原告は被告のI氏側部門が作成した原告車両の損害確認報告書に事実と異なる記載が見られたことから、平成30年5月21日に原告側部門が作成した原告車両およびI氏車両の損害確認報告書の提供依頼を行なった。
被告はこの事を否定しているが、これまでの原告準備書面および各書証から明らかになったとおり、原告は被告に対し提供依頼を行なっており、複数の証人がいる(甲4、甲6、甲7、甲8、甲9、甲10、甲11)。
これらについて、被告は原告が平成30年5月21日以前にI氏との損害賠償事件の書証として入手していると主張しているが、書証にはI氏車両の損害確認報告書が含まれておらず、被告のI氏側の部門により作成されたものであるため、原告が要求したものに該当しない。
原告による損害確認報告書の提供依頼は、原告が被告と契約した自動車保険の契約約款第1章第5条(1)に基づくものであるが、約款では「被保険者が対人事故または対物事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合には、当会社は、被保険者の負担する法律上の損害賠償責任の内容を確定するため、当会社が被保険者に対して支払い責任を負う限度において、被保険者の行う折衝、示談または調停もしくは訴訟の手続きについて協力または援助を行います。」と記載され、(2)以降と違い、損害保険会社(被告)に協力しない場合や非弁行為に該当する場合などの除外規定は明記されていない(甲5)。
損害保険会社が行う示談代行は、本来、非弁行為として弁護士法第七十二条に抵触するものであるが、直接請求の考え方に基づく日本弁護士連合会と日本損害保険協会の覚書により認められている。
などで、弁護士の監督の元で損害賠償に当たる必要がある。
しかし、被害者の過失が発生しない場合や、被害者が無過失を主張する場合は、被害者側損害保険会社が示談代行を行うと直接請求に該当せず、非弁行為に該当し、被害者と加害者との直接交渉を行うことを拒否し、示談交渉に介入することも同じく非弁行為に該当すると思料する。
もっとも、法に抵触するは示談代行のみであり、契約者が行う直接交渉の為に、損害保険会社が対物賠償に係る事故調査や必要な資料を提供することは法に触れず、契約約款第1章第5条(1)は(2)以降と違い、このことを踏まえた表現となっている。契約約款第1章第5条(1)が適用される条件は「被保険者が対人事故または対物事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合」となっており、被害者が主張する過失割合に依存せず、被害者が対物賠償保険を請求せずとも、加害者が100%の過失を認めない限り適用される。これは、契約者が無過失を主張し、対物賠償保険を使用する意思を示さなかったとしても、加害者が100%の過失を認めない限り、最終的な過失割合は確定しておらず、被害者に過失が発生し、対物賠償保険を使用する可能性があるためであると思料する。
このため、示談に関わる行為以外は、加害者が100%の過失を認めない限り、保険会社は契約者に対して過失がある場合と同等の対応をとらなければならない。
平成29年12月13日に発生した事故について、加害者であるI氏は原告に対し反訴を行い、I氏の主張する過失割合に基づき原告に対する損害賠償請求を行っている。原告による書面提供依頼は平成30年5月21日であるため、被告は原告に対し契約に基づき書面提供を行う義務が発生する(甲4、甲7、甲9、甲10、甲11、甲12)。
3.被告の主張について
被告は、「原告が対物賠償保険を使用する意思を表明していなかった」ことで「原告から書面提供の要請があったとしても、提供できる損害確認報告書は存在しなかった」とし、「保険金算定のために必要であると判断した場合」に作成すると主張しているが、契約約款にその様な但し書きの記載はなく、上記のとおり、契約約款を無視した主張である。
被告の主張に基づくと、被害者と加害者が別々の保険会社の契約者であったとするならば、被害者が無過失を主張すれば被害者は被害者側保険会社の援助を一切受けることが出来ないが、加害者は加害者側保険会社の援助を受けることが出来るため、被害者側が著しく不利となり、本来被害者に発生しないはずの過失が認定されれば、これに応じた賠償を被害者側保険会社が行うことになり損害となる。一方で、事故の加害者による請求を起点として被害者への援助を行えば、上記の事態を防ぐことが可能である。また、被害者と加害者が同一の保険会社であったとするならば、被告が主張するような対応を行うと、加害者のみが利益を得ることになる。
このため、被告の主張は営利企業としてあり得ない行為であり、本訴訟のように被害者と加害者が同一の保険会社の契約者の場合は、利益相反行為を肯定する主張である。
また、原告が対物賠償保険を適用しない意思(無過失の主張)を保険代理店を通して加害者側に示し、この事を被告が認識したのは平成29年12月20日であり、被告が主張する「対物賠償保険を使用する意思の表明」や「保険金算定のために必要であると判断した場合」とする損害確認報告書の作成要件について、平成29年12月20日までは原告とI氏に違いはなく、異なる対応を行う理由は存在しない(甲12)。
I氏側の損害確認報告書の作成状況に照らし合わせると、被告が原告とI氏に対等な対応を行っているのであれば、I氏側の発注日が事故翌日の平成29年12月14日であることから、この日に原告側の契約弁護士に委任し、その指揮下でアジャスターによる損害確認報告書の作成を開始し、I氏側の原告車両の損害確認報告書の初回見解日が平成29年12月20日であることから、この日までに原告側の原告車両の損害確認報告書を作成もしくは作成途中であったと思料する(乙3)。
しかし、被告が主張する契約要件を原告が満たしているにも関わらず、被告は「原告に提供できる損害確認報告書はそもそも存在しなかった」と主張していることから、被告が契約違反を行なったのは明白である。
第2 利益相反行為について
1.損害保険会社と契約者の利益相反関係について
損害保険会社と契約者は、被害者もしくは加害者の立場で見た場合、双方の利害関係は以下のとおりとなる。
a.加害者の立場
加害者の立場で見た場合、「加害者の利益=加害者の過失割合と賠償額を少なくする」が利益となり、加害者側の損害保険会社にとっては、「加害者の過失割合と賠償額を少なくする=損害保険会社の支払う賠償額が少なくなる」ため、加害者と損害保険会社は利益相反関係にならない。
b.被害者の立場
被害者の立場で見た場合、「被害者の利益=過失割を少なくし補償(損害)額を多くする」となるが、被害者側の損害保険会社にとっては、「被害者の過失割合を少なくする=損害保険会社が支払う補償額が少なくなる」ことは利益となるが、同時に「被害者の補償額を大きくする=過失割合に応じ損害保険会社が被害者に支払う補償額が多くなる」ことで損失となるため、「損害保険会社の利益=過失割合を少なくし補償額を少なくする」となり、被害者と損害保険会社は利益相反関係となる。
このため、被害者および被害者側損害保険会社が利益相反関係とならないのは、損害保険会社が被害者に補償を行う必要がない場合、つまり、過失割合が100:0の場合や、被害者が自らの補償を損害保険会社と契約していない場合のみである。
また、被害者と加害者が同一の損害保険会社の場合、契約者の利益と、損害保険会社全体での利益を比較した場合、当該条件での利害関係は以下となる。
c.損害保険会社が同一で加害者の立場
加害者の立場で見た場合、「加害者の利益=加害者の過失割合と賠償額を少なくする」が利益となり、損害保険会社にとっては、「被害者の過失割合を少なくする=被害者+加害者で見た場合の支払額は変わらない」ため、損害保険会社の利益にも損失にもならなず、被害者か加害者どちらか一方の利益を優先する必要はない。また、「加害者の賠償額を少なくする=損害保険会社の支払い額が少なくなる」ことは利益となるため、加害者と損害保険会社は利益相反関係にならない。
d.損害保険会社が同一で被害者の立場
被害者の立場で見た場合、「被害者の利益=過失割合を少なくし補償(損害)額を多くする」となるが、被害者側の損害保険会社にとっては、「被害者の過失割合を少なくする=被害者+加害者で見た場合の支払額は変わらない」ため、損害保険会社の利益にも損失にもらなず、被害者か加害者どちらか一方の利益を優先する必要はない。しかし、過失割合が100:0の可能性がある場合、「100:0とならない=被害者+加害者で見た場合の支払額は変わらない」が、加害者への補償を行った分、翌年以降の被害者の保険料が上がり、被害者が余分に支払う保険料で利益を得ることが可能となる。また、「被害者の損害額を大きくする=加害者側の立場として損害保険会社が被害者に払う補償額が多くなる」ことで、過失割合に依らず損失となり、被害者が自らの補償契約を行っていないとしても、被害者と損害保険会社は利益相反関係となる。
以上のことから、被害者と損害保険会社は、原則的に利益相反関係になり、被害者と加害者が同一の損害保険会社の場合は、どのような条件でも利益相反関係になる。
各損害保険会社は利益相反行為を避けるため社内組織を分離し、お互いに干渉しない体制を採ることで利益相反に当たらないとしているが、上記d.で示したように、これのみでは利益相反行を回避する担保がなされておらず、これらに加え、被害者と加害者に平等な対応を行い、自社の利益を優先した不誠実な行為を行っていないことを、客観的に確認できる必要がある。
つまり、事故の被害者と加害者が同一の損害保険会社の契約者である場合に利益相反行為に該当しないのは、「社内組織の分離、不干渉、契約者の平等な扱い」の3原則が客観的に確認された場合のみと思料する。
2.金融庁の指針と事情変更の原則
金融庁は「保険会社向けの総合的な監督指針」において「取引条件又は方法の変更、若しくは一方の取引の中止を行うにあたり」「利益相反の内容、開示する方法を選択した理由(他の管理方法を選択しなかった理由を含む)等を明確かつ公正に書面等の方法により開示した上で顧客の同意を得るなど、顧客の公正な取扱いを確保する」ことを保険会社に求めている。
また、当方が保険会社と結んだ自動車保険の契約約款には、利益相反に関する記載が見られないことから、取引条件又は方法の変更、若しくは一方の取引の中止を行うにあたり、事情変更の原則(民法第589条など)に基づき、書面などで当方の同意を得る必要がある。
3.被告の主張について
被告の主張は契約約款に照らし合わせれば成り立たず、原告は被告の主張する損害確認報告書の作成要件を平成29年12月20日まで満たしているが、被告は原告に対し損害確認報告書の提供を拒否するどころか、作成すらしていないと主張する。
その一方で、加害者には提供を行なっていることや、平成30年5月21日に被告社員であるK氏が「訴訟相手を訴えたことは賠償金を払う保険会社を訴えたことになるため、訴えた側に対し契約者としての対応を行わない」と主張したことから、被告は原告と加害者に平等な対応を行わず、一方の取引を中止しているのは明白である(甲1、甲2、甲7)。
この場合、金融庁の指針や事情変更の原則に従い、被告は書面等で原告の同意を事前に得る必要があるが、被告はこれを行っておらず、被告が利益相反行為を行ったのは明白である。
また、平成29年12月22日に被告の原告側部門から原告車両の損害額の提示があったが、原告側の部門が損害額の提示を行うには、原告側の部門により原告側の契約弁護士に委任し、その指揮下でアジャスターによる原告車両の損害確認報告書の作成を行う必要がある。しかし、被告は原告側の立場での損害確認報告書の作成を否定していることから、被告の主張に基けば、原告に提示された損害額は、I氏側の部門がI氏側の契約弁護士に委任し、その指揮下でI氏側のアジャスターにより作成された損害確認報告書に基づくものであると思料する。被告の主張に基けば、被告は社内組織の分離を行っておらず、被告の原告側部門はI氏側部門と情報の共有を行なっていたことになり、被告および被告のI氏側部門が委任した契約弁護士およびアジャスターについても利益相反行為を行ったことになる(甲12)。
4.損害保険業界の対応ついて
原告が行ったそんぽADRへの相談の中で、平成30年5月21日に被告社員であるK氏が主張した「訴訟相手を訴えたことは賠償金を払う保険会社を訴えたことになるため、訴えた側に対し契約者としての対応を行わない」ことが損害保険業会で広く行われていることが明らかになっている。
また、日本弁護士連合会は「保険会社は、その機能を分離し、各部署が得た情報が共有されることのないように配慮していること、並びに対象弁護士も、その分離された一方とのみ打合せ等を行うなどして利益相反等の問題が生じることのないように注意を払う」ことをもって利益相反行為とならないとしている。
しかし、第2の1.で述べたとおり、損害保険会社が機能を分離し、各部署が得た情報が共有されることのないように配慮し、契約弁護士も、その分離された一方とのみ打合せ等を行うなどの対応を取ったとしても、分離された各部署がそれぞれ保険会社全体の利益を考えて行動をすれば、結果として利益相反となり、被害者のみが不利益を被る。
また「社内組織の分離、不干渉、契約者の平等な扱い」の3原則が客観的に確認された場合に利益相反行為とならないと考えられるが、損害保険会社が加害者に有利(自社の利益)になるような資料等を作成し、契約者の平等な扱いを行わなかった場合に、被害者がこれを証明することは著しく困難であり、被害者と加害者が同一の損害保険会社の契約者である場合は、社内組織の分離ではなく、損害保険会社と関連のない弁護士およびアジャスターの元で示談交渉を行う必要があると思料する。
このことについて、どのような場合に利益相反行為に該当し、どのような場合に該当しないのか、司法の判断を求める。
第3 総括
以上のことから、被告が契約違反および利益相反を行なったのは明らかである。
また、被告の主張に基けば、被告のI氏側部門が委任した契約弁護士およびアジャスターも利益相反行為をおこなっている。
このことで原告は損害を受けており、被告は原告に対し賠償を行わなければならない。
また、被告および損害保険業界が、多くの交通事故の被害者の利益を著しく毀損しているなかで、どのような場合に利益相反行為に該当し、どのような場合に該当しないのか司法の判断を求める。
以 上