
※2011年11月29日付 「
1991年・ガイシャ初めて物語 (1) 」のつづきです。
2代目の愛車候補だった「マツダ・カペラカーゴ」のプレッシャーウェーブ・スーパーチャージャーディーゼル。ようやく手配してもらった試乗車でしたが、事前の期待値が高すぎたのか購入には至らないという結論に達して、どうしたものかと途方に暮れていました。場所は釧路市にあった「ユーノス道東・釧路店」のショールーム。平日の午後、試乗車の手配もしてくれた担当セールス(当時のユーノスでは“トレーダー”と称していました)のY嬢がコーヒーを出してくれて、私はしばらく店頭にあったカタログを適当にめくりながらボンヤリとしていました。
すると、たまたま意識することなくめくっていたカタログが「シトロエンBX」のものだったからでしょうか、Y嬢が私に車のキーを渡してくれて「気晴らしにシトロエンにでも乗ってみなよ」と言ってくれたのです。
外の駐車場に佇んでいたのはシルバーの「シトロエン・BX 19TRi」。マツダの高級ブランドと位置づけられていたユーノス系列ではロードスターなどのマツダ製車種に加えて、フランスのシトロエンも販売していました。この頃はバブル景気の恩恵もあって、輸入車の普及が進んだ時期。シトロエンは永く西武自動車販売が取り扱っていましたが、発足させたばかりの販売系列に対して商品ラインナップを満たすためにもマツダはシトロエンに白羽の矢を立てたようで、既に日本でも一定の支持を集めていた「AX」と「BX」を販売していたのです。
思えばこの店には既に何度も足を運んでおり、コスモやロードスターなどには試乗していましたが、シトロエンについてはノータッチでした。このころは比較的熱心に自動車専門誌も読んでいましたのでもちろん基礎的な知識と理解はありましたが、やはり「“トラブル”のリスクが大きい風変わりなクルマ」という先入観もあったようで、自分自身で乗ろうと思う対象ではなかったのです。
折角のご好意なので、試しにステアリングを握ってみることに。左ハンドルの4速オートマチック、もちろん“ガイシャ”ですからステアリングコラムから生えているウィンカーとワイパーのレバーは日本車と左右が逆になります。実際、この時の試乗が初めての左ハンドル体験だったのですが、そこはコンパクトな5ナンバーサイズのボディですから、特に違和感を覚えるようなこともなく。
エンジンをかけると独創的なハイドロニューマチックサスペンションにより、下がっていた車高が生き物が目覚めたかのごとく上がってくるのも雑誌で得ていた予備知識の通り。
キーだけを預けられ自由に乗ってきても良いと言われたので、適当に20分くらい近所を走ってみるかとスタートさせたのですが、パワフルさや切れ味の鋭いハンドリングフィールとは無縁だったものの、なんとも落ち着いた居心地のよい空間に驚いたことを今でも良く覚えています。
“魔法の絨毯”などと形容されるハイドロニューマチックがもたらすフラットで素晴らしい乗り心地。ダルなように見えて意外と切れ味も鋭いハンドリング。踏力に対して確実に効いてくれるブレーキング。やや日本の道路事情に対してはマッチングに難ありとされたZF製のオートマチックも、北海道がヨーロッパの環境に近いこともあるのか大きな違和感を覚えるほどでもなく。あえてもっとも違和感を拭いきれなかった部分と言えば、広大なステアリングのセンターパッドではなくライトレバーを押し込むことで作動するホーンくらいなものでしょうか。
店に戻って「どうだった?」という問いには、素直に感じたまま「素晴らしい!」と回答。しかし新車価格は300万円以上、予算的には全く縁遠い存在ですし、120km離れた帯広在住ということでメンテナンスの不安があることも伝えました。
すると……。
「あの試乗車、売るよ!」
そう、たった今ステアリングを握った個体そのものを、中古車として売るというのです。走行距離は3,000km、車検2年付。要するに1年落ちのディーラーもの、無事故の試乗車落ち。気になる価格はフランス車の相場に沿って、かなりお買い得。
気になるメンテナンスについては販売会社が釧路のみならず帯広エリアもカバーしているので、ユーノスの看板こそ掲げていないものの会社は同じなので対応は可能とのこと。ならば帯広市内にも店舗がありますので、安心度が一気に向上します。
というわけで、2代目の愛車は「シトロエン・BX 19TRi」に決定。思えば人生で2台目に購入する車、しかも初めての“ガイシャ”がシトロエンというのは、なかなか若気の至りというか怖いもの知らずというか。ただ、20分の試乗で触れ合ってみて、この車でライフスタイルが大きく変化して楽しくなりそうな予感を覚えたことが購入した最大の動機となりました。
たしかにこのクルマは私のライフスタイルを大きく変えました。購入後しばらくして帯広にもユーノス店がオープン、親会社は異なるものの私もメンテナンスでお世話になり、この店を中心にして多くの出会いがありました。そしてユーノス・ロードスターのユーザーを中心としたユーノス車のオーナーズクラブが立ち上がり、ツーリングや食事会などの企画運営にも携わり、多くの仲間と楽しい時間を過ごすことも出来ました。
また、クルマというものに対する見識を深められたのもシトロエンのおかげであり、ともすればスペック偏重主義になりがちな思考回路を矯正することも叶いました。そのうちに“コクサン”と“ガイシャ”という固定概念も取り払われ、自動車というものに正面から向き合えるようになったのも、シトロエンのユーザーになったことが礎であるように思います。
この「BX 19TRi」では、11万kmほどを走りました。その間に札幌と帯広の間を何往復したかは数えきれず、ドライブ癖が身に染みついたのもこのシトロエンからだったように思います。
購入して数年後には地元にオープンするサーキット場の職員となり、毎日往復で100km弱を通勤のために走り距離を重ねていきました。そしてある朝、出社するために走行中にエンジントラブルが発生して、天寿を全う。しかしそのまま登録抹消した後も所有していると、中学時代からの友人が同じく「BX 19TRi」を購入して、部品取り用に欲しいという申し出があったので、まだまだ別の形で活躍を続けることになったのでした。
Posted at 2011/12/23 00:04:54 | |
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