今回は1970年代の日本車デザインを「様式」として眺めてみます。
以前、「80年代にファセット様式が確立した」とまとめましたが、この「ファセット様式」が生まれる前夜、日本車はどんな美学を追いかけていたのか。
自分の少年時代の記憶と、様々なデータを照らし合わせながら整理してみると、“二重構造”の時代だったのではないかと感じました。
少年時代の記憶をたどると、当時の日本(特に若者)は本当にアメリカデザインに憧れていたように思います。
マッスルカーの佇まい、太いCピラー、サーフィンライン…。あの“おおらかで強そうな雰囲気”は、クルマ好きの若者の心を一発で持っていく力がありました。
一方で、性能志向の人たち、今で言う玄人系のオタク層は欧州車を見ていたように思います。
BMWの端正さ、アルファロメオのシャープさ、ポルシェの流麗さ。フェラーリやランボルギーニが主役のスーパーカーブームもありましたし、「本物のスポーツは欧州だよな」という空気は、子供の自分でも感じていました。サーキットの狼に夢中になっていた小学生は、免許も持てないのにスーパーカー消しゴムを弾きながら「コルベットは直線が速いだけだよなー。やっぱりコーナリング性能はロータスだからなー。」なんて言っていた記憶があります(笑)。
つまり
70年代の日本車は、文化的にアメリカを見ていた層と、性能的に欧州を見ていた層があった。
言い換えると、
「日本車はアメリカを見ていたし、欧州も見ていた」。
この二重構造がそのままデザインに反映されていた時代が70年代だったのだと思います。
当時の一般的な日本人の感覚としては、
アメリカ車=高性能
アメリカ車=優れたデザイン
アメリカ車=憧れの対象
という認識が強かったように思います。豪華装備、マッチョなプロポーション、ロングノーズ、太いCピラー、装飾的なラインなど、アメリカ的な要素を積極的に取り込んでいたのも自然な流れだったのでしょう。
同時に欧州ではすでに、
VWゴルフ(コンパクトハッチの原型)
BMW・メルセデス(セダンのフォーマット確立)
ポルシェ・フェラーリ・ランボルギーニ(スーパーカーの造形言語)
が確立していました。性能志向の人たちは、こちらの美学を強く意識していたはずです。
1980年代に日本車が「ファセット様式」という独自の直線基調デザインを確立するまでの約10年間、1970〜80年は「模索と吸収」の時代だったと考えています。
欧米のデザインフォーマットを必死に取り込みながら、技術的制約と市場の価値観の中で独自の造形を探っていた時代。(これを「パクリ」と言う人もいますが、当時の日本は悪意ではなく、欧米の技術力に少しでも追いつこうと“学習”していたのだと思います。)
1970年代の日本車は、今日の基準で見れば動力性能が必要十分とは言えないモデルが多く、坂道や高速道路では「辛い」と感じるスペックが一般的でした。だからこそユーザーは“性能”を強く意識していたはずです。
「お金を出せば性能が手に入る(高級車=高性能車)」
「性能こそが魅力」
「スペック競争こそブランド価値」
という価値観が社会全体に浸透していた。結果として、デザインは性能を引き立てる“器”として扱われ、欧米の高性能車のイメージを借りることが重要だったのだと思います。
デザインの細部で言えば、1970年代の車は現代のように「フロントフェイスがボンネットへ回り込み、サイドへ連続し、一体化したマスクとして成立する」というデザインはまだ存在せず、フロントフェイスが完全に独立したパーツでした。ヘッドライトも丸型シールドビームが唯一の選択肢で、2灯か4灯、グリルの中に置くか隣接させるかしかなく、この制約が当時の“顔”のデザインを大きく規定していました。
ボディタイプも、当時の日本では
2ドア=ノッチバッククーペ
4ドア=ノッチバックセダン
という明確な認識があり、ボディタイプそのものがデザインのキャラクター付けと強く結びついていました。ハッチバックはトヨタでは「リフトバック」と呼ばれ、実用車というよりクーペの派生としてのファストバック的立ち位置で、欧州のゴルフのような“コンパクトハッチ”が日本に根付くのはもう少し後になります。
ここで、70年代の具体的なデザイン例を挙げてみます。
● トヨタ カローラ Levin / TE27(1972–74)

アルファロメオ・ジュリアの影響を強く受けたと考えられるモデル。
シャープさを出しにくい時代に、塊感を巧みにまとめた。
欧州スポーツの端正さを日本流に翻訳した初期例。
● 日産 フェアレディZ / S30(1969–78)

ロングノーズ・ショートデッキというスポーツカーの理想形。
当時のプレス技術では異例の流麗さ。
“日本車が欧米を模倣しつつ、ついに追いついた”瞬間。
● マツダ サバンナRX-7 / FB(1978–85)

シンプルな線と面で構成されたファストバッククーペ。
リアのガラスハッチが特徴。
ポルシェ924に酷似し「プアマンズポルシェ」と呼ばれた。
● トヨタ セリカ / A40(1977–81)

トヨタUSAデザインによる直線基調。
直線だがシャープではなく“大味”。
次のA60でファセット様式へ進化。
● 三菱 ギャランΣ / A121(1976–80)

シンプルな直線基調のシャープなデザイン。
飾り気のないスタイリッシュさ。
後のファセット様式の萌芽。
● マツダ コスモAP(1975–81)

“高級車=アメリカ車”という価値観を体現。
微妙な曲線を多用した秀逸な造形。
日本車がアメリカ的ゴージャスさを本気で追求した例。
● 日産 スカイライン / C110(1972–77)

“ケンメリ”。
太いCピラー、サーフィンライン、丸型テールランプ。
アメリカンな雰囲気と塊感が強く、後のスカイラインのアイデンティティを確立。
これらの車種は、70年代の日本車が欧米の様式をどう受け止め、どう翻訳しようとしていたかを象徴するモデルだと思います。
以前、勝手に命名した80年代の「ファセット様式」が“直線と面の明確な構成”だとすると、今回の70年代はどういう様式と言えるか。
私としては
「プレ・モダン曲面様式」という名前を付けてみました。
曲面を作ろうとしているのにエッジが曖昧。
面の切り替えが弱く、結果として塊感が強い。
当時の量産プレス技術の限界でメリハリが出ない。
そして欧米の様式を日本の技術で翻訳した結果の“混成感”。
この様式はさらに二つに分けられる。
米国系(American‑Influenced)
文化的憧れがそのまま形になった系統。
太いCピラー、ロングノーズ、サーフィンライン、マッチョな雰囲気。
代表例はケンメリ、コスモAP、セリカA40。
欧州系(European‑Influenced)
性能志向の人たちが見ていた欧州の美学を、日本流に翻訳した系統。
端正なプロポーション、シンプルな線と面、ファストバックの多用。
代表例はTE27、RX-7 FB、ギャランΣ、フェアレディZ S30。
これら様式が複雑に絡み合い、曖昧な曲面と塊感が支配する“吸収の時代”だった、と結論づけてみました。
そして80年代に入ると、日本車はついにファセット様式という独自の直線美を確立します。
欧米模倣から脱却し、日本車が自立する時代が始まる。その前夜としての70年代を「プレ・モダン曲面様式」の時代として整理してみました。
日本車デザインの流れが、少しクリアに見えてきた気がします。
皆さんはどう感じますか。
Posted at 2026/08/21 20:35:59 | |
トラックバック(0) | 日記