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モートルのブログ一覧

2017年07月17日 イイね!

旧聞「不動ほうとう」


「私のメモワール」


私の「自動車趣味の変遷」をお知り頂きたい・・・との
個人的な「承認欲求」で始めた
過去の記述を再掲載するヴァージョンです。


今回は、
今から11年前の(2017年7月17日現在)
2006年11月11日のmixi日記に書いた


不動ほうとう

http://www.houtou-fudou.jp/location.html


若さもあり、関西から頻繁に「箱根詣で」を励行していた頃、
帰り道に好んで立ち寄っていた店が
「不動ほうとう」でした。


「新東名高速道路」が未だ無い頃で、
トラックに挟まれ続けて走る「東名道」を避けるべく
比較的交通量の少なかった「中央道回り」で帰還することが多かったため、
ここで「腹ごしらえ」をした時は
河口湖~御坂峠を越えて
中央道「一宮御坂IC」から関西方面に帰るルートをとっていました。


この記事は
ポルシェ997カレラS(MT)とフェラーリ430を所有し、
それぞれで箱根を走っていた期間に書かれています。



写真含め、当時の原文まま転載いたします。




不動ほうとう


甲州名物「ほうとう」は
古くは大陸伝来の「粉モノ」の一種ではあるが、
かの武田信玄の時代、
味噌仕立てに野菜をぶち込み、一緒に炊き込む
栄養価の高い「陣中食」として定着したという。


古今東西、
乾麺やパスタの類は戦時下で保存の利く兵糧として発達したようだ。


箱根からの帰りは
「御殿場IC」から「東名高速道」が便利だが、
大型トラックの「速度抑制装置」装着義務化後、
トラックの一団に掛かるとしばらくは
走行車線、追い越し車線両方を90km/hでふさがれ、
行く手を阻まれる事が多くなり、
関西までの時間が掛かるようになった。


快適なクルージングのためにも
箱根からの帰りは「中央道」まわりで帰ることが多くなる。


御殿場から須走まで上がり
「東富士五湖道路」を使いそのまま「中央道河口湖線」に乗るが、
今回は「河口湖」で降り、昨年無料化された「河口湖大橋」を渡り、
「不動ほうとう」を食べて帰ることにした。


「ほうとう」は「小作」等、何箇所かで食べてみたが
「不動ほうとう」(http://www.houtou-fudou.jp/)が一番好きだ。





「自家製麺」に野菜とキノコがたっぷりで、
煮込まれたかぼちゃはトロトロにだしに溶けている。


具に肉類は入ってないのだが、
なぜか「ウマミ」が良く効いていて、いつも完食。


焼けた鉄ナベのまま供され、
「猫舌」の私には苦手のはずなのだが、
夏場でさえ食べたくなるから不思議だ。


サシの入った名物の「馬刺し」は
「すりおろしにんにく」と「すりおろし生姜」を付け、
シャキシャキした白ねぎを巻いて食べる、
おすすめサイドメニューだ。




ここに立ち寄った後は、
そのまま快走路「御坂みち」で甲府側に峠越えをし、
「中央道一宮御坂IC」から帰ることにしている。


紅葉に染まる山肌が晩秋の陽の光でさらに美しく輝く中、
心身ともに満足した今回の箱根の旅も、あとは自宅を目指すだけになり、
淡々とした高速クルージングを楽しんで帰ることにする。






初出「2006年11月11日のmixi日記」

原文まま

Posted at 2017/07/17 00:07:03 | トラックバック(0) | 日記
2017年07月16日 イイね!

Tour De Kobe


「第16回 Kobe Love Port みなとまつり」のイベント企画として
新装なったメリケンパーク岸壁沿いにフェラーリを展示。
http://www.minatomatsuri.jp/





「Tour De Kobe」とは、
少々大げさなネーミングであるが、
神戸市内を6.3kmに亘って連なって走る
プチラリー(パレードラン)。

みなとまつりでごった返す道路環境を潜り抜け、
5隻もの帆船が集結する「帆船パレード」会場の一つ、
新港第2突堤にゴール。





晴れ渡って猛暑のこの日、
クルマにも人間にも負担な紫外線や潮風の中ではあったが、
エントラントの仲間たちと、
楽しいクルマ談議の時間を過ごすことができた。


Posted at 2017/07/16 21:02:28 | 日記
2017年07月12日 イイね!

旧聞「ポルシェ911」の向かう先・・・


「私のメモワール」


私の「自動車趣味の変遷」をお知り頂きたい・・・との
個人的な「承認欲求」で始めた
過去の記述を再掲載するヴァージョンです。

今回は、
今から9年前の(2017年7月12日現在)
2008年12月21日のmixi日記に書いた

「ポルシェ911」の向かう先・・・


永年、「ポルシェ党員」として
ポルシェ911を愛し続け、
911として5台目になる997カレラS(MT)を所有していた頃。

私の前期型の997には選べなかった
ツインクラッチのPDKが
初めて選べるようになった後期型が出た時期。


増え続けるバリエーションや
イージードライブ化による顧客層の変化。

今から思うと、あの頃は、
現在の「大ポルシェ」になる
ちょうど起爆点の時期だったように思います。

ポルシェ車、
特に911の購入を思い立った時、
多岐に及ぶ、その膨大なバリエーションから
「自分の一台」を選ぶ難しさ。

その中にあって、
このワルター・ロール氏の的確な指針は
今読み返しても9年前とは思えない普遍性があります。


写真含め、当時の原文まま転載いたします。



「ポルシェ911」の向かう先・・・


最新のPDK搭載911の試乗を重ね、
その出来の良さに「マニュアル派」として複雑な心境になっていた。


次々と専門誌に掲載されるジャーナリストたちの「絶賛インプレッション」。


進化をし続ける「911」。




しかしながら、
昨今のポルシェ車は911のみならず、バリエーションが増えすぎ、
自分自身のカーライフにあった一台を選ぶのにも迷いが多いものだ。


最新の「エンジン」誌で、往年のラリーチャンプ、
現ポルシェの開発ドライバー「ワルター・ロール」氏の文言は
「ダントツに明確」だった。




曰く、

今後の911は

「4WDのPDKで全天候GTとして」か、

「RRのMTで運転を楽しむクルマとして」か、

の二つの選択、存在意義に・・・と。


911最新ラインナップで言うと、

両端に「カレラ4(S)PDK」と、「GT3(RS)MT」があり、

自身の911に求めるものや、使い方(それに予算も・・)を、

その間にある座標軸で考えれば良い・・・と言う事になる・・・。


明快に看破してくれた今回の「ワルター・ロール」氏。


さすが、
ポルシェ開発の最前線にいる「ドライヴィングの求道者」だ。


その発言を裏付けている彼自身の自宅のガレージに並ぶ2台の911を見た時、
理屈を越えて、単純に「なんてカッコイイ、理想のガレージ!」と思った。





初出「2008年12月21日のmixi日記」

原文まま

Posted at 2017/07/12 16:45:27 | トラックバック(0) | 日記
2017年07月05日 イイね!

シュコダ


121年の歴史を持つチェコの自動車メーカー「シュコダ」


第2次世界大戦後、
社会主義体制になった「チェコスロバキア」の国有企業となり、
チェコとして民主化後は
フォルクスワーゲングループ傘下となる。

http://car-moby.jp/51133



日本で見ることはほとんどないが、
ヨーロッパ、とりわけ東欧、旧社会主義国では多いクルマだ。


EUに加盟して日が浅いクロアチアだが、
最近はやはり品質の良いドイツ車が多くなっている。


ドイツ資本(フォルクスワーゲン グループ)になった
チェコのシュコダや、スペインの「セアト」の新しい車種も多く走っている。





クロアチア首都「ザグレブ」郊外のサービスエリアにて








クロアチア「ブレッド湖」湖畔にて



社会主義体制で国有企業だったころから
モータースポーツに積極的だったシュコダは、
同じフォルクスワーゲングループの「ポルシェ」の
イメージを上手く使っている。




ポルシェのテクノロジー導入を感じさせる
「PORSCHE」の文字入りステッカーが貼られた「シュコダ ファビア」






「ボスニア・ヘルツェゴビナ」で見た
シュコダブランドのフラッグシップモデル「スペルブ」







シュコダ以外にも多くのの日本未導入車が・・・

ちなみに「HR」ステッカーは
規定の「クロアチア国籍表示」となっている。




「オパティア」で見たセアト






日本未導入の「フィアット ティーポ」
Posted at 2017/07/05 13:10:48 | 日記
2017年06月29日 イイね!

アドリア海の赤い真珠


「アドリア海の赤い真珠」と称される世界遺産「ドブロヴニク旧市街」
http://www.his-j.com/tyo/special/resort/eur/dubrovnik.html






ここは、今年2月にベネチアを訪れた時に、
栄華を誇った「ベネチア共和国」時代の話を聞いて、
是非訪れてみたいと思った場所だった。








日本人には宮崎駿アニメの
スタジオジブリ「紅の豚」「魔女の宅急便」のモデルとなった街としても知られる。





かつてベネチア共和国の海の要衝として栄え
歴史の荒波にもまれながらも
旧社会主義国「ユーゴスラビア」から
1991年に「クロアチア共和国」として独立





広大だった「ベネチア共和国」の領土において、
アドリア海の入り口の要衝として
交易で栄えた「ドブロヴニク」





1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う内戦で、
すでに世界遺産に登録されていながら甚大な被害に遭い、
一時は「危機遺産リスト」に登録されるも、
住民の強い意志で元通り街並みを復興。
「危機遺産リスト登録」からの脱却を果たした「ドブロヴニク旧市街地」






往事の繁栄と賑わいを
アドリア海の深い水の色とともに感慨深く味わってきた。


Posted at 2017/06/29 13:55:58 | 日記

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