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2011年10月09日 イイね!

全日本ジムカーナ選手権 第8戦・2 (本庄 → 東京)

全日本ジムカーナ選手権 第8戦・2 (本庄 → 東京)全日本ジムカーナ選手権・第8戦の取材出張も二日目。決勝が行われる日曜日は、朝早くから「本庄サーキット」に入って取材活動を進めていきます。

シーズンの締めくくりとなる最終戦、チャンピオン争いを持ち越しているクラスも多く、パドックにはいつも以上に張りつめた空気が漂います。もちろん朝から晩までという訳ではなく、基本的にはジムカーナらしい和やかな雰囲気に包まれているのですが、自分が出走する時間が近づくにつれてそれぞれの選手が“戦闘モード”に入ったときの空気が、いつも以上に張りつめているという印象がありました。

今回、私は走行シーンの撮影は同行したプロカメラマン氏に任せて、人物やパドックの景色を主に撮っていました。その中で、例えば最初に掲載する写真などは、出走順が近づいてきて表情が“戦闘モード”に入ったところを捕らえることができたと思います。
被写体はN2クラスの朝山崇選手。2007年にヴィッツでN1クラスのチャンピオンを獲得し、翌年からDC2型インテグラにマシンをスイッチしてN2クラスへと移行しました。N2ではやや苦戦が続いたシーズンを過ごしていましたが、今季は好調な走りを披露。事実上の開幕戦となった名阪を制して幸先よくシーズンをスタートすると、終盤でも第6戦のもてぎ、第7戦のおおむたと連勝を飾って、チャンピオン争いの最終決戦となる本庄の地へと乗り込んできたのです。


ライバルに対して計算上は若干有利な条件にあった朝山選手。しかし、恐らくそんなことは関係なく、とにかく勝つことだけを考えて走りに臨んだのではないかと思います。
気になる結果は2本ともに1分25秒台を刻み、さらに2本目ではしっかりとタイムアップ。見事に今季4勝目を飾って自身2回目、N2クラス移行後は初めてとなる全日本チャンピオンの栄冠を獲得しました。

個人的には今を去ること4年前、2007年に朝山選手が初めての全日本タイトルを獲得した瞬間にも立ち会いました。この年はたまたまジムカーナの現場に足を運ぶ機会が多かったのですが、チャンピオンを決したのはやはり最終戦。舞台は九州の「モビリティおおむた」。2本目でトップタイムを更新して会場が興奮と大歓声に包まれたことを記憶していますが、同じような場面を再び共有することが叶いました。
フィニッシュ後、当然ですが祝福の嵐が巻き起こります。ライバルも含めてチャンピオン獲得を祝う声、握手、そして抱き合って喜ぶ姿。それは見ていて、そして撮影していて、とても清々しいものでした。


このようなチャンピオンが決する歓喜の場面が次々と繰り広げられた最終戦でしたが、もうひとつこの現場に足を運んで良かったと思うことが。
今回は二人のジムカーナ界を代表するビッグネームが現役引退を発表し、全日本でのラストランとなったのです。そのうちのお一人がSCクラスにランサー・エボリューションⅩで参戦している谷森雅彦選手。

岡山県の谷森選手は1991年にジムカーナにデビュー。2002年にナンバー無しの競技専用車両で競われる改造車クラスへと転じ、同年から今年まで実に10年連続でシリーズチャンピオンを獲得してきました。チャンピオンの回数では更に上回る記録を保持している選手がいらっしゃいますが、連覇となると谷森選手がナンバーワン。常に勝つことを宿命として戦うことは想像を絶するタフさが要求されるかと思いますが、今年も第7戦のおおむたで最終戦を待たずしてチャンピオンを確定させて、大いなる金字塔を打ち立てました。
私自身もこれまでに何度も谷森選手の走りを撮影してきましたが、この日も群を抜く速さで圧勝。ラストランだけはしっかり撮影しましたが、全日本でこの素晴らしい走りが見納めになってしまうかと思うと、やはり残念な思いも拭いきれません。


そしてSCクラスと言えば、主流のランサー・エボリューションに対してシティで立ち向かっている西田竜治選手も忘れられない存在。今回はターンの少ないパワフルなマシンに有利なコース設定でしたが、ハンデをものともせずに堂々の2位表彰台を獲得して、谷森選手とのツーショットを飾りました。
そんな西田選手、表彰式に先立って行われた谷森選手の引退セレモニーでは、贈る言葉をかけながら男泣き。大いなる目標であり続けた選手の引退を、もっとも残念に思っているのは他ならぬ西田選手なのでしょう。

表彰台ではツーショットとなった谷森選手と西田選手。最後の全日本優勝コメントを残した谷森選手と、表彰台の上でガッチリ抱き合って互いを讃え合っている姿は感動的でした。
こうした場面に立ち会えたことを自分でも嬉しく思うと同時に、この感動をどのように広くお伝えすることが出来るのだろうかと自問自答するかたちにもなった全日本ジムカーナ選手権の最終戦。ジムカーナ史の1ページを刻む貴重な声、そして多くの写真という大収穫を得られた出張となりました。


無事に取材を終えた後は関越自動車道で東京まで。結局は帰り道も同行したカメラマン氏のご自宅までは運転をお任せ、非常に珍しいことなのですが自分の車で出張しながらほとんどステアリングを握らないという一泊二日になったのでした。
 
Posted at 2011/10/19 01:50:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2011年10月08日 イイね!

全日本ジムカーナ選手権 第8戦・1 (東京 → 本庄)

全日本ジムカーナ選手権 第8戦・1 (東京 → 本庄)北海道から帰って来て、今度は落ち着く暇もあまり無く一泊二日の出張に出かけます。
向かうは埼玉県にある「本庄サーキット」。こちらで開催される全日本ジムカーナ選手権の最終戦(第8戦)を取材します。

私の場合、一口にモータースポーツと言っても関わりのあるカテゴリーがとても幅広く、サーキットレースからラリー、そしてジムカーナやダートトライアルといったスピード行事、さらにレーシングカートなどまでをテリトリーとしています。しかし残念ながら身体はひとつしかないので、全国各地で開催される競技会の全てに足を運べるというわけではありません。ただ、少なくとも全日本級のカテゴリーについては、年に一度は現場を訪れておくように心がけています。

そして今年、ジムカーナはようやく最終戦になって会場に足を運ぶことが出来るという次第。
土曜日は公開練習が行われていますが、午後イチくらいに会場入りする段取りを組んだので、朝の時間帯に事務所を出発。今回はカメラマン氏を同行するので、まずはそのご自宅まで一時間ほどかけて移動。ここからは社用車1号機(日産フーガ 350XV)のステアリングをカメラマン氏に託し、渋滞情報をにらみながら華麗なる裏道大活用で三芳サービスエリアに併設されているスマートインターチェンジまで移動。
ここから関越自動車道に入ったわけですが、よくよく考えてみたらスマートインターチェンジから高速道路に流入したのは今回が初めての経験でありました。

ほぼ予定通りの時刻に「本庄サーキット」に到着。主催者の方にご挨拶して資料などを受け取った後は、関係各位のところを挨拶周り。久しぶりにお会いする選手の方がほとんどで、特にチャンピオン争いの山場を迎えている今回、その主役となっている方々が発する“闘いのオーラ”のようなものを土曜日から感じることになりました。
公開練習日は特に撮影を本格的に行うわけでも無く。ただ、走行後に夕方行われたクラス毎の記念撮影だけは、しっかりカメラにおさめておきました。掲載したのはSA1クラスの撮影風景ですが、皆さん揃ってポーズをとっていたりします。

日暮れごろにサーキットを後にして、予約したホテルのある高崎市まで移動。今回の宿は「ホテルシーラックパル高崎」、周囲の徒歩圏内に飲食施設がほとんど無いのは不便ですが、それでもコンビニエンスストアはありますし、ホテルの駐車場は収容能力に余裕があり、かつ部屋はベッドも含めて広めで清潔で明るく快適。
同系列のホテルには以前に仙台で宿泊したことがありますが、その時と同じでとてもコストパフォーマンスに優れているという印象です。

チェックインして荷物を置いたら、夕食のために再び車で外出。今宵の食事はカメラマン氏お薦めの、上州名物をいただくことにしました。
やってきたのは「登利平」というお店。読み方は“とりへい”、群馬全域と埼玉の一部にネットワークを持つ鶏料理のお店です。

同社のサイトによると、飲食店としての立ち上げは戦後のようですが、当時からメニューにあった「鳥重」は現在に味を受け継がれて看板メニューとして人気を集めているそうです。なんでも店舗で食べるほかにも、持ち帰りの需要も多いようで、確かにネットワークの中には持ち帰り専門店も多く出店していることがわかります。

早速オーダーした「鳥めし 松重 (880円)」。長方形の器は、そのほとんどが鳥で占められています。ムネ肉のスライスと、モモ肉がともにコクのある甘めのタレで味付けられています。その下にある白飯に対して、とても食が進む味わいです。
なにより驚いたのは、ムネ肉がパサパサしていないこと。肉の持つジューシーさがしっかり残っている上で、濃いタレがうまみをさらに引き出している感じです。
また、サイドメニューとして唐揚げと鳥串もいただきましたが、これまたどちらもなかなかの美味しさ。

地元では定番のお店という位置づけだったようですが、これはまた群馬を訪れる機会があれば立ち寄ってみたいと思わせる魅力的な店を知ることが出来ました。
 
Posted at 2011/10/18 02:12:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2011年10月02日 イイね!

2011 Rally Hokkaido・4

2011 Rally Hokkaido・4Rally Hokkaido」はスタートから3日目、いよいよ競技最終日を迎えました。ラリー取材はサーキットレースの取材よりも範囲が広く、取材者の動き方も自由度が高いという特徴があります。逆に言えば競技進行のスケジュールを基本として、おのおのが何を取材したいのか、どんな写真を撮りたいのか、という目的に応じて自ら取材スケジュールの段取りを組み立てることになるわけで、この点は比較的取材パターンが固定されるサーキットレースに比べて難しい部分でもあります。

この最終日についてはどうしたものかと前夜遅くまで考えた結果、あえてSS(スペシャルステージ)の走行風景を撮影しない、という取材スケジュールを組んでみることにしました。
前日に続いて早朝出発で林道ステージに行くのは、競技終了後の制作作業を考えると体力的に厳しい感じがありますし、土曜日のうちにある程度の走行シーン撮影は終えられていたことがひとつ。そしてもうひとつは、二日目で普段はなかなか撮影しないリエゾン区間を抑えつつ、サービスパークを中心にクルーやチームの様子、個々の表情を重点的に撮影することにしたのです。
ということで山へ向かった諸氏よりはノンビリと朝を迎え、前述の各目的を達成するためのミッションを開始。お昼前にはサービスパークに入り、なんだかんだと順調に予定をこなしていきました。

夕方になっていよいよ競技はフィナーレ。最終ステージを走り終えた車両が次々にフィニッシュ、その模様や表彰式をカメラにおさめていきます。
総合優勝を飾ったのはスバルWRX・STIの新井敏弘選手組。そして全日本ラリー選手権の総合優勝は、ランサー・エボリューションⅩの柳澤宏至組となり、柳澤選手は4輪駆動車での全日本初優勝を飾りました。またJN-3クラスでは前戦に続いてプロトンサトリアネオが優勝、今回は牟田周平選手が前戦の雪辱を果たして表彰台の真ん中をゲット。JN-4とJN-3でCUSCOが優勝という活躍を見せた大会になりました。

ところで、表彰式でちょっと気になったのが観戦者のマナー。かなり早い時間帯から表彰台を望む観戦エリアには多くの脚立や椅子が置かれて、場所取りは目に余る有り様でした。ずっとその場に本人がいたというのならまだしも、さっさとやってきて物だけ置いていくというやり方は観戦マナーに欠けるとしか言えません。主催者ももっと場所取りを徹底的に禁じて、放置された脚立や椅子などは撤去する強い姿勢があって良いと思います。
また、表彰式で戦いを終えた選手に声援を送る風景は大変素晴らしいものですが、中には妙な怒鳴り声をあげているファンも見受けられました。これには一般市民の観戦者から冷たい視線が送られていましたが、マナーに欠ける厄介なコア・ファンというのは全くもって困った存在です。

閑話休題。

一通り、参加全車のフィニッシュシーンを撮影したら、優勝ドライバーのもとへと移動して喜びの表情を撮影しつつ、改めてインタビュー。
そうこうしているうちに時刻はかなり遅くなり、サービスパークからは大半の選手や関係者も離れたことから、我々もヘッドクォーター(大会本部)内にあるメディアセンターへと移動。
ここでちょっとだけ仕事をしてから、ようやく夕食タイム。とは言っても我々にとってはこれからが仕事本番、ということで昨日の昼に続いてこの日の夜も「カレーショップインデアン」、今回はサクッと店で味わってからホテルに帰ります。

ここから明日の夕方まで、ホテルの部屋で「缶詰モード」に突入です。
 
Posted at 2011/10/15 22:21:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2011年10月01日 イイね!

2011 Rally Hokkaido・3

2011 Rally Hokkaido・3「ピピピ、ピピピ、ピピピ……」という携帯電話のアラーム音で目を覚ましたのは午前3時。およそ3時間の眠りから覚めて、ホテルの窓から外を見ると当たり前ですが帯広駅前は静まり返っています。この時間帯、札幌方面から深夜着の特急列車が到着するので、その前後だけは人の動きも多少ありますが、いずれにしても丑三つ時の真っ最中。

いそいそと起き上がり、なんだかんだと支度を整えてホテルを出たのが3時40分。近くにある別のホテルで数人の取材陣と合流して、向かった先は足寄町の林道ステージにあるメディアポイントです。
このポイントへは競技車両が通る本番ステージを、決められた時間までに取材陣も自ら走って移動し、ステージ内にあるポイントまで赴かなければなりません。ゆえに早朝からの移動と相成ったわけですが、昨年の土曜日はホテル発が3時30分でしたから、ちょっとだけ楽になったと言えるのかもしれません。

現着してみると上空は青空。ただ、風の流れは速いようで天気の変化は流動的になりそうな気配です。
まずは「SS2 ASHORO LONG 1」、8時03分に1号車がスタート。しばらくすると響いてきたエギゾーストノート、まずはAPRC(FIAアジア・パシフィック・ラリー選手権)参加車両を次々に撮影していきます。ここで上位ゼッケン車両はコーナーのイン側から青空と一緒の構図で。後半ゼッケンは道の反対側に移動して、アウト側から定番とも言えるフロント7:3の構図で背景に丘陵の緑やうっすら色づき始めた木々を入れてみて。
途中30分のインターバルをはさんで今度は全日本選手権出場車両、これも前半と後半で少し場所を変えて次々に撮影していきます。

SS2が終わったら、同じステージ内で撮影ポイントの移動。ここで退出して別のステージなどに移動されたカメラマンの方も少なくありませんでしたが、当方は取り敢えずこのステージで次のポイントへ。ここから空模様とラリーは荒れ模様に転じ、リピートとなる「SS5 ASHORO LONG 2」の1号車がスタートする11時13分頃から雨が降り始めてしまいました。
上空が灰色の雲に覆われると気温も一気に下がり、一応は長袖の上着も着ていたものの寒さを感じずにはいられません。しかし競技は始まってしまったのでいまさら数百メートル離れた場所にある車まで雨合羽を取りにいくことも出来ず。
ちょっと過酷な雨に打たれながらの撮影、時が経つとなんと雹までが上空から落ちてきて、寒冷前線が勢いを増してしまいました。

なんとか撮影を終えたら再び青空も広がる空模様、なんともやりにくい限りですがどうしたものかと考えた結果、このまま同じメディアポイントに滞留して3回目のリピートステージを撮影していくことに。
待ち時間の間に濡れてしまったカメラ機材の手入れを行い、さらに携帯電話のメールに次々と入ってくる競技の進行状況をチェック。どうやら今回のRally Hokkaido、全日本選手権勢にとっては陸別ステージが大きな勝負の分かれ目となってしまったようで、上位陣も数台がコースオフや横転の憂き目にあってしまいました。

波乱の展開が色濃くなってくるなかで迎えた「SS8 ASHORO LONG 3」は14時23分に1号車がスタートというアイテナリー。するとなんとしたことか、またも競技開始のタイミングを見計らっていたかのように空は雲に覆われ、雨と雹が降り始めてしまったのです。
もうどうにもこうにもなりませんが、とにかくやってくる車をひたすらに撮り続けるしかありません。APRC勢が走り終えた頃にはなんとか雨もあがりましたが、とにかく厄介な一日となってしまいました。

結局、足寄のステージを3回撮影してからサービスパークに戻りましたが、帯広市内に到着した頃には既に日没後。夜の最終サービス風景を撮影し、何人かの選手に話をお聞きして土曜日の取材は終了。
この日の夕食は「かき揚げ丼」、閉店間際の「ゆう天」に駆け込んでいただきましたが、久しぶりの味は昔と変わらず美味しいものでありました。
 
Posted at 2011/10/15 03:23:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2011年09月30日 イイね!

2011 Rally Hokkaido・2

2011 Rally Hokkaido・2帯広入りして2日目は9月最終日、いよいよ今年の「Rally Hokkaido」も開幕日を迎えて、取材活動も本格化していきます。

とはいったものの、午前中は空き時間となってしまったため、市内のホテルを出てからサービスパークが設けられている北愛国交流広場を素通りして、そのまま社用車1号機(日産フーガ 350XV)を帯広空港方面へと走らせます。

帯広市の中心部から車を走らせることおよそ40km、やって来たのは十勝スピードウェイ。私にとっては元の職場、もっとも退職してから既に14年も経ってしまいましたが。それでも現場の常勤職員は私が勤めていたオープン当時と変わらぬ顔ぶれ、ここ最近は十勝24時間レースも開催されないので足を運ぶ機会がなかなかありませんが、久しぶりの表敬訪問となりました。

当地では草レースなどはそれなりに根付いているイベントもあるようですが、やはり集客効果もそれなりに期待できるビッグレースイベントが開催されていないのは寂しい限り。このサーキットでしか事実上国内では開催不可能な24時間耐久レース、シリーズ戦として組み込んできたスーパー耐久の凋落傾向もなかなか改善の方向に進んでいませんが、ここは新しいコンセプトの耐久レースを発信してくれることに期待したいところ。誰もが走りを楽しめる垣根の低さも良いですが、やはり見て楽しむ、憧れを抱くのもモータースポーツの振興には欠かせない一面ですから、何かしらのアクションを起こしてほしいものです。

一時間ちょっとの訪問を終えて、北愛国交流広場のサービスパークへと移動。こちらでは選手や関係者との情報交換を進めましたが、その中で株式会社キャロッセが行った「プロトンサトリアネオ Project 活動発表会」の模様も取材。
同社は今年からマレーシアの自動車メーカーであるプロトン社とパートナーシップを組み、サトリアネオという1,600ccエンジンのハッチバックモデルを輸入販売しています。
これは手軽に安価なコストでモータースポーツを始めるためのベース車が少ない現状に対するひとつのチャレンジであり、今季は全日本ラリー選手権に参戦して優勝も飾り、そのポテンシャルを証明しています。

決してハイパワーではなく、昨今のパワー競争からすればごく普通のスペックですが、こうした車でしっかりドライビングスキルを育むことがドライバーにとっては重要なポイント。若手にとっては将来のステップアップに向けた基盤作りにピッタリですし、安価ということは長く続けられることにも繋がりますので、シニア層のホビーとしての参加型モータースポーツ活動にも打って付けの一台です
この発表会ではこれまで、そして今後の取り組みについてなどが説明され、今回の「Rally Hokkaido」で同車を駆って出場する選手も顔を揃えて賑やかなものになりました。

この発表会が終わったら、今後は帯広駅前に移動。ここからは地元・北海道在住のプロカメラマン氏の車に相乗りさせていただき、駅前で行われた開催10周年を記念しての歴代優勝者フォトセッションを取材。
撮影後は遅めの昼食用に「カレーショップインデアン」でテイクアウトのカレーを調達、そのままヘッドクォーター(大会本部)がある帯広の森へと移動して駐車場で手早く昼食の後に参加選手の記者会見を取材。

これが終わるとサービスパークに戻り、ここからはラリーショーを取材してその流れでセレモニースタートの撮影。観戦が無料開放されているSS1「SSS OBIHIRO 1」も隣接する特設コースで行われましたが、既に日は沈んで暗くなっていたので私はスタート風景の撮影に集中。
午後からはドタバタした一日、ホテルに帰って眠りについたのは日付がかわる少し前。夕食時に決まった土曜朝のホテル出発時刻は……、昨年の取材時よりはちょっとだけ遅い時刻となったのでした。
 
Posted at 2011/10/15 02:57:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記

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各種取材やウェブサイトを中心とした制作業務を行なっています。 主なテリトリーは自動車/モータースポーツ、飛行機などの交通関係。 自動車は乗用車からトラッ...
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