで、タエ子の「冬」を確認してみたのではないか。そういえばトシオの言葉には、ウケ狙いとか半分ジョークとか、そうした“ウラ”を探らなければならないような要素がほとんどない。オモテもウラもヨコもない、ただの一枚板。野球でいえば、直球しか投げない投手。タエ子はここまでの彼との接触で、このことは感じていたはずである。

山道を駆け下りて、二人を乗せたスバルは平地に戻った。トシオは、目の前に田んぼなどの田園風景が広がる路側にクルマを停めた。“田舎好き”のタエ子は、この景色にさっそく反応する。
「あー、やっぱり、これが田舎なのね」「本物の田舎、(リゾートの)蔵王は違う」
しかしトシオは、簡単には同意しない。
「うーん、田舎かあ……」
そしてさり気なく、しかし根源的なことをタエ子に語っていく。

「都会の人は、森や林や水の流れなんか見で、すぐ自然だ自然だって、ありがたがるでしょう」「でも、山奥はともかく、田舎の景色ってやつは、みんな人間がつくったもんなんですよ」
「人間が?」
「そう、百姓が」
「あの森も? あの林も? この小川も?」
「そう。田んぼや畑だけじゃないです。みんな、ちゃーんと歴史があってね。どこそこのヒイ爺さんが植えたとか拓いたとか、大昔からタキギや落葉やキノコを採っていたとか」

「人間が自然と闘ったり、自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうぢに、うまいことでき上がってきた景色なんですよ、これは」
「じゃ、人間がいなかったら、こんな景色にならなかった?」
「うん」

スバルの車内に戻った二人は、さらに話し続ける。
「百姓は、たえず自然からもらい続けなきゃ、生きていかれないでしょう? だから自然にもね、ずーっと生きててもらえるように、百姓の方もいろいろやって来たんです」
車内には例のハンガリーの音、トシオの言う“百姓の音楽”が流れていた。
「まあ、自然と人間の共同作業っていうかな。そんなのが、たぶん田舎なんですよ」

日が変わって、水田で草取りをしていたタエ子は、一緒に作業をしているトシオにグチった。
「ああ、腰が痛くなっちゃった。有機農業、ちっともカッコよくないじゃない!」
「ハハハ(笑)カッコイイのは理念の方の話。前に言ったでしょう、生きものの手助けっていうのは、えらく大変だって」

そこに折りよく、本家のお母さんがやって来た。
「精が出ることなあ、タエ子さん。お茶にすねえか」
「ああ、助かった! ひと休みしたいと思ってたとこ」
その後、トシオに教えてもらったのか、トラクターを運転しているタエ子。そんな光景を、微笑みながらお母さんが見ていた。

ナレーション。
「トシオさんは、私に少しずつ、いろんなことを経験させてくれた」
「私は、すっかり田舎を知ったつもりになって、得意だった」

画面に、牛の乳搾りをするタエ子。そして、果物に袋を被せているタエ子の姿が映し出される。

(つづく)

○フォトは、山形県四ケ村の景色。web「やまがたへの旅」より。

◆今回の名セリフ

* 「でも、山奥はともかく、田舎の景色ってやつは、みんな人間がつくったもんなんですよ」(トシオ)

* 「人間が自然と闘ったり、自然からいろんなものをもらったりして暮らしているうぢに、うまいことでき上がってきた景色なんですよ、これは」(トシオ)

* 「百姓は、たえず自然からもらい続けなきゃ、生きていかれないでしょう? だから自然にもね、ずーっと生きててもらえるように、百姓の方もいろいろやって来たんです」(トシオ)
Posted at 2016/09/02 18:20:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年09月02日 イイね!

【 70's J-car selection 】vol.08 ミラージュ

【 70's J-car selection 】vol.08 ミラージュミラージュ A153A(1978)

1970年代の前半、日本での「前輪駆動」(FF)は「稀少」という価値観も伴った新メカニズムだった。「FF」というのはフロントエンジン/フロントホイール駆動を意味する和製英語で、外国語に強いクルマ・メディアからは、正しく「FWD」(フロントホイール・ドライブ)と言うべきだという主張もあったが。

当時、クルマ作りの基本となっていたのは後輪駆動システム。エンジンが前部にあれば、フロントエンジン/リヤ駆動で「FR」。車体後部にエンジンが搭載されている場合は、リヤエンジン/リヤ駆動で「RR」と呼んでいた。「RR」は、駆動系が後部にまとまって“省スペース”であるため、欧州では小型車に好んで採用され、軽自動車の多くも、この時代は(例外を除いて)ほとんどが「RR」方式だった。

そして三菱は、いわば、後輪駆動にこだわったメーカーだった。最初の小型車「500」はRRであり、そしてコルト以後の普通乗用車はFR。また、1962年にミニカで参入した軽乗用車でも、他社の多くがRRだったのに対して、三菱は独りFRで軽自動車を作った。(ミニカがFF化されるのは1984年の5代目からのこと)

そんな三菱だったが、1970年代の後半に「コンパクト・ハッチバック」という新ジャンルに参入する際には、さすがに潮流には逆らえず、その頃ではもう稀少ではなくなっていた「FF」レイアウトで新型コンパクト・ハッチを作った。……というわけで、このミラージュは三菱車で最初のFF乗用車なのだ。

全長に対してトレッドが広く見え(実際にも広かった)、それまでの“クルマは細長い”という既成概念を脱した全体の造形と、がっしりした台形デザインは、ひと皮剥けた新鮮なコンパクト車という印象。デビュー前年のモーターショーでお披露目されてスタイリングが注目され、1978年にマーケットに登場するや、女性層の人気も得てミラージュはヒット作となる。

(ホリデーオートBG 2000年3月より加筆修整)
Posted at 2016/09/02 05:41:13 | コメント(0) | トラックバック(0) | 00年代こんなコラムを | 日記
2016年08月31日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《6》

郊外の道を行くスバル。蔵王に向かって道が登りになり、遅い軽自動車は“ペースカー”状態になって、スバルの後方にはクルマの列ができてしまった。路肩の駐車スペースを見つけたトシオは、すばやくクルマをそこに寄せ、後続車を追い越させる。サンキュー!というクラクション。クルマについてのリアリティ(よくあること)を、この映画は何気なく挟んでくる。

蔵王に着いて、眺めのいいカフェ。小さなテーブルで向かい合って、トシオはコーヒー、タエ子はコーラを飲んでいた。ここでトシオは、いきなり訊いた。「タエ子さん、なして結婚しないんですか?」

向かい合った若い男女の間での「結婚」という言葉、さらには、未婚の理由の問いかけ。図々しい、非礼な!……という見方はもちろんできるが、この時のトシオは、ただ率直なだけだったのではないか。トシオはタエ子を「恋して」はいないが、しかし、去年、稲刈りの後の酒盛りには参加したし、今回、早朝に駅に迎えに行けと言われても断わらなかった。トシオがタエ子に「興味がある」ことは明らかで、タエ子が未婚であることも、既に本家から聞いて知っていたはずだ。

自分の身の回り(山形)では、女は「適齢期」になれば周りが放っておかないし、だいたいみんな“片づく”というか嫁に行く。でも東京では、そのあたりは事情が違うのか。さらには、“東京の女”タエ子に彼氏はいるのか。そして、いないから結婚してないのか、いや、いるのに“まだ”なのか?

誰もが訊きたい質問(Q)その1というか、ともかくトシオが気になることのイチバンをひと言にしたのが、「タエ子さん、なして……」だったのだろう。この時のトシオにとっては、この質問を「しない」ことの方がずっと不自然だった。そしてタエ子にとっては、これは想定内の「Q」で、だから嫌がることもなく即答でアンサーした。「えっ? あ、結婚しないとおかしい?」「いまは仕事をする女性が増えてるでしょ。私の友だちでも、結婚してない人の方が多いくらいよ」

そして蔵王でのタエ子には、そんな「いま」のことより、もっとほかに話したいテーマがあったようだ。
「ねえ、トシオさん。小学校の時、分数の割り算、すぐできた?」
「は?」
「分子と分母ひっくりかえして掛けるって、教わった通りにスンナリできた?」

「小学5年生の自分」を山形に連れて来てしまったタエ子は、ナオコには「エナメルバッグ~父に頬を打たれた事件」を語ったが、同じようにして、ここではトシオに新たな“告白”をしようとしている。

ただしトシオは、そんな小学生の頃のことなど憶えていなかった。
「いいわねえ。憶えてないのは、スンナリできたからよ」
タエ子は続ける。
「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリ行くらしいのよ」
「は?」
言われたトシオは、さらにわからない(笑)。

「リエちゃんというおっとりした子がいてね。算数ぜんぜん得意じゃなかったけど、素直に、分子と分母ひっくりかえして100点!」
「その子は素直にスクスク育って、いまはもうお母さん。二人の子持ちよ」
「私はダメだったのよねえ……。アタマ悪いくせに、こだわるタチなのよね」

……1966年、岡島家の茶の間。小学生のタエ子は、分数の割り算の問題が「25点」だった。その答案を見ている母に、タエ子は懸命にイイワケする。
「あのね、このテストの前ね、図工だったの。 でもって、吹き絵をやったの」
「画用紙に絵の具を垂らしてね、フーって吹いて模様つくっていくの」
「フーって吹くでしょ、フーって」
「あたま、痛くなっちゃったのよね。フーってたくさん吹いたから」

なかなか可愛いシーンだが、母は冷たい。「それで、このお点なの?」「間違ったところの正しいお答え、わかってるの?」「ヤエ子姉ちゃんに、教えてもらっときなさいよ」

しかし、その答案を見たヤエ子(次姉)は驚愕し、大騒ぎで二階から駆け下りて、母に訴えた。「お母さん! なっ、なによこれ。どっ、どうしてなの!」「タエ子、アタマどうかしちゃったんじゃないの!」

「教えてやってって、言ってるでしょ」
「だって普通にやってれば、こんな点、取るわけないわよ」
「だから、普通じゃないの。タエ子は」
二階から降りてきたタエ子にも、このやり取りが聞こえてしまう。顔を見合わせる母と次姉ヤエ子。

“高二の秀才”であるヤエ子は、タエ子が「わからない」ことがわからない……というか想像ができない。
「分母と分子をひっくりかえして、掛けりゃいいだけじゃないの。学校で、そう教わったでしょ」
言いながら、答案用紙に、正しい解き方の式を書いていくヤエ子。

しかし、この時のタエ子が欲していたのは、算数としての答えや、こうすれば答えが出せるというノウハウではなかったであろう。「分数で分数を割る」ということの概念というか意味というか、さらには哲学というのか──。その種の説明を、数学の公式によってではなく、文系の少女であるタエ子にもわかるように、言葉や目に見える図解によって知りたかった。

「分数を分数で割るってどういうこと?」
小学5年生のタエ子は、呟くように言いながら、高二の姉の前で、“自分のための絵”を描いていく。円を3分割して、まず3分の2を設定する。
「3分の2個のリンゴを、4分の1で割るっていうのは、3分の2個のリンゴを4人で分けると、ひとり何個かってことでしょ?」

……私も算数ができないので(笑)、このような「絵」によるタエ子の解釈というかアプローチが、数学的に正しいのかどうかはわからない。ただ“高二の秀才”であるヤエ子はすぐに否定したから、この図解はきっと間違っているのだろう。

“普通人”で秀才である姉のヤエ子は、あくまで自分のフィールドでタエ子に教えようとする。
「とにかく! リンゴにこだわるから わかんないのよ」「掛け算はそのまま、割り算はひっくり返すって、覚えればいいの!」

(つづく)

◆今回の名セリフ

* 「小学校の時、分数の割り算、すぐできた?」(タエ子)

* 「分数の割り算がスンナリできた人は、その後の人生もスンナリ行くらしいのよ」(タエ子)

* 「分数を分数で割るってどういうこと?」(タエ子)
Posted at 2016/08/31 20:54:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年08月30日 イイね!

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《5》

映画『おもひでぽろぽろ』の「スバルR-2」が絶妙だ! 《5》市街地を抜け、田園風景の中を行くスバル。車内では、タエ子とトシオの会話が弾んでいる。
「紅花摘みに来たって、染色か何かやってるんですか?」
「いいえ、ただの物好き。ほら、紅花って珍しいでしょ」
「いやあ、名前ばっかり有名でね。とうの昔にすたれた特産品ですから。俺ンとこでも作ってないし」

「でも、江戸時代はスゴかったんでしょう?」
「そう、紅花大尽とかね。儲けた人にはスゴかったんでしょうが、百姓にはただの作物ですからね。……えーと、『行く末は 誰が肌ふれん 紅の花』って知ってますか?」
「ええ。 芭蕉の句でしょ。来る前に調べたから」
「へへ、いや実は俺も一夜漬けで(笑)。その本に書いてあったんですけどね、花摘みをする女たちは、一生にいっぺんだって、紅なんか付けられなかったって」

空が明るくなり、話題が農業のことになって、トシオは「有機農業」をタエ子にレクチャーした。
「オレはね、一生懸命やれそうなんです、農業。おもしろいですよ、生きものを育てるっていうのは」
「酪農の方も?」
「あ、そうじゃないです。牛もニワトリも飼ってるけど、イネだってリンゴだってサクランボだって、生きものでしょ」

「有機農業は堆肥なんか使って、農薬や化学肥料はできるだけ使わない農業」「生きもの自体が持っている生命力を引き出して、人間はそれを手助けするだけっていう、カッコいい農業のことなんです」

タエ子は列車から降りてそのまま、農作業をするための畑に向かっていた。それでいいのかと、トシオは先刻、タエ子に確認している。花畑が見えてきて、クルマは農道へと右折。道は穴ぼこだらけで、そこに昨日降った雨水が溜まっている。右折の際にマフラーから一瞬白いケムリが出たのは、R-2のエンジンが2サイクルだからか。(芸が細かい!)

やがて、周りが黄色い花が一面に咲く花畑になる。タエ子はそこで、農家の人たちの満面の笑みに迎えられた。「タエ子さん、よく来たこと」「よく来た、よく来たなあ!」「疲れてないかあ?」

タエ子は「いいえ、ちっとも」「ほら、元気いっぱい」と応じて、彼らに自身のモンペ姿を見せた。これは列車内で、既に着替えていたようだ。「あれえ、モンペなんか穿いて、張り切ってるでねえの」「いやあ、いまどき、ここらの若妻でもメッタに穿かね。タエ子さんの方が、よっぽど本格的だぁ。ハハハ(笑)」

ナレーション
「こうして、私の二度目の田舎生活が始まった」
「この黄色い花から、どうして、あんなに鮮やかな紅色が生まれるのだろう」
「ひと握りの紅を採るには、この花びら60貫が必要で、玉虫色に輝く純粋の紅は 当時でさえ、金と同じ値段だったという」

作業をしている畑に、朝日が昇った。太陽に向かって、手を合わせるおばあちゃん。タエ子もそれに倣っている。こうして花摘みに始まり、その後の処理や加工など、タエ子は一連の農作業の手伝いをしていく。

タエ子のナレーション。
「いまでは機械を入れたり、いくぶん手間を省いてはいるけれども、こうした作業のすべてを、毎日、花摘みをしながら繰り返す」
「花餅はカビやすく、花は摘みどきがあって、待ってはくれない」
「やっと摘み終えて振り返ってみると、いつの間にか、また新しい花が咲いている」
「梅雨の雨は容赦なく降り注ぎ、時には仕事が深夜に及ぶこともある」

今回、タエ子が山形にやって来たのは梅雨時のようだ。そしてタエ子は、去年は稲刈りを手伝ったと言っていた。稲の収穫は秋のはずだから、そうすると、タエ子は半年も間をおかずに、この農家に野良仕事をしに来ているということか。

タエ子は言う(ナレーション)。
「あっという間に一日一日が経ち、私は快く疲れ、遠い昔の『花摘み乙女』の身の上を思った」
「もし子どもの時、こんな手伝いをやる機会があったら、読書感想文なんかじゃなくて、もっと生き生きした作文が書けたのに──」

作業を終えたタエ子が、軽トラ(このクルマはナンバープレートが黄色だ)の荷台に乗って、農家(本家)に帰って来た。そこでは娘のナオコが、高価なプーマの靴を買ってくれと親にねだっている。それを見て、「小学5年生の私」を山形に連れてきているタエ子は、よみがえる自身の「10歳の頃」と向き合ってしまった。

……着るものにしても持ち物にしても、姉たちの“お下がり”しか回ってこない(と感じている)小学生のタエ子。ほしいと思っているエナメルのハンドバッグも、次姉は、なかなかタエ子におろしてくれない。そして、家族で食事に出かける際にダダをこねすぎ、果ては裸足で玄関の外に飛び出して、いつもは優しい父に平手で頬を張られてしまった。

この記憶とエピソードを、トマトを収穫しながら(これはたぶん夕食用だ)タエ子はナオコに語っている。
「お出かけは、もちろん中止。ほっぺたが腫れて、タオルで冷やしたんだけど、いつまでもジンジン痛むの」

「お父さんに叩かれたの、 それが初めて?」
「うん。初めてで終わり。一回だけ」
「ふーん……。あたしなんか、時々でもないけど、何回かあるよ」
「一度だけだと、じゃあ、どうしてあの時って考えちゃうのよね」

ナオコと二人で歩きながら、タエ子はふと見つけたカタツムリを手に取って、自分の手の甲に載せた。
「でも、タエ子姉ちゃんが子どもの頃ワガママだったなんて、信じられない」
「ワガママでね。好き嫌いもタマネギだけじゃなかったし」
「ああ、なんだかあたし、安心しちゃった(笑)」
そしてナオコは、タエ子に耳打ちする。
「あたし、プーマの靴あきらめる」
「えらい! じゃあ、お小遣い、奮発しちゃおうかな(笑)」

二人が戻った本家の中庭には、スバルが駐まっていた。トシオが来ているようだ。水で冷やしてあったキュウリを囓ったトシオは、「タエ子さん。明日、蔵王へドライブに行きませんか、息抜きに」と誘った。
「山寺は去年行ったって聞いたから。あっ、先に本家のOK取って来た」
「まあ」
タエ子は嬉しそうに笑みを返す。

(つづく)

○フォトは山形・高瀬地区の紅花畑。web「やまがたへの旅」より。
 
◆今回の名セリフ

* 「牛もニワトリも飼ってるけど、イネだってリンゴだってサクランボだって、生きものでしょ」(トシオ)

* 「生きもの自体が持っている生命力を引き出して、人間はそれを手助けするだけっていう、カッコイイ農業のことなんです」(トシオ)

* 「花餅はカビやすく、花は摘みどきがあって、待ってはくれない」「やっと摘み終えて振り返ってみると、いつの間にか、また新しい花が咲いている」(タエ子)

* 「一度だけだと、じゃあ、どうしてあの時って考えちゃうのよね」(タエ子)

* 「あたし、プーマの靴あきらめる」(ナオコ)
Posted at 2016/08/30 21:09:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
2016年08月30日 イイね!

【 70's J-car selection 】vol.07 シビックRS

【 70's J-car selection 】vol.07 シビックRSシビック1200RS SB1(1974)

もし、1970年代前半のオイル・ショック(第一次石油危機・1973年)が無かったら、このモデルは、もっと華やかな生涯を送れたのではなかったか。ベース車からしてかなり俊敏だったシビックに加わった新バージョンだったが、デビュー当時はちょうど石油危機の真っ最中。日本中がいろいろな意味での“自粛”モードになっていて、そんな時に登場することになってしまったのが、この仕様(RS)だった。

「RS」というのは何、どういう意味ですか?……と世間様から問われることを想定したのか、メーカーは何と、それは「ロード・セイリング」ですという答えを用意していた。もちろん開発陣にとっては、そんな“ふやけた”意味合いの追加仕様ではなく、スピリットはハッキリ「モータースポーツ」。「R」はレーシングで、「S」はスポーツだったと、当時のスタッフは証言する。

ゆえに、エンジンはシリンダーヘッドを“全交換”してツインカムにする予定だったし、タイヤのサイズも上げて、さらにワイドにするというプランもあった。しかし、この点についても、当時の社会情勢が関与してきた。後付けオーバー・フェンダーと「暴走族」はリンクしている。これがその頃の“当局”の判断で、「RS」はタイヤのサイズアップというチューンを行なうことができなかった。

……「ロード・セイリング」という言葉の範囲内で作られた「RS」は、シビックより“ちょっとだけ速い”クルマとしてまとめるしかなかった。いろんな意味で中途半端なモデルになってしまったと開発陣は述懐するが、それでも、人気のシビックに加わった新バージョンとして注目され、レア物としてのポジショニングも得て、今日に至っている。

(ホリデーオートBG 2000年3月より加筆修整)
Posted at 2016/08/30 04:43:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | 00年代こんなコラムを | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

プロフィール

「【 20世紀 J-Car select 】vol.14 スカイラインGT S-54 http://cvw.jp/b/2106389/39179052/
何シテル?   01/15 10:59
家村浩明です、どうぞよろしく。 クルマとその世界への関心から、いろいろ文章を書いてきました。 「クルマは多面体の鏡である」なんて、最初の本の前書きに...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/9 >>

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

愛車一覧

スバル R1 スバル R1
スバル R1に乗っています。デビュー時から、これは21世紀の“テントウムシ”だと思ってい ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation