
いきなり私事ですが、私が自動車の運転免許証を取得したのは18歳になって間もなくのことでした。最初に購入したのはS13型の日産シルビア。これを皮切りに、これまでにセカンドカーも含めて13台の車を所有してきました。
その一台一台に色々な思い出がありますが、印象に深く残っている一台が「
ランチア・テーマ turbo 16v」です。北海道に住んでいた1995年に、埼玉県のマツダディーラーから中古車として購入。僅か3,000km程度しかオドメーターに刻んでいない個体でしたが、左ハンドル+マニュアルミッションということもあり、とてもお買い得なプライスで手に入れました。
当時はマツダ系列のオートザムでランチアを取り扱っていたこともあり、北海道の片田舎でも正規ディーラーがあるというのは購入の大きな動機になりました。
以来、北海道在住時代は冬を除いて毎日のように往復100kmの通勤をこなし、東京に転居する際も津軽海峡経由のルートで自走を敢行。しかし残念ながら年数や走行距離を重ねたことに加え、首都圏の猛暑は車に容赦なく襲いかかり東京で1年半ほど使った段階で冷却系が故障して廃車になりました。
この「
ランチア・テーマ turbo 16v」、なによりもその“佇まい”が気に入っての購入でした。ボクシーな4ドアセダンのボディは気品と格調を感じさせるものですが、実はCd値が0.32と空力性能もなかなかの優れもの。私が所有していた個体は直列4気筒のインタークーラーターボエンジンを搭載したもので、最高出力は175ps/5500rpm、最大トルクは29.9kg-m/2500rpm。2レベル・オーバーブースト・システムが備わり、通常の2/3までのアクセルワークでは0.65バールの過給圧ですが、一度フルスロットルをくらわせてやると0.9バールまで上昇して30秒間保持されるのです。当時勤めていたサーキットコースで試してみたのですが、あっと言う間にスピードメーターの針は200km/hに到達してしまいました。
しかし一方ではFF(前輪駆動)の弱点であるトルクステアが過大であったり、リアシートに分割可倒式が採用されていることからと特にリア周りの剛性感が不足していたりという面もありました。もっともこの車はキャラクター的に全開加速を頻繁に使うようなものではありませんので、ことさらに目くじらを立てることはありませんでしたが。
それよりも内外装の上質な雰囲気が素晴らしいものでした。インパネは今では古さを感じる“L型デザインの絶壁スタイル”ですが、ドアトリムとオーディオカバー、さらに灰皿のカバーにはアフリカンローズウッドが採用されて、室内の良いアクセントになっています。
フルオートエアコンやシートヒーターなどの快適装備も充実しているかと思えば、メーターパネルには240km/hまで刻まれたスピードメーターとレブカウンター、これらに挟まれるかたちで燃料・水温・油温・油圧という4つのメーターが備わり、ここにランチアらしいスポーティさを見いだせたりもします。
ボディサイズは全長4590mm×全幅1750mm×全高1435mm、ホイールベースが2660mm。駆動方式がFFであり、かつ比較的高めのルーフと角度の立ったピラーによって、室内はとてもルーミー。仕立ての良い内装と合わせて、ドライバーはもちろんパッセンジャーも快適な移動を楽しめる空間が用意されています。もっとも位置づけ的には相当なハイレベルにあたるモデルであり、イタリア本国では政府高官などの公用需要も少なくありませんでした。中にはストレッチド・リムジン仕様も存在しており首相専用車に使われていたくらいですから、ラグジュアリーサルーンとしての高い完成度は言うまでもないのかもしれません。
イタリア車ということでトラブルを心配しての購入だったのは事実ですが、思いのほか深刻なトラブルはありませんでした。唯一、クラッチペダルに不具合が生じて踏み込んだペダルが戻りにくくなったということはありましたが、せいぜいトラブルと呼べるのはこの事例くらい。あとはメンテナンスの面ですが、帯広のオートザムディーラーに良くしていただいたこともあり、特に困るようなことはありませんでした。もっともタイミングベルトの信頼性という欠点に対する不安は拭えなかったので、3万km毎の交換をしましたが走行距離が多い身にとっては、これだけは少々厄介な問題でした。
この「
ランチア・テーマ turbo 16v」では北海道内の海岸線を全て制覇したことがあります。1997年、この年をもって転職で北海道を離れると決めたので、思い出作りとして当時の北海道内にあった「道の駅」を全制覇することにしたのです。今よりは数が少なかったものの、それでも立地は全道各地になりますので、休みごとにあちこち走り回りました。
なにしろ日本ではマイナーな存在、聞いたところでは北海道内には10台もいなかったと言われた「
ランチア・テーマ turbo 16v」。ゆえにドイツ車に間違われたり、逆に知っている人からは興味深く見つめられたり。北海道内では8万km近くを走りましたが、その間に同じ型のモデルと遭遇したのは僅かに1回だけでした。
こんな思い出を記したのも、次のようなニュースがあったからです。
●2011 Geneva Preview: 2011 Lancia Thema, Flavia, Flavia Convertible, Grand Voyager Revealed
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egm CarTech 2011年2月14日
ランチアは3月に開催される「
第81回 ジュネーブ国際モーターショー」に、新しいテーマを出品すると発表しました。
●LANCIA AT THE 81ST GENEVA INTERNATIONAL MOTOR SHOW
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ランチア・プレスリリース 2011年2月14日
私も所有していた初代のテーマは1984年10月にデビュー。フェラーリのV8エンジンを搭載したモデルをリリースするなどの話題もありましたが、モデルライフ中に3度の大がかりなマイナーチェンジを受けて、1994年に後継となる「κ(カッパ)」にその座を譲るまで販売されていました。ちなみにこの「κ(カッパ)」もなかなか魅力的なモデルであり、特にテーマには存在しなかった2ドアクーペなどは上質かつ流麗な存在感が特徴でしたが、残念ながら日本には極僅かな数しか輸入されませんでした。
つまりテーマの名前が17年ぶりに復活することとなったのです。これは元オーナーとしても非常に嬉しいニュースであり、どのような形で復活を成し遂げるのかには自然に興味が湧きました。
ところがこの“二代目 ランチア・テーマ”は、少々残念なものでした。
ランチアは1969年から
フィアットの傘下にあるのですが、2009年からの
クライスラーとの提携関係を改めて知らされる内容となっているのです。この提携は今年に入って両社の経営統合の可能性も高いと報じられるほどに深まっていますが、“二代目 ランチア・テーマ”は2011年モデルの“
クライスラー・300C”をOEM供給されて作り出されたものになるのです。
そもそも初代も“ティーポ4プロジェクト”として、サーブ9000/フィアット・クロマ/アルファロメオ・164という3ブランドのモデル達と兄弟関係にありました。しかしそれぞれのオリジナリティはとても強く、車に詳しくない人であればこの4車種がひとつのプロジェクトから生み出されたものだとは思わなかったことでしょう。
それに対して今回の二代目は完全なOEM供給モデル。写真を見れば一目瞭然、メカニズムはもちろんのこととして、エクステリアなどのデザイン的にもベースである“
クライスラー・300C”と大差のない内容です。一応、インテリアについてはイタリアを代表する高級家具メーカー「
POLTRONA FRAU (ポルトローナ・フラウ)」が手がけていますが、内外装の造形が全く共通とあってはイタリア車ならではの味わいを感じられることも少ないように思えます。
世界的に厳しい“生き残り戦争”が繰り広げられている自動車業界。そんな中でブランド、企業の歴史を途絶えさせないための企業間提携や合併が行なわれることは、時代の流れとして致し方ない部分といえるでしょう。特にこれからは環境性能など、技術開発のスピードアップがますます加速しそうですから、資金も含めた開発体制の強化が生き残りには必須。そうなると“スケールメリット”を求める状況は止めることが出来そうにありません。
既に国際商品となっている自動車。ヨーロッパ圏もEUの発足以降、自動車については国ごとの個性が薄まりつつあります。しかし逆に長年にわたる伝統や歴史に支えられていることも変わりは無く、やはりどこかに生まれた国の香りを感じる部分があるのも事実。
しかし、ここまで共通項の多いOEMモデルでは、そんな香りはほとんど感じられないことでしょう。
2011年1月26日付のエントリでも記しましたが、特にそのブランドのフラッグシップに位置するモデルが他社からのOEM供給というのは寂しいものです。比較的潤沢なコストを用いることが可能で、サイズや販売価格の制約も小さいフラッグシップサルーンは、各ブランドの車造りに対するポリシーを具現化しているケースが多いのですが、OEM供給車ではそういった見どころがほとんどありません。
結果的には私がこれまで所有した車のうち、「
三菱ディアマンテ」に続いて「
ランチア・テーマ」も、後継はOEM供給車になることが決まってしまいました。元オーナーとしてはなんとなくブランド復活が嬉しいようで、実際にはちょっと悲しいニュースなのでした。