
自動車の世界で、近年その存在感を高めている存在といえば「ハイブリッドカー」。1997年に初代のトヨタ・プリウスが登場、当時はその先進性を讃える声がある一方で、ハイブリッドは環境対応車の本流にはなり得ないという意見もあり、その後の市場での受け入れられ方には注目が集まりました。その結果がどうなったのかは、皆さんがご承知の通り。まだまだ車種の数は限られるものの、プリウスに至っては月間の銘柄別販売ランキングで何回も首位に立ち、ハイブリッドカーはすっかり街中で頻繁に見かける光景のひとつになりました。
ここで興味深い資料を見てみましょう。
総務省・
統計局が2010年7月に公表した全国消費実態調査によると、2人以上の世帯における自動車の普及率は2009(平成21)年の時点で85.5%。ちなみに2004(平成16)年は86.2%でしたから、0.7%の減少となっています。そして2009年の国産ハイブリッド車・電気自動車の普及率は、同じく2人以上世帯で1.9%。数字としては小さいものですが、自動車全体に対する普及率として見れば納得のいく数字でもあります。
ちなみに国産ハイブリッド車・電気自動車の普及率を地域別に見ると、4.0%と圧倒的にトップなのが栃木県。2位は3.5%の茨城県、3位が3.2%の愛知県、そして4位は2.9%の岐阜県。要するに自家用車通勤をしている方が多い自動車メーカーや関連企業の立地している地域で、多く普及しているという現状を読み取ることが出来ます。また、逆に普及率が低いのは、長崎県が0.8%、沖縄県・和歌山県・大阪府・長野県が1.0%、青森県が1.1%といったところです。
さて、今後ますます普及が進むと見られるハイブリッド車ですが、最近になってニューモデルが誕生しました。
トヨタが9月5日に発表・発売した「
カムリ」です。
このブランドネームも、気がつけば初代FFカムリの誕生から30年ほどが過ぎており、今回で9代目への進化となりました。なお、さらにルーツをさかのぼると1980年に登場したFR(後輪駆動)の4ドアセダンであり、セリカやカリーナと兄弟関係にある「セリカ・カムリ」にたどりつきます。このモデルはやや硬派な感じでしたが、1982年にFF化されて以降はルーミーで使い勝手の良いファミリー向けセダンとして、また北米を中心とした世界各地の市場に供給する世界戦略車というキャラクターになっています。
もっとも、日本では5代目までが5ナンバーサイズ、6代目以降は3ナンバーサイズのボディをまといましたが、カローラやコロナ、マークIIといった身内のライバルに対してブランドバリューが高いとは言えず、あまり目立たない存在であり続けました。特にミニバンの普及と比例するように4ドアセダン市場が冷え込んできた近年では街中で見かける機会もめっきり減ってしまい、実際の数字を見ても2010年のデータで、北米でカムリは全体の52%を販売しているのに対して、日本は市場規模の小さいいくつかの地域と合わせても僅かに全体の約1%に過ぎないのです。
そんなカムリは北米では日本でいう往年のカローラのような存在で、ポピュラーなファミリーセダンとして絶大な人気を誇ります。実に13年間も全米での販売台数1位を続けてきたことで、その事実は明らかです。また、最近では経済発展が著しい中国やロシアの市場でも人気を高めています。これらの地域では日本でいうクラウンのような存在価値があり、後席にゲストを招くような使われ方もしています。
もちろん9代目となった新型の「
カムリ」も世界戦略車という位置づけは従来同様。ただし、北米市場向けは若干テイストを違えた独自のデザインを採用して、それ以外の市場向けとは変化をつけてきました。そして日本市場向けに対しては、ハイブリッド専用車という大胆な展開で打って出てきました。
もっとも考えてみればこれはなかなか的を射たもので、このクラスのセダンでハイブリッドは皆無でした。トヨタでは「
SAI」が価格帯などで近い立ち位置ですが、あちらはコンパクトな高級車というコンセプトも掲げており、内外装ともに意欲的なチャレンジを見せています。逆に言えばこの時代にセダンを選ぶ保守的なユーザー層や高齢者には抵抗を感じる人も少なからずいるわけで、こうした客層に「
カムリ」がピタリとマッチしてくるわけです。
先に埼玉県内のショッピングモールで実車を見てきましたが、デザインは中国市場の好みもそれなりに反映させた感じを受けるところ。保守的な中に、ディテールで車格相応の存在感を出していこうという意図が見えるように思えます。
この展示場はトヨタ系列の各車が隣同士に並んでいるので、まとめて似たようなポジショニングの車とも比較してみました。対象は「
SAI」と「
マークX」ですが、改めて座り比べてみると確実にそこには差を見いだすことが出来ます。
まず「
SAI」について言えば、独特な主張を持つインテリアに対しては、他の2台と比較することの意味を持たないことが改めてわかります。インテリアについて言えば、この主張に共感できるか否か。これだけでも購入するかどうかの動機として成立するでしょう。パッケージングは3台の中でもっともコンパクトなボディですが、なかなか効率は良さそうです。前後席ともに頭上空間の余裕もあるので理想的なドライビングポジションをとれますし、後席でも大人が寛ぐことが可能です。なによりも、この扱いやすいボディサイズは魅力的であり、住環境的にあまり大きい車を持ちたくないという方には理想的な選択肢です。
次に「
マークX」。3台を比較してみると、全体的に低さが目立ちます。ゆえにスポーティさは一番ですが、逆に乗降性という面では3台の中でワーストと言わざるを得ません。昔ながらのスタイルで乗り込むモデルは、ミニバンなどに慣れた方には厳しい評価をされる可能性があります。特に高齢の方は乗降時の腰の上げ下げが大きいために、敬遠するというケースも少なくないでしょう。その一方でスポーティさと並んで、3台の中で群を抜いているのが内装の豪華さ。手に触れる部分、目につく部分の演出や細かい作り込みの巧さは、往年のマークIIにも通じるところでトヨタのお家芸が健在であることを改めて確認できました。

これらと比べて「
カムリ」の内装。写真にもあるようにT字型の全体造形は昔からのセダンユーザーでも違和感無く受け入れられる落ち着いたもの。シルバーやカーボン調の加飾パーツはやや存在感が大きすぎるような気もしますが、この辺りも年配のユーザーにとっては豪華さを感じられる部分になってくるのでしょう。
個人的にはマークXには一歩譲る豪華さや造り込みが、とてもトヨタらしいと感じたポイントです。昔からそうですが、例えば往年のクラウン、マークII、コロナ、カローラといったセダンのラインナップは、厳然たるヒエラルキーの下に商品展開がなされており、確実に車格に応じた豪華さを誰もが感じられたものです。それも巧みなところで、例えばコロナに乗っていても決して不満は出ることがないレベル。ただ、カローラと比べれば満足度や優越感を覚えられ、その反面でマークIIには「コロナよりはいいな」という手の届く範囲での羨望を抱かせるわけです。その上、クラウンとなると「コロナとは別格、かなりいいな」と思うわけですが、決して現実離れしているわけではないので、マークIIのユーザーになるとクラウンは「マークIIよりはいいな」という手の届くところに見えてくるのです。
この「
カムリ」もまさにそうで、マークX以下、プレミオ以上。これは決して悪い意味で言っているのではなく、耐久消費財、工業製品である自動車として、巧みな造り込みとマーケティングが健在であることに感服した次第です。最近の
トヨタは意味不明なマーケティング展開をしてみたり、らしくない車種を開発してみたりという"迷走"も見受けられますが、やはりその底力は侮れないと思ったところ。
さて、話を「
カムリ」に戻すと、今回のトピックスとしてはハイブリッドの4ドアセダンで初めて「トランクスルー」が装備されました。ただし、一般的なトランクスルーとは異なり、右側のみで開口部も小さめではありますが、電池を背負うという宿命を持っているハイブリッド車としては画期的な出来事です。巨大なものは無理ですが、そこそこの長尺物ならばOK。

もっとも、本当の意味で長尺物を積むための「トランクスルー」であれば、助手席スペースも使える方がベスト。しかしこの車、右側のみ、つまり日本市場では運転席側にしか開口部がありません。この件とあわせて気になったのは、バッテリーの冷却風取り入れ口が後席脇に設けられていますが、それはシートの左端に設けられています。つまり左側通行の日本市場では左右のうち圧倒的に使用頻度の高い左側のリアドアを使って乗降するたびに、この存在を気にすることになります。もっと言えば乗降時に手をつきたい位置に開口部があるので、はっきり言って邪魔と思うユーザーがほとんどでしょう。
そうです、この開口部も北米などの右側通行・左ハンドル市場に行くと、全く問題がないわけです。ハイブリッド仕様も北米では販売されますから、トランクスルーと冷却開口部の存在から、「
カムリ」が世界戦略車であると同時に、日本の市場規模は決して大きくないことも改めて思い知らされるのです。
ところでトランクスペースそのものは、なかなか広め。VDA方式で440Literという容量は、ガソリンエンジンの同クラスと比較すれば狭いですが、ハイブリッドとして見れば驚きの広さです。深さや幅も余裕があり、ゴルフバッグ4つを呑み込むスペースは、ゴルフをしないユーザーにとっても魅力的なポイントになるでしょう。
今回は展示車を短時間でチェックしてみただけですが、「
カムリ」の商品価値はまずまず悪くないと思います。
私自身も購入検討対象として考えてみたい一台ですが、ちょっと残念なのはクルーズコントロールが最上級仕様でしか装着されないことと、上級仕様にはパワーシートが備わっているのにメモリー機能がないこと。あとはステアリングのデザインがちょっと煩雑に思えることと、インテリアカラーがブラックのみ、というあたりでしょうか。